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13頁 「アンダーグラウンドの魅惑」

「何かある! 絶対、何か怪しいよ!」


期待を胸に、ルビィアースも暗い路地へと突っ込んでいく。奥へ進むにつれて明らかに通行人が増え、道の先の空き地では人間と猫人が地面に敷いたシートの上に商品を並べて客を待っていた。


「おおっ! ここは、闇市!?」


禁制の非合法商品を取り扱った裏世界の店。発覚と摘発に備え、目立つたき火も起こさずに月明かりのみを頼りにしている。いかにもアンダーグラウンドといった危険な薫りが漂う、そこに居るだけで胸が高まる裏市場である。

人間の店をのぞいてみれば、盗品の財宝から麻薬の元となる植物の束、危機レベルが高すぎて発禁処分となった魔法書、重改造した武器、各種毒物から公的には捕獲禁止の稀少動物まで、なんでも置いてある。表の店ではまず見ることのできない違法品ばかりである。

猫人の店もまた、人間のそれに負けず劣らずのものすごい品揃えだ。半永久的に猫耳としっぽが生える怪しげな薬やら、猫人の有名職人が手ずから縫製したという猫人の民族衣装、過去に期間限定で出回り、現在では入手不可能な猫人製記念アイテムの数々、猫人世界の貴重な鉱石や宝石など、猫人好きならのどから手が出るほどに欲しがるであろう、めったに夜店に出回らない猫人系レアアイテムがめじろおしである。こちらも人間の店と同様、猫人が人間と交わす商売協定を無視した違法品ばかりだ。

ただ、問題は値段が高いということ。扱う商品の稀少さと売り手の負うリスクを踏まえた値段は、とても小娘のルビィアースの手に届くものではない。


「あーんっ、猫人の民族衣装がほしーいっ!!」


両手で頭を抱えるルビィアースの視界の端に、長身の黒服姿が入ってきた。天使祝司を求める争奪者のうちの一人、チェスフォッグである。

上着のポケットから取り出したピンクの石を四つ、人間の店主に手渡し、二言三言簡単に言葉を交わす。たったそれだけで、チェスフォッグは巨大な麻袋いっぱいに金貨を受け取っていた。普通人の生涯賃金を明らかに上回る、目もくらむような大金である。


「ちょっとちょっとぉ! いったいどんなヤバい裏物(うらもの)を売りさばいたっていうのよ、チェスフォッグ! モノによってはあんたを官憲へ突き出すわよ!」


「昨日飛ばされた遺跡に在った、古代の魔石だ。そこらに売るほど転がっていただろう」


「そういえば……!? ああっ、わたしのバカバカ! 持って帰ってくれば大金持ちになれたのにっ!」


一生遊んで暮らせるだけの金を手にしながら、チェスフォッグは冷めた顔でいる。そして、この非合法の闇市に慣れきっているような、そら恐ろしいほどの落ち着き具合である。チェスフォッグという黒ずくめの男がカタギの世界に生きていないことはルビィアースにもなんとなく伝わってくる。


「大金持ち? こんなはした金は、明日か明後日にはすべて溶けて消えているだろう。しょせんは偶然拾っただけのあぶく(ぜに)だ。湯水のように使ってやるのがふさわしい」


換金作業を終えたチェスフォッグは金貨ではち切れそうな袋を軽々と持ち、それ以上ルビィアースと言葉を交わすことなく闇市から出て行った。

あれだけの金を一日かそこらで使い尽くす、ルビィアースの想像を超えた超豪遊。チェスフォッグのあの口ぶりでは、そんな馬鹿げた金の使い方を何度も繰り返しているらしい。金への感じ方、人生の捉え方がルビィアースたちとは根本から違っているようだ。長く生きたいという意思が感じられない、非常に異質な思考の持ち主である。

結局ルビィアースの所持金では欲しいものが何一つ買えず、チェスフォッグとの格の違いを感じつつ、ルビィアースたちは闇市から出て行った。


「この世の中で大切なのはお金? それとも精神的な、愛? ルビィアースはもう分からなくなってしまいました、故郷のお母さん……」


そんなことをつぶやきながらとぼとぼと繁華街へと戻る。その途中で通りかかった高級商店街は目の毒もいいところだった。

夜なのでほとんどの店は閉まっているが、社交パーティー場と思しき小さな城のような店や高貴な雰囲気のレストランは、建国祭で浮かれる金持ちたちで賑わっている。今まで街で見てきた、屋外で歌って踊って楽しむスタイルとは違う。金持ちの人間は部屋の中で、同じ上流階級の人間たちと食事や会話を楽しむほうが好きらしい。


「すごいねえ、フレイム。いつかこんな綺麗な店に入ってみたいよ」


嫉妬で憎しみを抱くよりも先に、ルビィアースの性格では素直に感動してしまう。「はあー、ふぅーん」とうなりながらショーウインドーの向こう側を眺めていると、近くを通りかかった一団が足を止めた。


「失礼。どこかでお会いしましたか? 元気なお嬢さん」


金髪で背の高い、美しい男性だった。値の張りそうな黒い燕尾服をまとい、この高級商店街にふさわしい貴族風のやさ男である。左右には宝石とドレスで華々しく着飾ったレディたちを連れている。

これは一人の女性として誘いを受けているのだろうか。慌てて首を横に振るルビィアースに、本物の気品をたたえた男性は人なつっこく笑う。


「私は貴女を知っていますよ。竜人のルビィアース嬢」


「ええっ!? どうして、わたしの名前……」


「貴女ほどの可愛らしいお方は、自然と世に名が聞こえようというもの。せっかく出会えたというのに、このまま別れてしまうのはあまりにも忍びない。よろしければこの私と晩餐(ばんさん)をご一緒願えませんか? 麗しきルビィアース嬢」


「あの……その前に、お名前を……」


「とりあえず、吸血鬼、とでも名乗っておきましょうか。可憐な女性に目がないタチでしてね」


美男子でありながら、襲いかかるような手つきでおどけてみせる吸血鬼。大人の色香にすっかり呑まれてしまったルビィアースは、取り巻きのレディーたちをさりげなく解散させる吸血鬼に導かれるまま、手が届きそうもなかった高級レストランへと足を運ぶ。

動物のフレイムを店外に残し、吸血鬼と名乗る青年と二人きりでテーブルを囲む。次々と運ばれてくる、驚くほどに美味な、贅を尽くした肉料理と魚料理。そして生き血のように色鮮やかで芳醇な赤ワイン。それらの食事と吸血鬼の軽妙な話に酔い知れ、冒険ばかりに明け暮れて男慣れしていないルビィアースは、うっとりと浸りきっていた。

ぽうっと酔って痺れた頭のまま、店の外へとエスコートされる。そのまま次の社交場へと連れて行かれそうになった時、いきなり後頭部をフレイムに噛まれ、その痛みでルビィアースは現実へと引き戻された。


「目を覚ますんですよ、ルビィさま! このままじゃあんた、お嫁に行けなくなりますよ!」


「…………そ、それもそうねっ! ごちそうさま、そしてさようなら、吸血鬼さん!」


「またすぐにでもお会いすることになりますよ、ルビィアース」


そんなことを言って笑顔で優雅に手を振る吸血鬼をしりめに、ルビィアースとフレイムは全速力で逃げ出した。


「……ふぅ、危なかったわ。でも、もう少しお付き合いしても良かったかも。わたしってば、あんな綺麗な男の人をも魅了してしまうほどに美しく、気高く、そして罪深い女だったのね」


ルビィアースが馴染んだ祭りの空気の中に戻ってきて、つかの間のしゃれたデートの余韻(よいん)を味わう。


「またお会いできるかしら、うるわしの吸血鬼さん……」


胸の前で両手を組み、白い月が輝く夜空に思いをはせる。フレイムにあきれられながら屋台の群れの中を突き進み、やがて一人の見知った顔を見つけた。

女騎士ヴァルキリー。大きなたき火を囲み、酒と踊りと歌を楽しむ人々の輪から外れ、建物の壁に寄りかかって漫然と時を過ごしている。

ルビィアースは酒盛りの集まりに顔を出し、持ち前の竜人の髪と目、それに小竜のフレイムをエサに二人分の果実酒を分けてもらうと、酒宴に引きずり込まれる前にちゃっかりと抜けだし、向こう側に居るヴァルキリーのもとへ急いだ。


「はいっ、お酒ですよ、ヴァルキリーさん」


「……お前か。わざわざすまないな、いただこう」


ヴァルキリーと同じように背中を壁に預け、隣に立つ。やや離れた場所のたき火の光にうっすらと照らされるヴァルキリーは、暗がりの中でも綺麗だった。

そう、ヴァルキリーという騎士は綺麗だ。可愛いらしいという方向ではなく、一つの目的に向けて鍛え上げられた道具がもつ概念的な鋭さや無駄をそぎ落とした機能美を感じさせる、ちょうど彼女が腰に提げた剣のような女性である。


「ヴァルキリーさんって、かっこいい」


「惚れるなよ。サフィズムの気はないぞ」


「何だか女の子にモテそうですよね、ヴァルキリーさんって」


「さあな。男が好きだとか、女が好きだとか、そんな浮ついた気持ちはずっと昔にすり切れて消えてしまったよ」


いったい過去にどれだけの戦場をくぐりぬけてきたのか。それを思わずにはいられないほどに、ヴァルキリーが静かにじませる「気」は女性的な丸みと温かみを超えていた。冷たく、硬く、長きにわたって使い込まれた傷だらけの剣。そんな印象をルビィアースは受けていた。


「一つの生き方を極めるとね、他の無数の種類の生き方から断絶する。選択肢や接点が消える。あの楽しげな祭りの喧噪が、私には遠く思えてならない」


「わたしはお祭りのバカ騒ぎが好きですけど、ヴァルキリーさんの隣にいるのも好きですよ。わたしも強く、かっこよくなれたような気がします」


「ありがとう。そう言ってもらえると、救われる思いがする」


「やだなあ、そんな大げさな! へへへっ。おいフレイム、ちょっとお代わりの酒をもらってきてよ」


「お前は将来、大物になるよ。私が保証しよう。なぜなら、私が見てきた傑物たちはみんな、お前のような意志と活力に満ちた目をしていたからな」

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