表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/44

23頁 「地獄の快楽」

チェスフォッグに死ぬなよと言われた。しかし、今のルビィアースたち争奪者は死後の世界に強制転送され、死んでいるも同然だ。昨日の今日だというのに、早くも言いつけを破ってしまっている。チェスフォッグとは親しいわけでもないし、美味しい酒をごちそうしてもらった程度の借りしかないが、なんとなくばつが悪い思いでいらいらする。

王は悪意を隠しもっている。チェスフォッグのその読みは当たっているのか。いかに万能の天使祝司をめぐる厳しい試練とはいえ、死後の世界に運ばれた結果だけを見れば、それは殺されたと同じである。現世に帰してもらえる約束がなければ、きっと今頃ルビィアースは王を恨んでいるだろう。チェスフォッグのように王を疑って退くのが正しい選択なのか、それとも己の好奇心と感情にしたがって振り返らずに前に進むのが正しい選択なのか。

このまま進んでも損をしてとんでもない目に遭うだけかもしれない。でも、このまま勝ち進めば天使祝司が手に入るかもしれない。大まかに分けて未来の可能性がその二種類なのはルビィアースだって予想できる。


「……はい。着きましたよ。迷わずこの道をまっすぐに進んで、その先でちゃんと裁きを受けて下さいね」


いつの間にか向こう岸に着いた小舟から、同乗した死者たちが陸へと渡っていく。


「短い間だったけどお話しできて楽しかったよ。みんな、元気でね。いつも笑顔を忘れないでね」


「赤い髪の姉ちゃんも達者(たっしゃ)でな。天国での再会を祈ってるよ」


一本道を歩いていく死者たちに手を振り、ここまで運んでくれた船頭の女性にぺこりと頭を下げ、ルビィアースは頭上の光の道を見上げた。気合いを入れ直すように両手でほおをたたく。


「恐くたって、不安だって、とにかく先に進んでみないことには、どんな景色が見えてくるか分からないじゃない。何が待っているのか知ることができないじゃない。ほら行くぞ、フレイム!」


力なく羽ばたくフレイムのしっぽをつかみ、裁きを受けるための場所へつながっているらしい正規のルートをそれ、「飛翔」の魔法を使って光の道すじをたどって飛んでいく。

川の岸辺に立っていた時は分からなかったが、上空から俯瞰すると何がどうなっているのかが一目で分かる。世界の境界線の川を越え、彼岸(ひがん)へとたどり着いた死者たちが、あちこちの川岸から向こう側にそびえ立つ巨大な門へと吸い込まれるように歩いていく。ちょうど、各地からぞろぞろと巣穴に戻る(あり)の行進のようだ。


「天ちゃん。あのでっかい門は何?」


審判(しんぱん)の門です。あの中で死者は生前の行いを裁かれ、罪が軽い者は天国に、罪が重い者は地獄に、それぞれ行き先を決められます」


「ひいぃ……。地獄って、おとぎ話の中の教訓だけじゃなくて本当にあったんだ……。生きてるうちは、なるべく良いことをしよう……」


「あの門の中に入ると強制的に裁かれて死後の世界に永住することになります。近づかないように距離をとりつつ、光の先を目指して飛んで下さい」


光の道のすぐそばを沿うように飛び、荒野を思わせる岩だらけの道を走って進み、階段を下りて地下へと潜っていく。元気が売りのルビィアースでもさすがに勇気がなえてきたのを感じたが、光の道しるべはこっちを指し示しているし、隣をすべるように飛ぶ天ちゃんも進む方向に問題はないという。


「わっ……!? 人がいっぱい!?」


「ここは地獄の表層です」


どういう仕組みになっているのか、洞窟状の地下に降りていったはずなのにここでも赤い空が広がっている。そして国力豊かな街のようにところせましとハデな建物が並び、道をたくさんの死者たちが行き交っていた。少し見ただけでは、ルビィアースの知る現世の街と見分けがつかないほどに似ている。


「みんな生き生きとして元気そう。川の近くじゃ、あんなに弱々しかったのに」


「地獄では、死んだ時に消えた感情や欲望が復活します。表層レベルの軽い地獄の罰では、生者であった時と同じくらいの感情をもっているでしょう」


「? それって、良いことじゃないの? 死んで現世にいられなくなっても、地獄で第二の生を始められるじゃない」


「いいえ。貴女にも身に覚えがあるでしょう。あらゆる罪悪は、怒りや憎しみやねたみといった感情の著しいゆらぎ、何かをあさましく求める欲望を原因にして生まれます。しかも感情の変動や強い欲望は精神的にも肉体的にも疲労します。地獄に堕ちた者たちは死んだ後も休まることがありません」


天ちゃんの言う通り、どの死者もあくせく歩き回っていて忙しそうだ。感情と欲望の毒気を抜かれた死者を川岸で見ている分、地獄の死者はいっそう落ち着きがないようにルビィアースに映った。


「見ての通り、地獄は娯楽(ごらく)に満ちています。欲をもった死者たちは目の前の娯楽や快楽を追い求めるのに忙しく、感情の対立から死者同士で争いを繰り返し、その魂を堕落させ続けます。

欲を断ち、徳を積んで魂を磨かないことには、彼らは地獄を抜け出せません。この誘惑の多い環境では精進(しょうじん)は難しく、なみなみのことでは天国へ行けないでしょう。

その死者の罪が重いほどに感情と欲望のゆれは強くなり、罰の重い下層の地獄では死者同士の醜い争いと奪い合いが永遠に続けられます。こうなると死者は元の種族でいることすらできず、亡者や餓鬼(がき)や悪魔というような人心を失った化け物になってしまうそうです」


「ふえぇ……やばいよぅ……恐いよぉ……」


ルビィアースは半開きになった口を手でおさえ、青ざめた顔のまま地獄の街を走っていく。その途中、道ばたに置かれた四角い机をかこう面子(めんつ)の一人に驚き、思わず足を止めた。


「…………ツモ! 役満、国士無双ーっ! この局もロトリィちゃんが一位! ぎゃはははっ、あの世でもロトリィちゃんは絶好調ーっ!」


「ロ、ロトリィ……」


地獄の死者たちを相手に雀卓(じゃんたく)を囲み、麻雀(マージャン)を打つロトリィを発見し、ルビィアースはどうしていいのか分からない気持ちになった。

ゴールへ続く光の道すじは一本のみだが、魔法で飛ぶ高度や移動する位置によっては追い抜かれたことに気づかないこともある。いつの間にか先行していたロトリィはレースそっちのけで麻雀に没頭している。


「な、何してるのよ? 何でゴールを目指して進まないの?」


「なんだ、ルビィアースじゃん。ちょっと運試しに参加してみたら、もう大勝ちだよー。ギャンブルじゃ死ぬまで負けないって思ってたけどさ、死んだ後もミラクルラッキーガールに変わりはなかったんだよ」


テーブルに着いたまま配牌を整理し、ツモと牌切りを繰り返して好きな役を作っていく。ロトリィの強運の磁力に吸い寄せられるように次々と有効牌を引き続け、ムダヅモがほとんど無い。麻雀というゲームがまったく分からないルビィアースでも、はたから見ていて恐ろしくなるほどに高スピードで上がり続けていく。そうなるように導いて操っているかのように他家から吐き出されたロン牌を食って上がり、確率的に稀少な高得点の役を難なく作って上がり、もはや無敵の状態である。

苦悩する対戦相手の死者たち。どこから手に入れたのか東方の扇子で左うちわをし、うさぎ耳を揺らしながら大笑いするロトリィの背後には、遍在するもう一人の天ちゃんがお付きの従者のように立っていた。目を閉じ、両手をまっすぐに下ろし、喜びも怒りも浮かべていない。


「ギャンブル自体は確率の大小差を利用しただけの遊びであり、善でも悪でもありません。ロトリィはギャンブルで多くの他者を破滅させてきたので、たくさんの罪を背負っています」


「どうして天ちゃんがロトリィの事情を知ってるの……?」


「ロトリィにつく私が、そういう話をロトリィ本人から聞かされました。遍在する私たちの価値はすべて同じであり、私たちのうちの誰かが得た情報はすぐに全員に共有され、価値が並列化されます」


「……先を急ごう。もしかしたら、わたしたちが最下位かもしれないし」


ロトリィを放置して光の道をたどり、地獄の一部をかすめるように通り抜けていく。宝石店やレストランや服飾店や酒場やカジノなど、目の毒になるような魅力的な店がそこらにあふれかえっている。こんなけばけばしい街で暮らしていては毒気にあてられてまともでいられなくなるだろう。ルビィアースだったら、おそらく食い道楽にはまって魂を磨くどころではなくなる。

そんなことを思いながら走っていた時、山と積まれた色とりどりのケーキをむさぼるホワイトアリスの姿が目に入り、ルビィアースは顔面から転んで慣性で地面をごろごろと転がった。


「あっ、ルビィアース! ここのケーキ、すっごく美味しいわ! あなたも食べてごらんなさいよ。地上のお菓子なんて比べものにならない、もはや神の……いいえ、万人を堕落させる悪魔の味。もうやめられない、止まらない」


おしゃれな外装のケーキ店の前に机が設置され、そこにケーキやカップ入りの紅茶が大量に並んでいる。ホワイトアリスは地面に横座りしたまま、大皿にすきま無くとったケーキを両手につかみ、ブラックアリスの人形をわきにはさんだまま、次々と口に運んでいる。

いじきたないような振る舞いだったが、可愛らしいホワイトアリスがすると小鳥が忙しくエサをついばんでいるように見えてしまうから不思議だ。可愛いというのはつくづく得な長所である。


「ある宗教では、七つの大罪のうちの一つを暴食(ぼうしょく)と定め、強くいましめています。地獄では飲食にふけることでも罪となり、魂の価値を下げる行為となります」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ