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 ちんとタイマーが時間を告げた。

 私は鍋つかみを手につけてオーブンの中に手を入れた。

 取り出した様々な形のクッキーをお皿に移してその出来栄えに満足して「うん」と頷いた。

 そして慌てて辺りを見渡す。

 放課後の調理実習室には料理部唯一の部員である私以外の人間の姿はない。

 窓もキチンと閉まっている。

 唯一の出入り口である入り口にも内側から鍵を掛けてあるから事実上この場所に入れる人間は誰も居ない。

 大丈夫。大丈夫。

 不安気に揺れる気持ちを鼓舞させながら私は紅茶を入れてクッキーの前に座った。

 小さく手を合わせていただきます。

 出来たての料理が食べれるのも料理部のいい所。弱小すぎて常に廃部の危機に晒されていることさえ考えなければいい所。


 「うっ!嫌なこと思い出した」


 私ももう三年。新入部員が入らなければ細々と続いてきた料理部の歴史に幕が降りる。


 「はぁ~誰か入部してくれないかなぁ~~~」


 行儀悪く椅子をギコギコさせながら天井を見てぼやきつつ口の中のクッキーを割る。仄かにココアの味がした。


 「さすがに最後の部長って肩書きは嫌だなぁ・・・・」


 手元も見ずにクッキーに伸ばされた手がここにあるはずのない手にそっと掴まれる。

 私より大きくて私の手をすっぽりと覆い隠せるぐらいの男の子の手。

 正直、掴まれた瞬間神経が全部手に集まった。

 それが何か理解するのを拒否して天井をただひたすら睨みつける私の耳にくすくすと笑い声の混じった男の子の声が入ってくる。


 「だから僕が入りますって言っているのに」


 甘いお菓子の似合いによくあった柔らかくて甘い声。だけど私は知っている。どんなに甘いお菓子のような奴でも中身は「違う」ってことを。


 「先輩?」


 「あんただけはダメ」


 「どうして?」


 かわいく小首を傾げているやつに向かって私は冷たく言い放つ。部員は喉から手が出るほど欲しいが私は料理に携わるものとしてこいつにだけは料理をさせたくない。


 「・・・・・調理実習で班員全員を保健室送りにした実績を持つ人間を入れたくはない」


 ひどいなぁ~と笑うあいつのあだ名は「最終兵器」。


 あの甘い外見が作り出す料理は見た目だけはまとも中身はとんでもないという作り手に忠実な料理なのだ。

 放っておいたら調子に乗って色々してきそうなので渋々私は視線を奴に向けた。

 一体いつの間にというかどうやって入ったのか謎だが少し幼い顔をした下級生の男の子が当然といった顔で私の前に座って私の手を掴んでいた。

 睨み付けてやると彼は少し大袈裟に目を丸くしてからそっと手を離した。

 と思ったら突然テーブルから身を乗り出してきた。手が私の頭を抱き寄せて思わず見惚れそうになるぐらい綺麗な顔がとても近くなった。


 ふわりと触れた唇は確かに甘かった。


 中身は全然甘くないくせにどうしてこう・・・・・。

 って!ちょ!待て!


 「なにすんだ!」


 顔面を狙った拳はあっさりと防がれた。


 「なにってキ・・・・・・」


 「うぎゃぁぁぁっぁぁぁ!言うな!その単語は聞きたくない!!」


 私が聞きたいのはどうしてそんなことをするのかということだ!

 涙目で顔が真っ赤で頭は混乱中の私をよそに奴は涼しげな顔。

 なによそれ。一人で動揺している私が馬鹿みたいじゃないか。


 「どういうつもり」


 低い声が出た。顔が俯いていく。なんとなくいやがらせじゃないかと思った。それぐらいやりそうだしこいつは。

 ファーストキスをそんな形で失ったのは嫌だ。もっと嫌なのはキスされたとき信じられないぐらいにドキドキして嫌じゃなかったこと。

 だから余計に泣きたくなった。


 「・・・悪戯やからかいにしては性質が悪すぎるわよ・・・・」


 そう言って顔を上げると何故だかものすごく驚いた顔をした彼がいた。

 なに?その顔は?

 呆然と見返すと彼は我に返り、はぁ~~と心の底から溜息をついた。


 「先輩」


 「なに?」


 「鈍い!」


 行き成り怒鳴られた。

 な、なに?

 目を白黒させる私を他所に彼は私の肩を掴んで揺さぶった。


 「鈍い鈍いと思っていたけどこれほどとは思わなかった!普通キスしたら相手のことが好きなんだって分かってください!言葉より雄弁に伝わる告白手段じゃないですか!」


 恐ろしいまでに鬼気迫る顔でそんなことを言ってくる後輩に私は落ち着けと言いかけて・・・・そこであれ?と思った。

 なんだ?なにか彼の言葉の中で思いっきり聞き逃したらいけないような単語がたくさんあったような・・・・・・。


 「こくはく・・・・?」


 漢字変換が上手く出来ない。意味も思い出せない。

 頭の中が真っ白で息の仕方も忘れた気がした。


 「僕は先輩が好きなんですよ!」


 真っ白な頭の中に彼の声だけが真っ直ぐに届いて。真っ白な頭の中が彼の声だけが響いていた。


 「すき・・・・・?」


 彼が私を?

 キスしたのも私が好きだから?

 そこまで考えて真っ白だった頭が急に働きを元に戻した。

 全ての意味を理解した瞬間ぼっと私の顔が真っ赤になる。

 だがそんな私の変化に気付いていない彼は更に言葉を重ねていた。


 「そうです!好きなんです!料理部を一人で護って意地っ張りで食い意地が張っていてでも優しい先輩を僕はずっとずっと好きだったんですよ!」


 ヤケクソのような言葉の口調は叩きつけるようで甘くもなんともないのに・・・なのに・・・・どうしてだか猛烈に口説かれた気がした。

 ある意味なんの飾りもない素の言葉だったからダイレクトに心にきた。


 「あ・・・・・・え・・・・?」


 もうハッキリ言って言語にならない。どういう顔を今、自分がしているのかすらも把握できていない私に彼は止めを刺した。


 「先輩好きです。僕と付き合ってください!」


 逃げることなんて許されないぐらいに熱い目で見られて自分の気持ちが分からなくなる。

 ぐるぐるとまるで迷路に迷い込んだような気分。

 甘い甘いお菓子の匂いに目の前には甘い外見の男の子。

 なのに・・・・現実は全然私に甘くない。


 「わた、しは・・・・」


 何度も何度も言葉に引っかかりながら私は自分でも淡くしか自覚していなかった想いを彼に伝える羽目になる。

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