21話 2025年11月14日 喫茶店どんぐり
涼子はバッグからスマホを取り出し、時間を確認した。
10:00。
念のため首をのばして通りを確認するが、三沢久美らしき人物は見当たらない。
涼子は5分前集合を常に心がけている。
自分にとって時間は限りあるもので貴重なものだ。その大切な時間を自分のために裂いてくれるのに、遅刻など許されない。
そう思っていつも行動している。ただ、相手も同じ価値観を共有しているとは思っていない。平気で遅刻してくる人もいれば、「やっぱり別日で」と当日言い出す人もいる。
価値観は人それぞれだし、その人にとっての自分はそれだけの価値しかないのだろう。そう割り切るようにしている。
「さて」
三沢久美は遅刻か。それとも別日を申し出るのか。
電話してみようかと思ったが、ひょっとしたらすでに店内にいる可能性もある。
涼子は9:55に店前にいたが、それより先に店に来て席を確保していることも考えられた。
「……念のため」
まあ、ないだろうなと思いながらも、涼はスマホをバッグに入れて入り口のドアを押した。
からん、とドアベルが軽快な音を立てる。
包まれるようなコーヒーとバターの香り。そういえば、ショーケースには『パウンドケーキとドリンク』のセットメニューがあった。手作りなのかもしれない。
「いらっしゃいませ」
黒いエプロンをつけたウェイトレスに声をかけられ、涼子は会釈をした。
「すみません、ここで待ち合わせをしておりまして……」
「あら。ひょっとして伊勢涼子さん?」
いきなり名前を言われ、涼子は目を丸くする。ウェイトレスはにこにこ笑いながら、ポケットに入れていた封筒を差し出した。
「三沢久美さんから預かっています。10:00に来店するだろうから渡してくれって」
「え? ……あっと……。彼女は? ここで会う約束だったんですが」
「なんか急用ができたとかなんとか……。あれ? あなたには連絡をいれておくから、これだけ渡してって言われたんだけど」
不思議そうなウェイトレスの顔を見つめていたが、彼女の手を煩わせていることに涼子は気づいた。
「ありがとうございました。あ……、このパウンドケーキ、持ち帰れますか?」
手紙を受け取り、バッグに入れる代わりに財布を取り出す。
「はい。クランベリーとイチゴと、オレンジがありますがどうしますか?」
「これ、1本まるごとっていけます?」
「もちろん」
「じゃあオレンジを一本」
「ありがとうございます」
「袋に入れていただけますか?」
「はぁい」
陽太なら丸かじりいけるだろ、と目算し、涼子は代金と引き換えに袋を受け取った。袋代はサービスね、と言われて再び頭を下げる。
「ありがとうございました」
そんな声を背に店を出る。
袋を腕に通して、急いでスマホを確認した。
アプリにも電話にも通知はない。
「……はあ? なにそれ」
行儀悪いと思いながらも舌打ちをし、スマホをバッグに放り込む。
店の前を移動し、交通量の少なそうな生活道路に入って足を止める。
そしてさっき受け取った封筒を見る。
白い、無地のものだ。
お車代、と書いてあっても違和感のない白封筒。
少し厚みがあること以外はなんの変哲もないものだ。
日に透かし、中身を確認しながら封を破った。
中に入っているのは便箋。
しかも。
大人が使うとは思えないほど可愛らしいデザインのものだ。
ふと、脳裏に浮かんだのは、メール送信してきたあの『なおこちゃんの手紙』
(原紙?)
四つ折りにされた便箋は、ざっと6枚。
涼子は開く。
(やっぱり……)
一枚目は、三沢が送ってきたあの写真の手紙だ。
便箋のふちを彩るイラストが同じ。
これは、なおこちゃんからの手紙です。
なおこちゃんは、パンがすきなおんなの子です。
かくれんぼをしています。ときどき、みつからないようにでてきます。
おともだちをぼしゅう中です。
だから、この手紙をもらったひとは、10日いないに、じぶんのともだち5人に、このなおこちゃんからの手紙をだしてください。文めんはおなじにしてください。
もし手紙をださなかったり、文めんを変えたら、なおこちゃんがやってきて、かくれんぼをするぞ。
文面も同じだ。
涼子は二枚目の便箋を見る。
(あれ?)
今度は字体が違う。
文面は同じだが、便箋も違えば、文字のくせも違う。一枚目の便箋よりももっと幼さを感じる文字だ。
三枚目を見た。
(これは、二枚目の子と同じ)
次々と繰った。
どうやら、一枚目以外は全部同じ子が書いたと思しき筆跡だ。
同じことが6枚に綴られている。
(これ……でも)
なんだか妙だと思ったのは、一枚目だ。
写真では気づかなかった。
というか、写真は「これはなおこちゃんからの手紙です」から「かくれんぼをするぞ。」までしか映っていなかった。
だが便箋全体を見ると、下部分にかなり余白行がある。
そして、「するぞ。」の下の行。
そこには消しゴムで消されたような跡があった。
なんの文字が書いてあったのかはわからない。
だが筆圧があったのか、それとも芯のやわらかい鉛筆を使ったのか。
消しゴムで消すと、黒い靄のような汚れを残していた。
涼子は二枚目をめくる。
文末を見た。
「するぞ。」
その下の行。
そこにはなにも書かれていない。
三枚目、四枚目。六枚目までいずれもがそうだ。
そして、一枚目とそのほかの違い。
それはこの文末の「。」にもある。
一枚目以外はすべて力強いのだ。
ここでおしまい。
まるでそう言いたげな句読点。
「……どういうこと?」
なぜ三沢はこれだけを涼子に預けたのか。
そしてこれは誰から受け取り、なんのための手紙なのか。




