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名前のない線が、誰かに届くまで

作者: finalphase
掲載日:2026/02/09

 人と話すのが苦手だった、というより、話すたびに何かを間違えた。

 沈黙すれば「暗い」と言われ、言葉を選べば「回りくどい」と言われ、思い切って正直になれば「空気を読め」と笑われた。悪意はなかった。ただ、いつも一拍ずれていた。


 大学のゼミのグループチャットで、最後に送った一文がきっかけだった。冗談のつもりだった。誰かを傷つけるつもりはなかった。けれど、そこから返信は途絶え、次の週から席が自然と空いた。誰も何も言わない。その静けさが一番きつかった。


 家にいる時間が増え、昼と夜の区別が曖昧になった。外に出る理由が見つからず、代わりに画面を眺める時間だけが増えた。

 昔から、ノートの端に意味のない線を引く癖があった。人物でも背景でもない、感情だけをなぞるような落書き。それをスマホで撮って、匿名のイラスト投稿サイトに上げた。


 フォロワーはゼロ。いいねもつかなかった。

 それで良かった。この世界にとって無価値の自分の気持ちを表す単なる自己表現だから。


 歪んだ顔、伏せた目、途中で途切れる輪郭。現実で飲み込んできた感情を、そのまま線にした。


 しばらくして、通知が一件だけ届いた。

 短いコメントだった。


「この絵を見て、今日は外に出られました。ありがとうございます」


 画面を閉じることができなかった。

 何度も読み返した。意味を確かめるように、ゆっくりと。


 返事は書けなかった。何を書いても、また間違えそうだったからだ。けれど、その一文が、確かに自分の線に向けられたものだということだけは分かった。


 この事実は、彼の中で静かに、しかし確かな重さを持った。


 翌朝、久しぶりに目覚ましを止めた。

 カーテンを少しだけ開ける。光が差し込み、思っていたよりも世界は近かった。


 すぐに何かが変わるわけではないかもしれない。これからも苦しいことや辛いことが続くかもしれない。


けれど、貰ったコメントは彼の乾ききった心の中に差し込んだ希望の光だった。


彼は、心の中で呟いた。


「もう一度、大学に行ってみよう...」

最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。


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