恋物語 中編
彼女が第一王女として生まれた隣国は農業国であり、さほど広大な国土を持つわけではないが羊や牛馬の育成が盛んだった。王女でありながらも羊や牛馬、その飼育のための犬などと幼いうちから触れ合っていたカリンだが、とくに大好きな動物が羊で、物心ついたときからよく遊びともに城内を駆け回った羊のケリーが、このぬいぐるみのような毛の色だったのだ。数年前に死んでしまったが、体がとても大きく、力持ちで頼りがいのある羊だと常々感じていたものだ。
そんな懐かしさから選んだぬいぐるみを、そばで静かに待っていた夫に手渡す。
その人は彼女から両手でぬいぐるみを受け取ると、一瞬目を見開いた後、嬉しそうに口元をゆるめ、ぬいぐるみを胸元に持っていく。
その様子にカリンは
(今笑ったわよね?ぬいぐるみが好きなのかしら?確かに、儀式で王妃が縫う100の意匠を毛糸のぬいぐるみにしてほしいと希望したのはそちらの国だったけれど……)
不思議に思いつつも儀式の途中だから決して顔には出さない。
その間に夫はそのぬいぐるみを抱えたまま神官らに向き直り、何らかの言葉をもらっている。
嫁いでくる花嫁に縫い物をさせ、その意匠を神殿にささげ祝福をもらうというこの国独特の伝統によって、花嫁はその意匠の出来ばえも問われる事になる。
自分は動物の世話に明け暮れて、第一王女でありながら嫁の貰い手もなく婚期を逃した身ではあるが、庶民的な生活を過ごしたおかげか、裁縫の腕には比較的自信がある。特に問題はないだろう。
(だから私にこの縁談が来たのかしら?美人で評判の上の妹や、剣術が趣味で気が合いそうな下の妹でも裁縫は結構できるから平気だったのに……)
そんなことを考えているうちに儀式は滞りなく終了したらしい。神官らは神殿に事の次第を報告しに行くようで、侍女たちはその案内のため退出していた。残ったのは彼女と夫と3人の大臣、夫の母である王太后である。
今日の行事は先ほどの儀式で終了だったはずなのに、大臣や王太后がまだ室内にいることが不思議だった。しかも4人はなぜか穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ている。
判断を仰ごうと夫となった人を見ると、こちらはなぜか真っ赤な顔をして彼女を見ている。何かを言おうとしてはやめ、言おうとしてはやめ、口は頼りなく開閉している。
初めて見たとき、まるでケリーのような頼りがいある方だと思ったのだが少し違ったのかもしれない。
「これを…」
何度目かの開閉をやめた後、ついに彼が言ったのはそんな台詞で、そして彼が胸元から出して私に差し出したのは、羊のぬいぐるみであった。
ところどころ毛糸がはみ出しており、少々不格好だが、確かに羊のぬいぐるみだった。
色合いは私が彼に渡したのと似ており、白い胴体に頭が少しだけ黒かった。
私は説明してほしくて夫を見たが、無口らしい彼は何も言ってくれす、ただ私を見つめるだけだ。
私が困惑して大臣や姑となる女性のほうを見やると、なぜか生温かい目で見返された。
そして目線でそのぬいぐるみで受け取るように言われた。
よくわからないが、乞われるままにそのぬいぐるみを受け取ると、夫はすごくうれしそうで、私の両手をつかんで抱き寄せてくる。
驚いて離れようとしたが、夫がきつくはないけれどもそれなりの力で抱きしめてくるし、見上げた顔は満面の笑顔だしで抵抗できない。
よくわからないまま放置され混乱していた私は、100個のぬいぐるみをぶっ続けで数時間作って疲れていたこともあり、夫に抱きしめられたまま意識を失ってしまった。




