42話 11月18日 20:00 居酒屋美喜治③
「直子ちゃんが?」
涼子が目をまたたかせると、白樺はジョッキを傾けた。
「はい。下校時間なら起きてますし……。母親も出勤前で化粧や準備に忙しく、直子ちゃんから目を離すことも多かったようです。それに、家にいても内縁の夫がいれば押し入れに隠れていないといけないので。彼女からすれば外に出て、お友達と遊ぶ方がいいのでしょう」
「クラスメイトも直子ちゃんのことをお友達と思っていればいいのですが」
膳所が眉根を寄せる。白樺はうなずいた。
「そうです。彼らは思いませんでした。ただただ、面倒だ、と。直子ちゃんが『お友達でしょう? あそぼ』と寄って行ったら、『誰誰なら遊んでくれるらしいよ』とうそをついて逃げることが多くなりました」
「でしょうねぇ」
陽太はひとごとの風情で、サラダに箸をつけた。
「そのうちに、こんな手紙が出回るようになりました」
白樺が、クリアファイルからまた一枚の用紙を取り出し、差し出した。
なおこちゃんと出会った人へ。
これは、なおこちゃんからの手紙です。
なおこちゃんは、パンがすきなおんなの子です。
かくれんぼをしています。ときどき、みつからないようにでてきます。
おともだちをぼしゅう中です。
なおこちゃんもみんなとあそびたいな。
はやくがっこうにいきたい。
あそびにいってもいい?
なおこちゃんは、こんな子です。お友達になってもいいのなら、よろしくお願いします。
もしいやなら、同じ文面の手紙を5人に出してください。
そうじゃないと、あなたのところになおこちゃんが遊びに行きます。せき任をもってよろしくおねがいいたします。
「これ……」
涼子は顔をしかめた。
膳所は無言だし、陽太は「は」と乾いた笑い声を漏らす。
「保護者から私の手元に届きました。初めて見たとき、私も絶句したのを覚えています」
白樺はジョッキの持ち手を握り締めた。
「あの子たちは、直子ちゃんを助けようと手を伸ばしたのに、邪魔になったら押し付けあったのです」
白樺の瞳にうつるのは苦渋の色だ。
「私はもちろん、クラスメイトの児童たちに心をこめて説明しました。直子ちゃんはあなたたちのクラスメイトであり、ともに育つ仲間であり、一緒に成長する友人なのだ、と。誰かに押し付けたり、決めつけたり、邪魔な子だと邪険にするような存在ではない、と」
「反応はなかったでしょう?」
陽太が言う。
「あの子たちは、一度敵認定したら相当なことがない限り、覆さない。いいとこ和解。それも互いに越境しないことを条件に、みたいな感じじゃないですか?」
「……そうです。児童たちの考えが改まることはなく、そして保護者からは毎日のように大量のクレーム電話が入るようになりました」
「……管理職が動きました?」
膳所が尋ねる。
「ええ。私と管理職が直子ちゃんの家に訪問し、状況説明を行いました」
「いや、待ってください。確かに直子ちゃんは登校せず、さまざまな問題と思われることを抱えていますが……。ここで指導がはいるべきは、クラスメイト達でしょう」
涼子は3人を見回す。
中学校でこのようなことが起これば、生徒と徹底的に話し合う。むこうがもううんざりするまで理論武装して詰める。そして、この行動は社会的に悪いことなのだと理解させるのだが。
元小学校教員と現役小学校教員の顔は暗い。
「学校に保護者からクレームが入った段階で、ぼくたちは負けなんだよ」
陽太があきらめ顔で言う。もしゃもしゃとサラダを食べた。
「……それで、直子ちゃんはどうなったんですか?」
言いたいことは山ほどあるが、いったん飲み込んで涼子が白樺に先を促す。
「結果的に、この行動が最悪な結末につながりました」
なんとなく。
そう。
陽太までが動きを止めて白樺を見た。
「内縁の夫が……。直子ちゃんには『お父さん』だと思い込まされている男が、直子ちゃんを監禁したのです」
「……問題行動を、やめさせるために、ですか」
膳所がジョッキをもったまま、白樺に問う。白樺はうなずいた。
「外に出て迷惑をかけるのなら、家でじっとしていろ、と。直子ちゃんは押し入れに隠れたり、部屋の隅にじっとしてなんとかやりすごしていたようですが……。ある日、こっそり出て行こうとしたところを、男につかまり……。男は『罰だ』と、布団で直子ちゃんを簀巻きにしました」
ああ、と息を漏らしたのは涼子なのか。陽太なのか。それとも膳所を含めた三人だったのか。
「仕事から深夜に帰宅した母親が見つけたときには、もう呼吸をしてなくて……。救急車を呼んだようですが、そこから警察に通報が行き、男と母親は逮捕されました」
白樺を含めた四人が重い息を吐く。




