表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

誰が為の拍手

短編です

 オーケストラが、最後の音を奏で、私の腕の動きで、力を抜いた。

 私は腕を下し、振り向いて頭を下げる。しかし本来あるはずの拍手が無い。ただの一人も拍手をしない。

 今までにない状況に、私の心臓は早鐘を打っていた。

 顔を上げると、満員の客席から向けられる視線のすべてが、こちらを射貫いていた。その目に貫かれて、私の心臓は痛いくらいに飛び跳ねる。私は逃げるように下手にはけた。途端に、拍手が巻き起こる。何事かと振り向くと、楽器を持った皆を称賛するような大きな拍手だった。

「なんで・・・」

 私の口からは、そんな言葉しか漏れ出てこなかった。


 目を開けると、そこは見慣れた風景の我が家。ベッドと机、譜面を入れるための棚。それだけの簡素な部屋。ムクリと起き上がると、ベッドがじっとりと湿っているような感じがした。服も髪も張り付くようにベタベタしている。夢の中で感じた動悸と同じくらいの速さで心臓が走っていた。

 もうずいぶん前の記憶。指揮を終えた瞬間に拍手がもらえるはずだった。その拍手に向かって頭を下げる。そういうルーティーンだと認識していたのに、あの日は、何故かそれがなかった。あの時もドキドキと高鳴る胸を抑え、笑顔を作ることに必死だった。

「はは・・・懐かしいな」

 なんて言って気持ちを誤魔化すように布団から出た。この手の夢の対処法は知っている。コーヒーでも淹れて飲んでいれば誤魔化せるんだ。あれから一体どのくらい時間が経っていると思ってるんだ。落ち着け、落ち着け。

 コーヒーを淹れるため、湯を沸かし、その間に粉をドリッパーにふるう。そうやって朝のルーティーンをこなせば、少しずつ気持ちは和らいでいく。あぁ、大丈夫だ。今日もいつもと同じだ。コーヒーを飲んで、ニュースでもみれば気持ちも落ち着く。

 粉に湯を注げば、カフェのような心地よい香りが充満する。その匂いも、私を落ち着かせてくれる。

 ゆっくりと滴るコーヒーを眺めながら、マグカップに溜まるのを待つ。

 それなりの時間をかけて入ったコーヒーを口に含めば、鼻からも口からも、満たされていく。

 ふぅ、と一息ついて、私は棚を開けた。

 棚の一番上、今日の日付の書かれたファイルを取り出して、中を確認する。

 今日の演奏に使う譜面を、もう一度頭から確認する。無意識に指がリズムを刻む。

「んー、んん~。ふん・・ふふん・・・」

 鼻歌が漏れる。うん、大丈夫だ。私は今日もやれる。

 譜面から目を離すことなく、コーヒーをすすって、鼻歌を続ける。私の頭の中には、今日のオーケストラの面々と、楽器、ステージ上の情景がすべてうかんでいる。さながら小さなコンサートだ。

 頭の中だけの、コンサート。

 コーヒーの香りと、私のためのコンサート、気分の上がる鼻歌。

 私の朝のルーティーンは完璧だ。

 沢山の拍手の音がどこからともなく聞こえる気がする。



——誰が為の拍手——

オーケストラ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ