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18頁 「竜少女ルビィアースの青春 その2」

テーブルについた客からオーダーを聞き、コロネットが作った料理や用意した酒のボトルとグラスを順々に運んでいく。最初は何の工夫もなく素のままの態度で注文をとっていたが、可愛らしく笑ったり、声の調子を少し高くしてかわいこぶると喜んでもらえることに気づき、今では積極的に微笑んだり笑いかけたりをしていた。

竜人の最たる長所は、なんといっても人をはるかに超えた剛力である。酒がどの席にも行き渡り、次のオーダーを待っているような暇な時、客にせがまれて力わざを披露する。とても重い未開封の酒樽(さかだる)を両肩に一つずつかついで見せたり、ルビィアースを知る客がわざわざ用意してきたひとかかえもある自然石をクッキーのように押し潰してみたり、ろうそくの火を遠く離れた場所からパンチの風圧だけで消してみせたり、細身の女の子が隠しもつ意外な怪力というギャップもあいまって、単純だがその分直感的に伝わるパフォーマンスは好評だった。

ある時、店の入り口外から名指しで呼ばれ、何事かと思って応対する。見たことのない人間の男で、背かっこうは少女のルビィアースよりも少々年上といったところだ。


「あの……この手紙、どうか読んで下さいっ!」


「はあ……? 伝えたいことがあるなら今ここで言えばいいじゃない」


ぽかんと口を開くルビィアースへ突きつけるように手紙を渡し、名も知れない男はあっという間に走り去っていっていってしまった。

首をひねって封筒入りの手紙をためつすがめつ眺めていると、客引き用のオブジェをしていたフレイムが飛んできた。


「どうしたんです、ルビィさま」


「なんか、知らない男の人間から手紙もらっちゃってさ。これってまさか、呪いの魔法状とかじゃないよね?」


「それはきっと恋文ですよ。ルビィさまに愛を伝える文章ですよ」


「ええっ……!? そんな、やだ、どうしましょう、わたしってば……!」


異性に求められ、女性としての価値を肯定された瞬間。それは天にふわりと舞い上がるような心地である。好色貴族の吸血鬼リフレェンに純心を蹂躙(じゅうりん)されたばかりの時期ということもあり、癖のないまっすぐな好意は自信回復につながる。ルビィアースは嬉しさのあまりに手紙で口元を隠し、その場でくるくるとターンステップをしてみせる。


「それで、どうするんです? まさか、お付き合いするんですか……?」


「それこそまさかよ。手紙でしか気持ちを伝えられない弱っちぃ男なんて問題外。この手紙は後でじっくり読んで楽しませてもらうけどね。旅の思い出の収穫物が一つ増えたよ」


誰にも見つからないように周りを見回し、こそこそとエプロンの腹ポケットへ恋文を入れ、ルビィアースは良い気分へと店内へと戻る。

酒を運び、カウンターへと戻ろうときびすを返した時、酔っぱらった男の客に腕をつかまれて強引に隣に座らされ、お(しゃく)を要求される。

これくらい仕方ないかとボトルを両手で持ち、こわばった笑顔でグラスに酒を注いであげると、調子に乗ってなれなれしく肩に腕を回し、あろうことかさり気なくおしりにまで手を伸ばす始末である。

ここで感情のままにぶち切れて半殺しにしてしまうようでは、お金をもらうための仕事は務まらない。制約だらけの大人の世界では、時には理不尽な仕打ちにも無言で耐えなければならないのだ。それをこれまでの数々の仕事勤めで理解はしていたものの、大人の醜さと汚さ、それに矛盾だらけの主張にルビィアースは嫌悪感を抱かずにはいられない。それは彼女がまだ世俗の色に染まっておらず、無垢なままの純粋な気持ちをもっている証であった。


「あははーー……。わたし、まだ仕事がありますので、これにて失礼いたします……」


引きつった笑みで無理に立ち上がり、ぎくしゃくとカウンターへ戻る。こういうとき、鬼百合の淑女的で優雅な立ち振る舞いを思い返して羨ましくなる。ただ、彼女は東方の妖怪の鬼である。品良く微笑みながら金棒状の鬼蓄で狼藉者(ろうぜきもの)を叩きつぶしそうでもあり、酔漢の無礼に我慢できるかどうかは疑問だ。

ウェートレス仕事を続けるうちに閉店時間が近づき、ルビィアースのファンの客に酒をごちそうされ、一人の客が用意した打楽器のリズムに合わせ、持ち上げられるままについカウンター前で歌い出してしまう。

ルビィアース自身の酔いの勢いもあったが、酔っぱらい同士の怒濤(どとう)の盛り上がりと昼間のお祭り騒ぎの余熱のせいで、まるで店の全員が戦地で命を預け合った同志のような異様な連帯感が満ちていた。その熱狂の空気にあてられ、歌は下手くそであっても少しも気にはならず、それどころか高名なオペラ歌手にでもなった気分になってしまい、ルビィアースは楽しくてしかたがなかった。


「フレイム、わたしって、こういうお酒を出す店のオーナーに向いてると思わないかな? そう思わないかなっ!?」


「無難にどこかの店に務めるか、それともひとつ挑戦して自分で店を開いてみるかは、今の内から考えておいた方がいいかもしれませんね。いずれ向き合わなくてはならない、将来を決めるための問題ですし」


客が引け、興奮覚めやらぬまま床の掃き掃除をするルビィアースに、「色々と自由なのは子どもの特権だね」とコロネットが苦笑する。


「お祭りがあるのに、夜遅くまで付き合わせちゃって悪かったね。今日もルビィのおかげで大盛況よ。お給金とは別に、おだちんをあげる。今からでも楽しんでおいで」


おおはしゃぎでフレイムとともに店を飛び出し、通りを走るうちだんだん冷静さを取り戻し、すっかり酒が抜けたころには、人気の無い路地裏で頭を抱えてうずくまり、「ぎゃー」と小声で叫んでいた。


「忘れたい! 無かったことにしたい! みんなの前で歌うなんて……。ああっ、わたしはどうかしていたんだ! わたしだけじゃなくて、あの時はみんな変だったけど……。きっとみんな、今頃はわたしを思い出して笑ってるよ」


「気にするな……としか言いようが……。時間が癒してくれるのを待ちましょう」


身に降りかかった出来事があまりにも悲惨だと、竜人の生まれ持つ陽気さでも補いきれない。勢いに身を任せて向こう見ずにつっ走ることの恐ろしさをルビィアースは身をもって学んだ。今後数年先……もしかすると生涯に渡って、ふと思い出してはのたうちまわるような忌まわしい記憶を焼き付けられてしまったたのは、かなり高い授業料だった。


「いい? フレイム。今後、わたしの歌のことは絶対に口にしちゃだめ。今夜の事は悪い夢だと思って忘れることにするから」


「はいはい、承知しましたよ。……おや? あの異国の着物姿の女性は、鬼百合さんでは?」


そろそろ夜店も片付けを始めた時刻に、鬼百合が傘の鬼蓄を差して、通りをゆっくりと歩いていた。弱々しい橙色の光源に当たる鬼百合は、妖艶で美しく、それでいてほの暗い不気味な雰囲気である。東方の妖怪というモノがどんなたぐいのモンスターかをルビィアースは知らない。しかし、妖怪が魔物の一種であることは鬼である彼女を見れば言外に伝わってくる。

鬼百合へと駆け寄り、いっしょに店じまい直前の屋台へと足を運ぶ。ルビィアースは自分が全額出そうと思っていたが、目を引く竜人の少女と雅趣薫る着物をまとうあでやかな鬼百合の二人組が店主に気に入られ、売れ残った焼き菓子を持っていけとただで手渡されてしまった。


「故国の縁日を思い出しますわ。夜のお祭りは良いものですわね」


地面よりも高所にある建物へ続く階段に並んで腰を下ろしながら、もらった甘い菓子をほおばる。鬼百合は何かを食べる姿までもが(つつ)ましい。


「鬼百合さんの故郷の国って、どんな所なんですか?」


「細やかな国、とでも申しましょうか。建築も、文化も、食事も、日常で使う種々の道具にも、あらゆる物の細部に工夫が凝らされ、精緻(せいち)で高い完成度がもっとも大きな特徴といえましょう。

海をはさんだ島国であるために他国との交流が薄く、内々で独自に発展した文化は、その服装や滅私の精神が外国の方々には少々奇異に映ることもあります。

この国の至る所に見られる力強さや異性への積極性、他国を圧するような軍事力には欠けるものの、移ろいゆく四季……花鳥風月を俳句や短歌に写し取り、傷つけることなく文字の上で愛でる繊細な美意識は、わたくしが誇りに思うものでございます」


「いいなあ、見てみたいなあ! 鬼百合さんみたいな綺麗な人が、その国にはいっぱいいるんだ……」


色とりどりの宝石や貴金属で飾り付けていないというのに、鬼百合の服飾には無駄のない洗練された美が備わっていた。ガウンにも似た長袖のワンピース服を腰上で帯留めにし、背中側で結ばれた紺色の帯はリボンのようで可愛らしく、それでいて帯の端が水中を泳ぐ魚の尾ひれのように揺れる。紅い着物の至るカ所にほどこされた牡丹や百合の花の刺繍(ステッチ)は驚くほどに細かく、「そこまでこだわらなくても」と思ってしまうほどに丁寧な仕事で、彼女の国の職人の高い技術水準と精神性を表しているかのようである。


「ルビィアースさんから美味な菓子をちょうだいしたお礼に、わたくしの仲間をお見せいたしましょう。少しは故国の空気を感じていただけるかと思いますわ」


唐傘の鬼蓄を手に取り、それを静かに開く。すると傘の内側から、鬼百合と同じように着物をまとった女性がふわりと飛び出した。青色の着物を着崩し、だいたんに肩や胸元や太ももをはだけ、つつましやかな鬼百合に較べてかなりラフな……というよりも扇情的(せんじょうてき)なかっこうである。

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