40話 11月18日 20:00 居酒屋美喜治②
「それは……いいことですね」
一度もクラスに顔を出さないクラスメイトのために手紙を書こう。
いい提案だ、と涼子は思ったのだが。
白樺は苦笑した。
「私もそう思いました。だけど、いまなら言えるけど……。あれは子どもらしい好奇心というか。怖いもの見たさだったんだと思います」
「こわいもの、見たさ?」
「直子ちゃんは入学してから数回しか学校に来ていません。彼女たちからすれば、クラスメイトではなく『レアキャラ』なんです。どんな子なのか見てみたい。だから手紙でよびつけよう。ただ、それだけ」
そんなことは……と涼子は否定しようとしたが、膳所はジョッキをあおり、陽太は「でしょうねぇ」とけろりとした顔で同意した。
「これが、そのときの学級通信です」
白樺がバッグからクリアファイルを取り出した。
学級通信のコピーらしい。
陽太が「手書きだ」と若干興奮した。
3年2組の学級通信『努力』 昭和60年度
学級通信№9 6月8日
『ただいま、お手紙作成中!
3年2組は、私(担任 白樺)を含めて30人です。
毎日元気に登校してくる児童たちもいれば、学校をお休みしているお友達もいます。
先日、終わりの会で女子が「ずっと休んでいるお友達に、みんなで手紙を書きませんか?」と提案してくれました。
クラスのみんなも「書こう!」と意気投合。私はとても心が温かくなりました。
そこで今日、国語の時間にそんなお友達にみんなでお手紙を書くことにしました。
用意した便せんに真剣に文字を書くみんなの顔はとても素敵で、つい写真に撮っちゃいました。保護者の皆さんもご覧ください。
できあがったお手紙は、私が代表して届ける予定です。また、お返事をもらったら紹介しますね』
「クラスメイトの手紙、と書いていますが……。みな、同じような文面です。『早く学校に来てね』とか『みんな待っているよ』とか。文字より絵が多い子もたくさんいました」
「絵?」
「イラストというのか……。女子は特にそうですね。あの子たちは字が書きたいんじゃないんです。絵が描きたいんです。で、『可愛い』と言い合う」
なんかわかる気がする、と涼子はビールを喉に流した。女子のコミュニケーションツールのひとつに「可愛い」の共有がある。シナモンが可愛いと誰かが言えば、みんながシナモン可愛い、と言い出す。そのシナモンを介して皆がコミュニケーションをはかるのだ。
「で、私はその子たちの手紙を持って、直子ちゃんのおうちにうかがいました」
直子ちゃんはとても喜んだのだという。
直子ちゃんはその場で全部手紙を開き、白樺の前で音読してみせた。
その音読はとても拙く、そして漢字はほとんど読めなかった。つまるたびに、白樺が教え、カタカナも教えてやるぐらいだった。
「直子ちゃんがお返事を書く、というので、私はそれを持ち帰り、学級通信で公表しました。それがこれです」
白樺はクリアファイルから二枚目を出した。
3年2組の学級通信『努力』 昭和60年度
学級通信№13 7月10日
『なおこちゃんの手紙
学級通信№9でお知らせしました通り、クラスのみんながお手紙を書きました。
そのお返事を預かっていますので、ここで紹介をしたいと思います。
これは、なおこちゃんからの手紙です。
なおこちゃんは、パンがすきなおんなの子です。
かくれんぼをしています。ときどき、みつからないようにでてきます。
おともだちをぼしゅう中です。
なおこちゃんもみんなとあそびたいな。
はやくがっこうにいきたい。
あそびにいってもいい?
なおこちゃん、3-2のみんなが待っていますよ。
みんなはこれからもお手紙を届けていくそうです。
早く学校で勉強したり、楽しく遊んだりしようね。』
「これ……」
涼子がつぶやく。白樺はうなずいた。
「そうです。途中までが『なおこちゃんの手紙』に使われている文面です」




