6話 伊勢+御子柴 邸
リビングの扉が開く音がした。
伊勢涼子は眼鏡をはずし、顔を向ける。
のそのそと入ってきたのは、御子柴陽太だ。
猫背のせいでせっかくの長身が台無しだ。寝ぐせだらけのぼさぼさ頭のまま、きょろきょろ周囲を見回し、ダイニングテ―ブルの端っこにいる涼子を見つけた。
目が合う。
しょぼしょぼの目を更に細め、笑顔で陽太は言った。
「おはよう、スイートハート」
「殺すぞ」
ドスの利いた声で瞬殺したが、陽太はへらりと笑っただけだ。
「相変わらず早朝から仕事?」
洗面所に通じるドアを開いて陽太は尋ねる。
涼子は鼻を鳴らして立ち上がった。ちょうどマグカップの紅茶を飲み干したところだ。
お代わりついでに、陽太のコーヒーを準備してやってもいい。
「仕事といえば仕事だし、仕事じゃないと言えば仕事じゃない」
そう返事をする。
実際、やっていたのはメールチェック。
担当編集からのメールを確認したのは仕事だが、三沢からのメールを読んだのは仕事ではない。
開けっ放しの洗面所からは、ざぁざぁと水の流れる音が続くので、陽太が聞いているのかどうかは不明だ。
涼子は電気ケトルに水を注ぎ、セットする。
その間に、一杯分のドリップコーヒーをカップに準備した。ついでに手を洗い、食パンをトースターに2枚つっこむ。
ついでに換気扇も動かした。涼子はコーヒーの匂いが苦手だ。
「涼ちゃんの仕事って、プライベートと分けにくいから大変だよね。仕事といえばなんでも仕事になっちゃうし」
目玉焼きをどうしようかと考えていたら、洗面所から陽太が出てくる。
よれよれのパジャマは変わらないが、顔と髪型はいっきにこざっぱりとするのだから不思議だ。涼子などメイクしたとしても彼のように美形度があがることはない。せいぜい肌がきれいに見えるぐらいだ。
「別に。小説書いているときが仕事。それ以外はプライベート」
「そうでもないよ。生活しながらネタ探しているし、風呂に入っているときも突然出てきて『ここで流れを変えるんや!』って、お湯をボタボタ垂らしながらメモ書いている姿見たときは、びっくりしたよ」
「そこだけ聞いたら変人やん」
「パソコンの前にいるときだけが仕事じゃないんだなぁって思ったよ。あ、目玉焼き作る?」
「つもりだけど。なんで?」
「昨日、ゆで卵作ってるんだ。それと昨日の残りの水菜サラダでどう?」
うん、とうなずいたときには、電気ケトルがカチリと鳴った。
「ぼくが代わるよ、仕事してるんでしょ?」
陽太がキッチンに入ってくる。
「じゃあ、お願い」
コーヒーのこともあるしな、と涼子が身体をかわす。陽太はすれ違いざま、そんな彼女の髪にキスを落とした。
「ちょっと!」
「おはようのキス」
「いらんわ!」
「あ、このマグカップに紅茶のお代わりいれたらいいの?」
すっかり忘れていた。
「お願い」
ぶすっとした顔で涼子は言い、ダイニングテーブルの定位置に戻る。
ちらり、とプリントアウトした用紙に目を落とした。
三沢のメールに添付されていた写真。
それは便箋を映したものだ。
いかにも低学年女子が好きそうなイラストを使った便箋。
そこには幼い筆跡で、文字が書かれている。
『これは、なおこちゃんからの手紙です。
なおこちゃんは、パンがすきなおんなの子です。
かくれんぼをしています。ときどき、みつからないようにでてきます。
おともだちをぼしゅう中です。
だから、この手紙をもらったひとは、じぶんのともだち5人に、このなおこちゃんからの手紙をだしてください。文めんはおなじにしてください。
もし手紙をださなかったり、文めんを変えたら、なおこちゃんがやってきて、かくれんぼをするぞ。』
「どうしたの?」
声に顔を向ける。
キッチンはカウンターになっていて、ダイニングテーブルにいる涼子と流しの前にいる陽太は対面する形になっていた。
「これ」
ぴらりと涼子は陽太に用紙を向けた。
陽太は目をすがめて文字を読み、そして盛大に顔をしかめた。
「ちょ! やめて! それ、怖い話系のやつでしょ!」
彼はなによりホラーが嫌いな男だった。
当初「映画が好きと聞いたんですが……。一緒に観ませんか?」というのでホラー映画に誘ったら、半泣きで白状した。
陽太は「ラノベを書いている人だからきっとメルヘンで可愛らしい恋愛映画だろう」と思っていたらしい。そして陽太はそんなメルヘンで可愛らしい恋愛映画が大好きな男だった。
「ほら、このまえ言ったでしょう? 私の同級生の三沢さん」
「ああ、なんか相談があるとかなんとか」
「相談内容が怖い話だったらしくて」
「まじでやめて。我が家でそういうの禁止って言ったよね。やるなら外でやって」
真剣な顔で見つめられ、涼子は肩をすくめた。
「そのつもりで、電話で話を聞こうとした」
「じゃあその紙はなんだよ」
「さあ。『私は霊能力者じゃないよ。カクヨムのネタになるんなら提供して』って伝えた。そしたら、これを送ってきた」
「……なんか、ぱっと見だけどさ。あ、これどうぞ」
カウンター越しに陽太がマグカップを差し出すから、礼を言って受け取った。
「それ、不幸の手紙に似てない?」
「そうやんなぁ」
涼子はあいまいに頷きながら、椅子に座った。
テーブルと腹の間にクッションを挟み、開いたままのメールを眺める。
電話する前に見てもらいたいから、と写真を送った。
それだけしか書いてない。
なぜこの手紙を受け取ったのか。この手紙にはなにがあるのか。そういったことが一切なにも説明されていない。
もちろん、「一度お電話ください」と返信はしたのだが。
「なぁあんか、気味悪いな、これ」
呟き、マグカップを口に寄せる。
ほのかに立ち上がるのは桃の香り。このところ気に入って飲んでいるピーチティーだ。
パソコン画面の左端には、画像がアップされたまま。
陽太のいうように、これは「不幸の手紙」あるいは「幸せの手紙」に似ている。
文面を何人に送ってください。そうしないと不幸になりますよ、というものだ。
日本では昭和40年代に流行ったと聞く。
最近ではLINEをつかったチェーンメールなどもあると聞くが、こんなパターンは初めてだ。
「面白いかもなぁ」
涼子の小声を耳ざとく聞きつけた陽太が目を吊り上げた。
「絶対、家の中に持ち込まないでよ!」
おざなりに返事をし、涼子はメール画面と画像を閉じた。




