51話 11月29日 三沢邸 朝
「あら、佳花。おはよう」
「おはよう、お母さん」
「ねえ、ちょっと」
「なに? 真花が起きてくる前に洗面所、使いたいんだけど」
「その、この前、お父さんと話をしたでしょう?」
「……なに?」
「もし佳花がやりたい習い事があるのなら一緒にどこか見学に行く?」
「別にいい」
「だけど」
「どうせ一番はとれないし」
「佳花……お母さん、そういうつもりで言ったんじゃないのよ?」
「じゃあどういうつもり?」
「……向いてないのにずっと続けるのは苦痛でしょう? だから」
「好きなものは、一番をとらないといけないの? むいてないとやっちゃいけないの?」
「そうじゃないけど。いつか壁が出てきたとき、つらい思いをするのはあなたなのよ? 特に真花と同じ競技をしていたらいつかその差に悔しい思いをするでしょうし……」
「ちがう」
「なにが」
「つらい思いや悔しい思いをするのはお母さんなんでしょう?」
「え……?」
「ああ、またコンクールでダメだった。また選抜から漏れた。また失敗した。この子はダメだって思いたくないからでしょう?」
「違うわ、佳花」
「真花と私は姉妹だけど、私と真花は違う」
「それはそうよ」
「その違いが受け入れられないのはお母さんでしょう?」
「そんなことはない」
「お母さん」
「なに?」
「いつかお母さんは、私と同じことを真花にもする気がする」
「……どういう……こと」
「あの子の前に壁が現れたとき、真花は悔しかったり、辛かったりすると思う。そうやって頑張って乗り越えるんだと思う」
「そう……だと思うわ」
「違う。お母さんはそこで言うのよ。『辞めたらいいわ。きっと向いてなかったのね』って」
「……佳花」
「お母さん」
「な、なに?」
「今朝、話せてよかった。ちょっと待ってて」
「え……、佳花」
(佳花は2階に駆けあがり、そして戻って来る)
「これ」
「なに? 手紙?」
「そう。私と真花が学校に行ってから読んで」
「わかったわ。あなたの気持ちが書いてあるのかしら。お母さん、返事を書いていい?」
「だめ」
「え?」
「絶対に誰にも出さないで。お母さんがひとりで抱えて」




