25話 伊勢+御子柴邸②
「もしもし、ご無沙汰をしております。伊勢です」
「こちらこそ、その後が気になりつつ……。なんの連絡もせず申し訳ありません」
スマホから流れてくるのは懐かしく、そして優しい声音。
「多々良リョウ先生のご活躍、いつも陰ながら応援しております」
「お恥ずかしい。『私、あの多々良リョウを知ってるんだぜ』って言ってもらえるには至らずに」
軽口で応じると、ころころとした笑い声が聞こえて来た。
「ところで石島先生。『なおこちゃんの手紙』の件と陽太……失礼、御子柴から聞きましたが」
「そうなの。しかもまさかの小説家ではなくて、ホラーの専門家って言われたから驚いちゃった」
「カクヨムの方では怪談実話を掲載してるんですよ」
「なるほど。その活動を知っているのかしらね。ところで伊勢先生は◎◎小学校で起こった騒動のことについてはご存じですか?」
「新聞発表された程度ですが……。児童数人がパニックに襲われて……ということですよね?」
「そうです。プレス発表されたのはその程度だったかと思います。私もこの件についてはかん口令が敷かれていますので、最小限のことしかお話しできませんが」
涼子はローテーブルの前に座り、ガサガサとメモ用紙を探す。ペン、ペン、と陽太に合図を送ると、オペ看が器具を渡す並みの速度でボールペンを手渡してくれた。
「3年生の女子児童5名が、放課後に家庭科室で集まっていました。そのときに、なんらかのことが起こり、パニックになって教室を飛び出し、階段と廊下で転倒。骨折をしています。あと1名は教室で隠れているところを教員に保護されましたが、ショック症状が大きく、今でも意思疎通が難しい状況です」
「なるほど」
「これらは保護者向けの説明会で発表されています」
「はい」
「この5名はもともと仲良しグループではあったのですが、他にも共通項がありました」
「共通項」
「誰かから手紙をもらっていたようです。同じ文面の」
「『なおこちゃんの手紙』」
「そうです」
「小学校では、やはり流行っているわけですか。その『なおこちゃんの手紙』をまわすことが」
「いいえ。全く」
「まったく? ……では、石島先生はどのような経緯で?」
「相談室に来室した児童から、です」
「児童。……その子は、もらったのですか? 手紙を」
「いえ。間接的に知ってしまった、という感じでしょうか。お姉さんの部屋からいつも声が聞こえていて、不審に思った彼女はお姉さんの部屋に入り、ごみ箱に捨てられていたその手紙をみつけたようなのです」
「ゴミ箱! やっぱり捨てられていたんですね!」
つい陽太と目が合う。電話の向こうからは「やっぱりとは?」と不思議そうな声が聞こえる。
「『なおこちゃんの手紙』なんですが、最後の一行の下になにか書きかけた跡があって……。それを消しゴムで消したために便箋が汚れてしまい、捨てたような感じだったんです」
「ああ、やはり『なおこちゃんの手紙』はそこにあるんですね? 実はその女子児童の相談というのが、自分のところにもなんらかの『怖いこと』が起こるんじゃないか、と。……その、情報制限が行われているせいで、児童間ではいろんな噂が流れていて……。事故にあった5人は死んだ、とか。意識不明だとか。そんなことはないんですけどね。こういうのは隠せば隠すほどおかしな方向にいくもので」
「わかります」
「私のところに来てくれた女子児童は、とても怖くてお母さんの言われるままにいせりょうこというホラーの専門家に5通の手紙を書いてしまったそうなんです」
「あ……。なるほど。ん? ということは、その児童は三沢さんのお子さん?」
「ええ。女子児童。三沢真花さんは、お母さんからきつく『この手紙がここにあることを学校の先生やお友達に言ってはいけない』と言われ、怖かったら『ホラーの専門家に当てて書くといい。お母さんが届けてあげる』と言ったそうなんです」
「なるほど。それは……つらかったでしょうね。言えない、というのは苦痛ですから」
「そうです。なので、学校の先生でもなく、お友達でもない私のところ来たようで」
「つくづく、学校というのはいろんな部署が関係しておかないといけないと思い知りました」
「真花さんとの契約では『相談内容をお母さんと先生には言わないで』と言われています。伊勢先生はそのいずれでもありませんし。むしろ当事者ですから、お電話させていただいたんです。というのも」
「はい」
「学校関係者で、『なおこちゃんの手紙』を知っている人間がいないんです」
「……は? え。怪我をした女子児童たちは?」
「彼女たちはみな、ちぎって川に流した、と」
「それは……古風な厄落としですね」
「そうなんですか?」
「ええ、流しびなもそうでしょう? 水に流して浄化を願うんです」
「へえ……。え、伊勢先生。私、先生の書かれたラノベを購入しているですが」
「買わないで!」
思わず叫ぶと、びくりと陽太が仔犬のように身体を震わせた。スマホの向こうでは軽やかな笑い声が聞こえてくる。
「いや、なんで……。その、お話の中には全然ホラー要素ないじゃないですか。ラブコメ要素と医療系しか。なのでホラーの専門家と聞いて、違和感あったんですが。本当にお好きなんですね」
「むしろ、ホラー作家になりたいんです……」
「そうなんですね。あ、それでですね。もしお手元に『なおこちゃんの手紙』があるのなら、学校にご提出いただけないでしょうか」
「もちろん、それは構いません。明日にでもうかがいましょうか?」
「助かります。私はいつもどおりカウンセリングルームにいますが、明日は予定がつまっていまして……」
「では職員室にうかがって、石島先生あてに、と言づけておきます」
「よろしくお願いします」
「あの、それで、ですね。気になることがもうひとつありまして」
涼子はメモ用紙に『明日、小学校行く』と書く。その間に「なんでしょうか」と石島が尋ねた。
「思うに、三沢家のお姉ちゃんがもらった『なおこちゃんの手紙』が一番最初の『なおこちゃんの手紙』の可能性があるんです」
「三沢家のお姉ちゃんというと、佳花さんですね」
「彼女はそれを5名の誰かに送りつけるために、手紙を書いた。その一枚は失敗し、ごみ箱に捨てて、それを妹の真花ちゃんが見つけたのではないか、と」
「なるほど。……一度、こっそり佳花さんを呼び出して誰にもらったか、そして誰に送ったのかを聞いてみるほうがいいかもしれませんね」
「たぶん、パニックになった5名の女子児童に、でしょうけど。本人の口から聞くまでは」
「ええ、そうです。予断で動くことはできませんから。伊勢先生、今日は本当に助かりました」
「とんでもない。あの、もしよかったら、ですね」
「ええ、もちろん。経過報告については連絡させていただきます」
ありがとうございます、と涼子は実際にぺこりと頭を下げた。
「そのときは伊勢先生の携帯を鳴らしたほうがいいかしら」
「あ、お願いします。番号を伝えますが……」
「お願いします」
涼子が告げると、書き付けた上に石島は復唱した。
「はい、あっています」
「都合のよい時間帯ってあるかしら」
「いつでも構いませんよ? いまのところ大きな仕事はありませんから」
「あら、でもお子さんのこともあるでしょう?」
「お子さん?」
涼子は目をまたたかせる。隣で体育座りをして聞いていた陽太もきょとんと眼を丸くする。
「女の子の声が時折聞こえるんですけど。結婚と同時にお子さんが?」
「え……。いえ」
涼子は首をゆるゆると横に振る。
「うちには、私と御子柴しかいませんが」
「え? そうなんですか? さっきから『あそぼう』って声が……。テレビかしら、ごめんなさいね、変なことを言って」
涼子は無言でリビングのテレビを見る。
もちろん、黒くつややかな液晶画面にはなにも映っていない。
強いていうなら、暗転画面に涼子と陽太が映っているぐらいだ。
「それでは伊勢先生、明日、よろしくお願いいたします」
「……こちらこそ」
涼子はそう言って、電話を切った。




