19頁 「猫人少女の王子様」
「これは雪女。そしてこちらは人の女に化けた妖狐。犬神に、人魂。ろくろ首に天狗、猫又にぬらりひょん、一つ目小僧に座敷わらし」
「おおおおおっ!!?」
ずらりと二人を囲む東方の妖怪たちに、ルビィアースは感情が高ぶりすぎて叫ぶことしかできない。見たことも聞いたこともない、異文化そのものといった姿形をしたものたちだ。
鬼百合のように人間の女性に二本の角が生えただけといった、人間を原型に少しのアレンジを加えただけの雪女や妖狐の妖怪もいるが、首がにょろにょろとヘビのように長かったり、鼻が異様に長かったり、目が一つしかない人間離れした妖怪もいる。
「これら魑魅魍魎は故国の人間たちの恐怖や不安、自然が備える闇への疑念がもののけの形をとって生まれたモノ。つまり、故国の人間の心を反映した姿をとるのでございます」
街の一角に突然あふれ出した見慣れない妖怪たちに、通行人たちは戦々恐々と様子をうかがっていたが、未知との遭遇で興奮しきっているルビィアースと妖怪の解説に忙しい鬼百合はいっこうに気に掛けなかった。
「いいもの見たねえ、フレイム! 東方国の妖怪って、不思議な魅力があるよね。なんというか、ちょっと見た目は恐いけどどこか可笑しさと温かみがあって、親しみやすいみたいな……。これが鬼百合さんの言うオクユカシイってことなのかな?」
鬼蓄に妖怪たちを収納した鬼百合と別れ、ルビィアースは大満足で夜道を歩く。さすがにこの時間では夜店も見つからず、そろそろ帰ろうかと思っていた時、ふと路地の向こう側に五人組の猫人を見つけた。
猫人の夜店も見当たらないのに、これだけの数の猫人が固まっているのは珍しい。ルビィアースがあっけにとられていると、五人の内のリーダー格の猫人が、向こう側の誰かと言い争っているらしい。
「君の服はあまりにゴテゴテとしていて、装飾過剰なのさ。大量のフリルやリボンに埋もれて、かんじんの君自身の姿が隠れてしまっているじゃないか」
「うるさーーいっ! それでいいの! もともとロリータファッションはそういうものなの! 常識にとらわれた凡俗なデザインといっしょにしないで! 引き算の美学とは正反対の方向へ爆走するものなの!」
肩越しにのぞき込めば、猫人たちの向こうにいるのはホワイトアリスであった。人形状態のブラックアリスを片腕で胸に抱え、もう片方の腕を振り回して声高に主張している。
「何をそんなに怒っているのよ、ホワイトアリス」
「……ルビィアース? はあ……。服に全然気を遣わないあなたに来てもらっても、助けにならないわ」
「ちょうどいい。新たに現れた第三者に公平に審判を下してもらおうじゃないか。ボクとこの白い女の子、いったいどちらが美しいか」
ホワイトアリスと張り合っているのは、猫人の女の子だった。ブルネットのセミロングヘアに、金色をした小型の王冠をアクセサリーとして載せている。腕や胴体へとぴったりとはりつくような造りの上質な白い上着はスレンダーの細身を強調し、下着が見えそうなほどに丈が短いスカートは猫人の健康的な脚線美をあますところなく示していた。女性の猫人であるにもかかわらず顔立ちや声が美男子的であり、それを生かして王子のようなファッションを意識しているらしい。ボーイッシュな雰囲気であるにもかかわらず、猫人の特徴である猫耳としっぽが頭とおしりで揺れ動き、かっこよさと可愛らしさをかねそなえた華のある子だ。
「んーーー……。こっち。猫人の女の子の方が良いと思う」
取り巻きの猫人の女の子たちが「栄光を!」「祝福を!」「世界の革命を!」などと勝利の歓声を上げ、王子のような猫人が「やれやれ。また勝ってしまったか」と気取ったように左手を額に当て、ホワイトアリスが「この鈍感!」とルビィアースをなじる。
ホワイトアリスのスタイルを少女趣味の極致とするならば、王子のような猫人少女のスタイルは男装の完成度を突き詰めたものだろう。美の方向性がまったく違う以上、どちらが上かなどと断定することはできない。そもそも審美とは主観的なものであり、評価対象からの受け取り方が個々人によって異なるのだ。
それでもルビィアースは昼間、ホワイトアリスに飴の砲弾を撃ち込まれまくった恨みがあったし、なんとなく王子の猫人がかっこいいと思ったので、そう判断したのである。
「ボクの名前はエル。正しいジャッジをありがとう、野性的で美しい、真紅のお嬢さん」
いきなりあごに手を添えられたかと思いきや、エルという名の猫人が顔を寄せ、ルビィアースのほおにキスをする。
「いやあっ、エル様ーーっ!?」
「エル様の唇がーーー!!」
驚きに目を丸くするルビィアースの反応が問題にならないほど、エルのファンと思しき猫人たちの取り乱しようははなはだしかった。
「そしてさらに、これは心ばかりのお礼だ。どうか受け取ってくれたまえ」
「うおおっ、ありがてぇっ……!」
エルの目くばせに、取り巻きの子の一人がしぶしぶとルビィアースに贈り物を差し出す。エルの着替えの一着なのか、猫人の民族衣装だった。猫人の夜店で買おうとすればかなり値が張る、あまり市場に出回らないレアアイテムである。
去っていくエルの一団に「ありがとう、エル王子ー!」と手を振り、ルビィアースはもらったばかりの民族衣装を胸に抱いて感激に震える。
「きゃはーー! 猫人の服、欲しかったのよねー! ……ん? げぇっ、ブラックアリス……!?」
まがまがしい不穏な気配にふと気づき、振り返れば、いつの間にかホワイトアリスからブラックアリスへと交代を果たしている。そしてその足元には、万物を溶解する死の闇をたたえている。自己回復が得意な可愛らしいホワイトアリスと違い、ブラックアリスは周囲に破壊と死をもたらす悪魔のような女だ。
「何よ、殺る気っ……!? 街中での私闘は厳禁だって、王様がーーっ」
「違う。このまま私たちのファッションを誤解された状態はがまんできない。あまりに無知なあなたに、私の服の素晴らしさを理解して欲しいと思ったの」
ブラックアリスは足元の闇に右腕を突っ込み、その中から一着の黒いドレスを引きずり出した。
「ルビィアースなら、可愛いロリータ服よりも、暗いゴシックな方が似合うと思うわ。目と髪が赤くて、あなた、地獄を連想させるから」
「着ろっていうの、その服を!? 何かの罠じゃないでしょうね……? わたしが着た途端、服が闇に戻って溶かされちゃう、とか……」
「そんなことはしない。私とホワイトだって、天使祝司は欲しい。王の定めたルールに背くつもりはないわ」
普段はそれほど気に掛けないものの、街で綺麗に着飾った同年代の女性を見かけるたびに、己の着古した服をかすかに憂うルビィアースである。警戒心よりも好奇心がまさり、ブラックアリスの指南を受け、時に着付けをされながら、それまでの薄着の上へと黒いドレスを重ね着する。
「……あら、意外と似合うじゃない」
「そ、そう……? なんか、スカートがひらひらしてて落ち着かないよ。それに服の生地が厚くて暑くない? 飾りだらけで服が重いし、動きにくい……」
「それをがまんしてでも、服の機能性を多少悪くしてでも、見た目の可愛らしさとゴシックの美学を優先するの。何事も、痛みを経なければ何も得られないわ」
黒をベースにしたワンピースには、端を白いフリルで飾られた多段状のスカートが組み合わされ、さらには白いリボンがいくつもあしらわれている。所々に細やかなレースも編み込まれ、芸術性が高い。ももまで脚を覆う黒いニーソックスをはいていることもあり、全身を服で包まれている。
「ヘッドドレスは……付けない方が無難ね。あなた、髪が絶望的につんつんしていて変にいじって注目されたら逆にマイナスだから、ごまかしみたいで嫌だけど何も付けずに流してしまった方が良い。
靴は……本当は黒いストラップシューズをはいた方がいいけど、私の靴を他人になんかはかせたくないし。中途半端だけど、これで完成にしておきましょう。どう? 感想は?」
「なんか、すごい……。お世辞にも着心地は良いと言えないけど、女の子っぽくて可愛い。わたしがわたしじゃないみたい……」
「そう。気に入ってもらえて何よりよ。その服、あなたにあげるわ。せいぜい美的感覚を磨く事ね」
「いいこと? 偶然、何も分かっていないあなたがジャッジをしたから、わたしの負けってことになっちゃったんだからね。そのことをよく反省して、あの猫人の子よりもわたしの方が綺麗だってちゃんと理解しないさいよね」
ブラックアリスの胸元のホワイトアリスにそうまくし立てられ、アリスはブラックのまま、夜道の先へと歩いて消えた。
「とにかく、今夜はすごいよ……! 東方国の妖怪もたくさん見ちゃったし、貴重な猫人の民族衣装と、この黒いドレスももらっちゃったし! この勢いに乗って、何が起こっても不思議じゃない!」
猫人の衣装を胸に抱えたまま、ルビィアースは興奮のあまりに何度もターンステップをして、スカートの端をふわりと舞わせた。
夜もふけ、歩く人の数もまばらになっていた。黒いジャケットスーツのポケットに両手を突っ込みながらそぞろに歩き、まだ営業中のしゃれたバーを大通りの一角に見つけ、そこへ入ろうとした時、チェスフォッグは自分へ視線が向けられていることに気がついた。




