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26頁 「ルビィアースLevel15→ルビィアースLevel5」

「勝負に勝って、試合に負けるってやつかー……。あーー、お腹減ったなー……」


ブラックアリスと黒のサイコロに二重に体力を奪われて、ロトリィもホワイトアリスのように限界だった。「天使祝司は欲しかったけど、面白かったし、勝負師としてやり通せたから、まあいいか」。ロトリィは最後にそう思って意識を失い、現世へ強制送還される。



全速力で羽ばたき続けるフレイムはもとより、そのフレイムに原動力を提供するルビィアースの消耗もまた激しかった。重度の疲労感で手足が痺れる。気を抜けば意識が飛びそうだ。

あまりの飛行速度に、もはや空気の抵抗は水流を真正面から受けているかのようで、ルビィアースはフレイムの角の片方にしがみついたまま、片目だけを薄く開けて光の道の先を見つめていた。

ある瞬間、それまでずっと同じだった光線の直径が大きくふくらんだ。球形の光のかたまりと一瞬すれ違い、「あれ?」と思ったときには、ルビィアースの目の前に天ちゃんが浮かび上がっていた。


「ここが終点です。止まって下さい」


「うわーーーっ!?」


天ちゃんの言葉でついに力尽きたフレイムが墜落し、草花と樹をはでに押し潰しながら地面を転がる。その首に乗っていたルビィアースも途中で投げ出され、地面をボールのようにぽんぽんと跳ねる。


「いててて……。しょ、勝敗は……!?」


ここはゴールの少し先らしく、終点の目印である光の球がやや後方に見える。ここにはルビィアースとフレイムと天ちゃん以外には誰も見当たらない。

ややあってヴァルキリーが光の球を抜け、ワルキューレの剣を地に突き立て、片ひざをつく。激しく息を切らし、顔を上げて小さなルビィアースを見た。彼女はこめかみから汗を流しながら、満足げに笑っている。


「速いな、ルビィアース。途中で抜かれたまま、追いつけなかった。負けまいと思うお前の精神力は賞賛に値する」


「……あれ? もしかして、わたしたちが一番……?」


見回しても、自分に続いてゴールしたヴァルキリーしかいない。隣に立つ天ちゃんが「ルビィアースが一着、ヴァルキリーが二着です」と補足し、ルビィアースは「勝ったーっ!」と右拳を高らかに上げる。外見同様、思考力も幼児のままなので感情の波に押されるがままに天国の野原を駆け回り、すでに元の大きさに縮んでいたフレイムを拾い上げてしっぽをつかみ、ぬいぐるみのようにぶんぶんと振り回す。

直後、ゴールの球を超えた麒麟が空中でぴたりと止まり、ゆるやかに降下して地面のぎりぎり上で静止した。


「あらあら、負けはしないと思っておりましたのに、三着でしたの。お二方の速さには、わたくし参りましたわ」


鬼百合は天国の地へと降り立ち、唐傘の鬼蓄を開いて、移動手段の麒麟を内側へと吸い込んだ。

直後、地鳴りのような恐ろしい低音が地平の先から三人へと近づき、春一番のような突風にたまらずルビィアースは左腕で顔を隠す。強風が通りすぎ、フレアが気流の残滓(ざんし)を小型の竜巻のように身にまといながら、上空からふわりと地面に降り立った。


「……四着か。きわどかったな。しかし、運命はいつものように私の味方をしてくれている」


「ロトリィとアリスは決闘の末に、両者とも気絶して脱落しました。ここに居る四人が今回の勝者となり、次の試練へと進む権利が与えられます。じつに見事であったと王もお喜びです」


「あー……。落ちたのはあの二人かあ……」


ただ一人の天ちゃんに告げられ、ルビィアースは口に人差し指を当てて二人を思い返す。麻雀で遊んでいたり、美味しいケーキを食べまくっていたり、雲行きが怪しそうだとうすうす感じていたが、ルビィアースの予感は現実のものとなった。


「本日の試練は長く、厳しいものだったので、明日は試練がありません。ゆっくりと身体を休めておいて下さい。お疲れ様でした」


天ちゃんが口を閉じた瞬間、ルビィアースとフレイムは天国からリキュール亭に飛ばされていた。


「……あ、あれれ……!?」


ぐったりとしたフレイムのしっぽをつかみ、逆さにぶら下げるルビィアースは、自身に向けられた割れんばかりの歓声と拍手にぼう然とした。あまりの驚きで、片手で支えていたホットパンツがうっかり床にずり落ち、ぶかぶかの上着をすそたけの短いワンピースのようにしてしまう始末だ。下着が上着のすそで隠れたのは不幸中の幸いである。

死後の世界ではかなりの時間を過ごしていたはずだ。それなのに、現世ではほんの一瞬しか経っていないらしい。その証拠に、リキュール亭の客たちはルビィアースの隠し芸を幼児化だと勘違いして大騒ぎしている。おそらく、みんなの目にはルビィアースとフレイムが一瞬だけ消えて、その数瞬後に片手にフレイムをぶら下げた子どもルビィアースが現れたように映ったはずである。

ルビィアースはしかたなく、両腕を左右斜め上へと上げてポーズめいたものを作り、客たちの拍手に応えた。



「ええーーっ!? わたしが貸した竜人の力、全部使っちゃったの!?」


「は、はい、すみません……。空でヴァルキリーさんと()りあっている時に、想像以上にごっそりと体力を失ってしまいまして……」


「どーすんのよ、このばか! わたし、小さいままじゃない! このおおめしぐらい! 前から思ってたけど、ほんのちょっとの変身なのにフレイムってば燃費悪すぎ!」


客が引き、閉店した店の中で、ルビィアースはフレイムの首をつかんでがくがくと揺さぶる。いくら振りたくってみても、ルビィアースが貸した竜の力はかけらも返ってこない。幼心(おさなごころ)のままに、無能な債務者から借金を取り立てているような気分だった。


「お客さんは喜んでくれたけど、ルビィは小さいままなのね。詳しい事情はよく分からないけど、ちょっと困ったわね」


服がぶかぶかでまともにウェートレス仕事ができなくなったルビィアースだったが、芸のあまりのインパクトと子どもの姿の可愛らしさで客たちにちやほやされ、仕事をせずとも閉店時間まで十分にしのぐことはできた。しかし、問題はこれから先の話である。


「ルビィさま、心配しなくても時間が経てばちゃんと元に戻りますよ。いつも、貸してもらった力を何割か損失した上で返していますが、それでもルビィさまが疲れるだけで問題ないじゃないですか。一時的に空になった竜の力も、ルビィさまの内側で自然に再充填(さいじゅうてん)されて、そのうち元の姿に……」


「ごちゃごちゃうるせー!」


自制心が未熟な幼児には長くて難しい話はがまんしきれない。フレイムを殴り飛ばして壁に叩きつけ、女性的なふくらみの失せたひょろひょろした手足と、いまや真っ平らになってしまった胸をのぞきこみ、ルビィアースはため息をつく。


「ルビィはできる子だったから、いま抜けられるのは困るわね。あなたは大人気で、おかげで店の客入りもすごいことになってきたし」


「ご、ごめんなさぁい……」


「そんなに気にしなくてもいいのよ。良いこと、思いついちゃった。このピンチを、逆にチャンスに変えちゃいましょう」



翌日の昼。ルビィアースは幼児姿のまま、注文取りとしてリキュール亭を駆け回っていた。常連客とのつてを利用してコロネットが急きょ用意した子ども服と小さなくつを、彼女に借りがあるルビィアースは言われたとおりに身につけた。エプロンはすそを短く切り詰め、ルビィアースの背たけに合うように調整された。

真っ赤な長髪はやや短くなり、今は肩にかかるほどの長さである。やっかいなくせ毛のカールはなりをひそめ、さらさらとした直毛状へ変化していた。半そでの上着に男の子用の半ズボンをまとい、それらの上からももの上までを覆う白いエプロンを身につけている。

竜人の看板娘ルビィアースがどういうわけか子どもに戻った!? うそかまことか、あっという間に酒好きの間で広がったそんな評判につられてリキュール亭へやって来た客は、本当に子どもに退行したルビィアースの姿を見て、吸い寄せられるように入店してテーブルに着く。

パブといえど、昼間は軽食屋のようなものであり、お酒はあまり注文されない。そのせいでほとんどの客はしらふのまま、小さなルビィアースがちょこまかと動き回る姿を飽きもせずに見守っていた。

ルビィアースからすれば、衣服の問題は解決したものの、明らかな能力低下に困っていた。今まで当たり前にめぐっていた思考の回路の大部分が詰まってしまったかのように、頭がうまく回らない。そのせいで注文が一度にたくさん覚えられない。舌足(したた)らずで、注文の復唱が変な具合になってしまう。感情の抑制ができず、少しからかわれたりすると笑って流せずにほおを膨らませていらだちをあらわにしてしまう。もしもこれが大人のウェートレスだったら、使えない無能者としてすぐさま首を切られていることだろう。

しかし、許される。子どもだからと意外なまでに甘やかされ、許されてしまう。それどころか、お小遣(こづか)いと称して小銭(こぜに)を手渡されたり、メインの肉料理を半分も分けてもらったりと、思ってもみない好待遇だ。

子どもは無条件に保護されるもの。ただその原理が働いているだけでなく、背たけの低い、赤いどんぐりまなこのルビィアースが一生懸命働いているのがけなげで微笑ましく、そのせいで応援を受けているというのが最大の理由らしかった。

気をよくしたルビィアースが下手なりに笑顔で仕事をがんばっている時、新たな客の姿に「うわっ!」と歓喜の叫び声を上げてしまう。

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