10頁 「わが道を行くモノたち」
「ひざまくらをしてあげましょう。頭を載せてご覧なさい」
「ええっ!? でも! そんな! 神様を相手に、ひざまくらだなんて大それたことを……!?」
「構いませんよ。生きとし生けるもの、すべては神が創った子らの遠い子孫なのですから。あなたも私の遠い娘のようなものですよ」
いけないことだとは分かっていても、めったにないチャンスと胸でうずく好奇心にはあらがいきれず、ルビィアースは屋根に座り、そろそろと後頭部を月詠のひざに乗せる。
雲に乗ったような、天上の心地良さ。糸で編まれたクッションやベッドシーツなど較べるべくもない、真の温かみと安らぎがここにあった。
頭上で優しく微笑む月詠に陶然としたルビィアースは、そのまますぐに眠ってしまい、じつに二時間もの間眠りこけていたのである。
たまりかねたフレイムに起こされ、安眠をむさぼっていたルビィアースは月詠のひざの上で目が覚めた。あまりの非礼に頭を下げて深謝したが、神にとっての二時間など、無意味に等しい時間だという。実際、フレイムによると月詠はルビィアースの頭を載せたまま、枯れた年寄りのようにぼんやりと街並みを眺め続けていたらしい。
「あーー……。すっかりしっかり眠っちゃったわ。さすが神様ね、とんでもない癒しの力だったわ……」
空から俯瞰を続ける月詠と別れ、眠気が抜けてすっきりとしたルビィアースは街の散策を再開する。
楽しげな大道芸にエールとおひねりを贈り、出店で売られる国外由来の交易品に異国の情緒を感じ取り、骨付き肉のあふれる肉汁と甘い脂身に舌づつみを打っていると、人の群れがぞろぞろと移動しているのを見つけた。
その中心に立つのは大魔女フレアである。お付きのメイドや執事、そして大勢の心酔者を引き連れて、街を見回っているらしかった。フレア自身の輝く魅力に取り巻きの多さもあいまって、まるで一国の視察団のような様相である。
「……いいなあ。わたしとは、何もかもが違うよ」
フレアの美しさと華やかさときたら、大粒の宝石が高級ドレスを着て歩いているようなものだ。ぱさぱさに痛んだ髪と長旅にさらされてぼろぼろの服、それに右手に食べかけのあぶり肉を持つルビィアースとは天地の差である。昨夜、同列の挑戦者として同じテーブルについた記憶が嘘であるかのようだ。
遠くのフレアと偶然目が合い、ルビィアースはぎこちない笑みを浮かべ、あわてて顔の前でいちファンのように手を振る。するとどういうわけかフレアがこちらを目指して歩み寄ってきた。
「やあ。また会えたね。赤い髪の女の子」
「……お、お近づきになれて嬉しいです。フレア……さん」
後ろ手に肉を隠し、恥じらいながら会釈をする。フレアが生まれもつ黄金の輝きに魅せられ、それまでの劣等感も消え去り、今ではほれぼれするような胸の高揚しか感じられない。
「ちょうど退屈していたところなんだ。君に、この建国祭の案内を頼めるかな?」
「フ、フレア様……!? そんな、身勝手な! これから国の要人との食事会の予定ですぞ!」
「そんなもの、もうどうでもいい。この子と遊ぶ方が面白そうなのさ」
老執事の叫びを一蹴したフレアはルビィアースの先を歩き、付いてこいと金色の瞳で訴えている。ルビィアースはときめきを抑えられずに小走りで駆け寄り、大魔女フレアと二人きりで人混みを進む。
「こういう大騒ぎは不慣れでね、楽しみ方がいまいち分からない。きっと君の方がわきまえているんだろう」
隣を歩くフレアの、金色の髪がふわふわとそよぐ。パーティー用のとっておきの衣装のようなハデな極彩色ドレスを華麗に着こなし、使用人と取り巻きを置いてきてもなお、すれ違う人々の視線を一身に集めている。早くも数人の新たな追っかけが後ろに付いてきていた。
「フレアさんは……綺麗ですね。わたしなんかが案内していて、なんだかもったいない……」
フレアは身にまとう雰囲気そのものに華がある。出店の説明をしながらフレアの華を間近に感じていると、ただの庶民である自分を強く意識してしまい、ルビィアースはどこか悲しくなってきた。
「そういう君も美しい。野性味ある、私には無い類の力強い美だ。君も充分に素敵さ。そもそも、人の根本的な価値とは外見よりも志の高さだ。いかに大きな夢を見られるかだよ」
「ううっ……。思っていたより、優しい方だったんですねぇ……!」
まなじりに感動の涙を浮かべ、ルビィアースは笑顔を取り戻し、己の本分である下町っ子の知識と経験を生かして黄金色の大魔女を祭りの中へと導いていった。
両手を頭の後ろで組み、白くて長いうさぎ耳を揺らしながら、ロトリィは上機嫌で往来を歩いていた。今日も今日とて、露出度の高い扇情的な服装である。男を魅惑するためではなく、ただ好きな服の趣味がコレなのである。
天使祝司の獲得権。面白いことになった。べつに心底欲しいわけでもないが、あれば何かと便利であるし、何より上等の景品がかかったゲームは良い退屈しのぎになる。生来の勝負師の血が騒ぐというものだ。そんなゲームに参加できるだけでもわざわざこの国に足を運んだかいがある。
「まあ。昨日の今日で奇遇ですわね、うさぎのお嬢さん」
「こりゃま、どーも。着物のお姉ちゃん」
日傘のように紙の傘を差した鬼百合と、道の真ん中でばったりと出会ったのだ。その東方の民族衣装もあいまって、角を生やした美貌の鬼百合は多くの目を引いていた。
普通の者なら気後れで距離をとりたくなるような可憐な鬼百合にも、そんなことはまったく気にせずに大またで近寄っていく。
そこはかとなく漂ってくる、うすら寒い気配。優しい笑みの裏側からかすかににじむ、暗い妖気。東方国の鬼を知らないロトリィは「こいつはゾンビか何かの親戚かな?」ととりとめもなく考える。
「せっかくこうしてお会いできたのですから、一つ、疑問を口にしてもよろしいかしら」
「おー。答えられることなら、サービスで何でも答えてやるぜー?」
「昨夜、ロトリィさんは開けたら死ぬかもしれない扉を、いとも簡単に選んでしまいましたね。生き残られたのはお見事でしたが、どうしてそんな死に急ぐような危ない生き方ができるのか、どうにも気になってしまいましてね。後学のために、よければ教えてくださらない?」
「生き急いでも死に急いでもないさ。ロトリィちゃんは昔から、こういう風にしか生きられないんだもん。ただ自分の流儀に忠実なだけ。ロトリィちゃんは死ぬまで負けないしねー」
「羨ましい。本当に、羨ましい粋な生き様ですこと。まるで尽きない打ち上げ花火のようなお方ですわね。その命のまばゆさは、長き時間を生きすぎて色あせたわたくしが見失ってすでに久しいものです。貴女に感じた魅力の理由が、やっと腑に落ちましたわ」
「なんかさー、遠回しにロトリィちゃんのこと、バカにしてない? 明日の見えない無鉄砲なばくち打ちだって、聞こえるよ?」
「まあ。とんでもありませんわ。ロトリィさんに敬服する思いは、誓って本当ですわよ」
「気に入らないよねー。腹の底が読めない、その笑顔が。はっきりいって気味が悪い。お姉ちゃんのすまし顔、意地でもぶっ潰したくなってきちゃった」
口元の笑みを着物の袖で隠す鬼百合に、ロトリィは好戦的な笑みを浮かべたまますぐそばの屋台に目くばせする。果実酒を売る、路上の即席バーである。
「街中でのガチンコ勝負は王様に禁止されたけどさー、これならまったく問題ないよね。どっちが先に酒で酔い潰れるか、ロトリィちゃんと勝負! 酒代はもちろんロトリィちゃん持ちだから、安心してねっ!」
「お酒をごちそうしてもらえるだなんて、女冥利に尽きますわ」
コップになみなみと注がれた果実酒を店主から受け取り、二人そろって飲み干していく。五杯飲んでも、十杯飲んでも、いっこうに鬼百合に変化がない。両手でコップを持ったままこくこくと上品に飲み、態度がまったく乱れないのだ。いかにロトリィが世を遊び歩いた酒豪といえど、酔ったそぶりさえ見せない異様な鬼百合にだんだん嫌な予感が湧いてくる。
二人の飲み比べ勝負はいつの間にか大勢のギャラリーを集め、酔って赤くなった劣勢のロトリィの方がより激しく応援されている。ロトリィにとってははなはだ面白くない。
「な、なんなのよーーっ……! いったいなんでぇ、どうして飲んでも飲んでもくたばらないのぉ……!? あんたぁ、ザルの化け物ぉ……!?」
「はい。化け物の、鬼でございます」
二十二杯目を飲みかけたところで、ロトリィは目を回してコップを落とし、その場にひっくり返った。
夜のリキュール亭でウェートレスをやりつつ、遊びにやってきた猫人のお客や酔っぱらいのお客たちをもてなしていた時、猫人少女のほろ酔い顔から一面の緑色の森へと、いきなり視界が切り替わった。
「このお酒、どうしよう……」
白いエプロンを掛けたまま、手の中の蒸留酒入りコップをもてあます。今夜の試練のために、またどこかへフレイムと共に召喚されたのだ。今頃リキュール亭ではルビィアースが一瞬で消えたと騒ぎになっているだろう。
「飲む?」
「やめて……気持ち悪い……」
とりあえず、そばに立っていたロトリィに酒を勧めてみるが、なぜか彼女は酒など見たくもないという青ざめた顔で拒絶する。どうも悪酔いしているらしかった。
蒸し暑い密林の中に、天使祝司を求める九人が集合していた。各々が奇妙な森を真剣な顔で見回している。




