恋物語 前編
室内にはひと組の男女がとても広いテーブルに隣り合って座っていた。
室内には豪奢なタペストリーや女性が好みそうな繊細なつくりのチェストが十分な間隔を持って配置され、ところどころには淡い色合いの花々が計算されたバランスで飾られている。
その中で二人の目の前にあるテーブルは、その色合いや端々の彫刻からも上質な物ということがすぐ分かるものだったが、その部屋の雰囲気と少しそぐわないと見るものに感じさせる。
その室内の中で小さなため息をついたのは、女であった。年のころは20をいくつか過ぎたあたりだろうか、背中の中ほどまである灰色のようなクリーム色のような髪はふわふわと落ち着きがない。今は純白の衣装の長い裾を端によけつつ、椅子に腰かけ何か作業をしている。はっきりは分からないが、体つきはすらりとしているようだ。
椅子から体を動かさず、手先の動きだけで何か行っているが、その目は手先ではなく何もない壁の方向を見ている。
けれども不自由はないようで、その指は着々と何かを生み出し続けている。
彼女のとなり、もちろん彼女の作業の邪魔にはならないくらいには離れた所に座っていた男は、その作業の様子をじっと見つめていた。
先ほどから指の動きはとどまることを知らないようだ。
だんだんとその動きも速くなっていると周囲の人間は感じた。
同じ部屋のすみで控えている侍女らしき女性がついに彼女に何か声をかけようとした時、一心に作業をしていた女の指が止まった。
「終わりました。」
手を下ろし、今まで作っていたものを、目の前の広い机の上に積まれた、もこもこした山の天辺に付け加えた。
おそらくその山を構成している一つ一つのもこもこしたものは、彼女が今までその手で生み出していたものなのだろう。それらがバランスを崩して下に落ちてしまわないように整える彼女の指は、まるでいとしいものに触れるかのように柔らかさを感じさせた。
それまでは壁を見詰めていた瞳も、そのつみあがった山の稜線のあたりをなぞるように見ている。
そのとき、今まで彼女とその作業を一心に見ていた男が声を発した。
「カリン殿、いま貴方が作ってくださった100個の羊のぬいぐるみのうち、1個を私にさずけてくださらないだろうか。」
彼女に視線を合わせ、そう真面目に言ったのは黒髪の美丈夫で、今は彼女の夫となったこの国の国王陛下である。無口らしい彼とはほぼ言葉を交わしたことがなかったので、彼がこのような長文を発したことに少々驚いた。まあ、花婿がこのような言葉を発するのは儀式の手順のひとつとのことなので、言ってもらわなくては困るのだが。
夫は隣国の宮廷にまでその強さが評判となって届いた武人らしく、鍛え上げられた体を持ち、その腰には二振りの剣を刺し、夫婦の私室としてあてがわれたこの部屋でも隙のない姿でいる。
まあ、確かにこの場所は私室ではあるが、現在はこの国に代々伝わる婚姻の儀式の真っ最中であるし、周囲にも多くの人がいる状況ではあるのだが。
カリンはその台詞の内容とつい先ほど夫となった男性の外見がそぐわず、内心首をかしげそうになりつつも、室内にいる神官や侍女、王太后や大臣たちの手前、真剣な態度を装いつつ、できる限り出来の良かったぬいぐるみを選ぼうとした。
山を崩さぬよう気をつけつつ、彼女が選んだのは白の体で一部頭のあたりに黒の毛糸が混じったものだった。瞳にと付けたビーズも黒で、なかなかりりしく仕上がっている。