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17頁 「竜少女ルビィアースの青春」

「おお、なるほど。これがあの呪文なのか」


フレアに続いて納得するヴァルキリーに、ルビィアースは足早に歩み寄って耳に顔を寄せ、「呪文って、なんなんですか……?」と小声で聞く。


「魔力を操って炎や爆発を起こす魔法とは違う、人そのものを呪う術だ。魔力をこめた言葉を聞かせて対象の心に干渉し、意識を縛り、いいように操ってしまうらしい。呪う文を適宜に組み立てるのが難しく、使い手がほとんどいないらしい」


「じゃあ、とどめは僕がさして上げようかな。痛くない、上品な方法でね」


リフレェンがどこからともなく取り出した黒い布。それをひるがえし、全身を覆うと、布をマントにした長身の美青年が立ち上がる。


「ああーーっ!? 昨日、わたしを誘惑した吸血鬼ーーっ!?」


「またすぐにでもお会いすることになる。そう申したはずでしょう? ルビィアース嬢」


かしこまった風に会釈をし、チェスフォッグに意識を拘束されて人事不省(じんじふせい)に陥っている氷樹の意思の背後に回り込むリフレェン。

背中から左腕を取り、その手を横へ伸ばして首筋をさらさせるかっこうは、男女の社交ダンスのワンシーンを思わせる。

長く伸びた犬歯を左の首筋へと突き立て、音も立てずに氷樹の意思の血を(すす)る。それは人の血を糧にして生きる吸血鬼の食事である。あさましく、動物的に映るどころか、気品漂うリフレェンが吸血を披露するとどこか耽美的な空気さえにじんでしまう。


「……ああっ……愛しのご主人様……!」


「目が覚めたか、我がしもべよ」


血を吸うことにより身も心も支配した氷樹の意思を、正面から抱きしめ、優しく髪を撫で、唇を重ね合う。衆目の前でも少しも遠慮せず、堂々と愛を語り合う彼は、女性の扱いにかけて百戦錬磨であることを身をもって示していました。


「おや? どうしました、ルビィアース嬢。そんなに赤く、しかも恐い顔をして」


「どうしたもこうしたもないっ!! それっ……そいつは、わたしと同じ身体でしょーがっ!? 見ているわたしが恥ずかしいのっ! わたしの胸やおしりをいじくりまわすなーっ!」


「これは失敬。こんなまがい物よりも、本物の貴女とむつみ合うべきでした。その方が何倍も面白い。十何倍も楽しい」


両手を広げてニコニコ笑いながらルビィアースへと近寄ってくるリフレェンに、ついに彼女はキレた。昨日の夜も、吸血鬼の正体を知らないルビィアースを終始からかっていたのだ。


「乙女の純情を踏みにじった罪、万死に値するーーっ!!」


猛然とダッシュし、全力の右ストレートを打ち込むものの、リフレェンは全身を霧化して空中へ退避してしまう。

しかし、氷点下の寒さのせいですぐに気体の霧は凝縮し、リフレェンは実体へと戻って地面に落ちてしまった。


「むう、こ、これはどうしたことか。……ん?」


「いっぺん、死んでこーいっ!!」


二度目の右ストレートが顔面に炸裂し、その威力でおもちゃの人形のように飛ばされたリフレェンはそのまま氷樹を三本も折って、氷の樹の破砕物に埋もれたままダウンした。


「色に狂った末に痴話喧嘩(ちわけんか)で脱落か……。女のことしか頭にない色男のあいつにふさわしい結末だったな」


強制送還されるリフレェンを遠目でながめながら、ヴァルキリーが残りの七人へと顔を向ける。


「さて、これからどうする? 人真似をする化け物はもう敵ではない。また我慢くらべか、それとも残りのみんなであと一人の脱落者を出すために戦い合うか」


主のリフレェンが消えて支配を解かれたのか、氷樹の意思はルビィアースの姿を保ったまま気絶し、その場に横たわっていた。

氷樹の意思は沈黙したが、この氷の大自然はそれだけでも脅威だ。ただ立っているだけで熱を奪われ、精神を圧迫され、体力をもっていかれる、生命を侵蝕する領域である。

もしも仕掛けるのなら、まだ気力と体力が残っているうちの方がいい。しかし、ルビィアースの周りに立つのは、誰も彼もが一筋縄ではいかない強者ばかりだ。いざ戦ってみるにしても、誰からどう手をつければいいのかルビィアースには分からない。


「(ああっ、もうーーーー! 手はフレイムでふさがってるし、寒いし、お腹減ったし、今戦ったら勝ち目が見えないよーーーー!)」


棄権(きけん)する。俺の負けでいい」


「……ええっ……!? なんで!? どうして!? あんた、全然無傷じゃん!」


一触即発のにらみ合いの中、突然のチェスフォッグの敗北宣言。ルビィアースを筆頭にして、誰もが大小様々な驚きの色を顔を表していた。

「これ以上続けても労力と見返りの釣り合いが取れない。俺はそう思っただけだ」


人を食う氷の森。その冷たくて透明な美しい樹々と、折れた樹の幹からのぞく人体のかけら。それをチェスフォッグは感情の読めない目で眺めつつ、最後は諦めたように目を閉じた。

チェスフォッグのみが送還され、代わりに王と銀髪の少女がみんなの前へ現れる。


「ご苦労、諸君。自然の圧力にも屈しないお前たちの力と勇気、見事であったぞ。天使祝司の授与者を選ぶ試練はこれからも続く。次の試練まで、身体と心を休めておけ」


今回の試練の終了。それを喜ぶ暇もなく、次の瞬間にはすでにルビィアースとフレイムはリキュール亭の前に転送されていた。


「暑いっ……!? 空がまぶしいっ……! 夏でもないのに太陽に()かれるみたいっ!」


片手を額にかざして輝く天を見上げ、熱湯からわき上がる蒸気に全身を包まれたようなひどい蒸し暑さを感じながら、いかに自分が極寒の地に居たかを痛感させられる。きっとロトリィもアリスも、この国の各地にいる争奪者全員がルビィアースと同じように気温差に打ちのめされているだろう。


「チェスフォッグ……。あいつの言葉の意味、ぜんぜん分からない」


あの場に残っていた猛者八人で戦い合えば、たしかに怪我は避けられないだろう。それを恐れての戦略的撤退なのか。それとも別の理由があるのだろうか。

なにはともあれ、まずは休みたい。氷樹の森では肉体的にも精神的にもかなり負担が大きかった。冷やされきった身体を急に常温に戻されたせいで体調が狂い、軽いめまいさえ感じる。もう一人の自分に乗っ取られそうになった出来事は、なるべく早く忘れてしまいたい恐怖体験だ。

まだ眠っているフレイムを腕に抱えたまま店内へと戻り、突然客引きを放り出したことをコロネットに謝り、夜は遅くまで働くという条件と引き替えに仮眠を取らせてもらうことにした。




「ルビィ、そろそろ、店の方へ出てきて」


部屋の外から女主人のコロネットにノックされ、その声でルビィアースは目が覚めた。ベッドのぬくもりは恋しいが、借りをたくさん作ってしまった分、約束通りにしっかりと働いて返さなければならない。


「ふわぁ……。ちょっと眠っただけでもう元気になるのが、竜人の良いところよね」


上体を起こし、両腕を上げて背筋を伸ばす。上半分が裸なので、ふくらんだ胸が空気にさらされる。内側の強靱な筋肉を覆い隠す、しっとりと水分を含んだ張りのある肌は、ルビィアースの少女時代を象徴する最たるものだ。ホワイトアリスの飴攻撃を食らった箇所も、もう痛みが引きつつある。


「おーいフレイム、いつまで寝てるんだこらぁー!」


ベッドの端に乗せてあったフレイムを蹴り、強引に目覚めさせる。その衝撃で冬眠状態を解除されたフレイムは眠そうにのろのろと首をもたげ、「試練はどうなったんです?」と不安げに聞いてくる。


「んー? 勝ち残ったよ。変態吸血鬼のリフレェンはわたしがぶっ飛ばして、チェスフォッグはなぜか自分から退いちゃったよ」


胸元に垂れ下がる髪を後ろにかき上げ、自慢の赤髪を素手でごく簡単にブラッシングする。


「これからお店に出るんだけどさ、髪、変な風になってない? 寝癖(ねぐせ)とか、からまってるとか、そんなことない?」


「いつもの通りですよ。普段の状態がくるくるの巻き毛ですから、だらしないといえばだらしないですけれど」


「わたしの故郷では竜人の女の子はみんなこんな感じでしょ? 都会の子みたいにおしとやかな直毛じゃつまらないわ。ドラゴンの力強さと荒々しさが表現できていて良いじゃない」


ベッドの上を前転して床に着地すると、手早く上着とホットパンツをまとい、窓ガラスを鏡代わりにして顔をのぞき込む。竜人の証である、血のように赤くて宝石のルビーよりも濃密な、攻撃的な色の瞳。喧嘩になりそうな時、この竜人の目ににらまれるだけで胆力(たんりょく)に乏しい者は戦意を失う。ルビィアースはこの目も、真っ赤な髪も誇りに思っていた。


「……いけないいけない。お店の方じゃ、けっこうお客さんが集まっているみたい」


部屋に居ながらにして、遠隔地の人の声や気配がこまかく伝わってくる。こういった動物的な感覚の鋭さも、竜人の特長だった。


「よぉし、今日もがんばって働くぞー! さあ来い、フレイム!」


フレイムのしっぽをわしづかみにし、宙にぶら下げたまま意気揚々と部屋を出る。細かいことにこだわらない大らかな性格で、何事にも肯定的な気持ちの良いバカ。それがほとんどの竜人がもつ気質である。

店に出ると、まずは二代目エプロンをまとってウェートレスの体裁を整える。ボロい上着も過剰にさらされる太ももも、エプロンによって隠されるので清潔感が演出できる。

連日の客引きと給仕仕事のおかげで赤髪のルビィアースと赤竜フレイムの評判が立ち、すでに店への客入りは充分だった。ルビィアースが銀色のトレイを片手にカウンター前に立つと、もうそれだけでささやかな喝采(かっさい)が上がる。

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