17話 臨床心理士坂巻のカウンセリング記録(◎◎小学校3年生 仙田小春 1/11/2025)
こんにちは。ぼくは坂巻と言います。
まずはお名前を聞かせてもらえるかな。
せんだ、こはるさん、だね。初めまして。
この教室に入ったのは初めて? そう。実は私もなんだ。いつもはね、△市というところで働いているんだよ。知っている? △市。
ああそうです。お母さんはよくご存じだ。おそばが有名なんだよ。
ぼくはね、臨時で来たんだ。いつもは学校心理士の石島先生がいるよね。知ってる?
そう。女の先生。
……この時計が気になる? 時間を決めて小春さんとぼくはお話をするんだ。この時計が10:45になったらおしまいだよ。わかった?
腕、大丈夫? 折れたんだって?
……あ、そうですか。とう骨遠位骨折。手をついてとう骨が折れてずれたのかな?
いいんですよ、お母さん。無理に小春さんをしゃべらせなくても。
そうだ、小春さん。じゃあ、ぼくが尋ねるから、「はい」のときはうなずいてくれる? で、「いいえ」のときは、首を横に振ってくれたらいいから。
わかった? そう。ありがとう。君の気持ち、よくわかったよ。
今日、ここに来たのはなにか心配事があったからかな?
(小春、首を横に振る)
お母さん、そんな小春さんを責めないで。ぼくは小春さんに尋ねているんです。
小春さん、正直に言えばいいからね。ぼくはそのためにいるんだから。
すみません、お母さん。同席してもらっていても構わないんですが、少し小春さんから離れて座ってもらえますか。……すみません、もっと離れて。あの、壁の方まで。ご協力感謝します。
そうか、じゃあ小春さんは心配事があって来たんじゃないんだね。じゃあ(小声で)お母さんに言われたから来た?
(小春、首を横に振る)
そっかそっか。うーん、じゃあ、ぼくになにか話したいことがあって来たのかな。
(小春、しばらく考えてから、ちらりと母親を見る)
あ、お母さん立たないで。来ないでください。
小春さん、お母さんに来てほしいの?
(小春、激しく首を横に振る)
お母さんに部屋から出て行ってほしい?
(小春、深くうなずく)
すみません、お母さん。一度退席していただけますか? ここにはカメラがあって、音声はひろいませんが録画されています。ほら、あれです。なのでお母さんが不在の間にぼくが不埒なことをする心配はありませんので。
……おっしゃることはもっともです。ですが、ここは小春さんの意思を尊重して……。
待ってください、お母さん。小春さんは自分の意思でここに来たとさっきはっきり示しましたよ?
ぼくはまだ小春さんのお話を聞いていません。
小春さん、退席したい? お母さんと帰る?
(小春、再び激しく首を横に振る)
……ありがとうございます。
部屋の外に椅子があります。15分経ったら入室してください。ありがとうございます。
……さて、小春さん。ぼくに話したいことって……。あ、大丈夫だよ。ティッシュもあるから、これ使って。
(小春、嗚咽をあげて泣き出す)
5分ほど沈黙。
落ち着いた?
「……はい」
そうか。じゃあ、ぼくに話したいことを、ゆっくりでいいから話してくれないかな。
「はい。……あの、ここで話したことは、お母さんにも伝わりますか?」
ぼくには守秘義務があるからね。君が望むなら話さないよ。話してほしくない?
「わからない……。お母さん、なんでも知りたがるから」
そっか。それがしんどい?
「でも無視されるともっとしんどい」
無視されたりもするんだね。
それはしんどいね。
「その……。ここに来たのは、なにを話してもいいって、八木先生が言ってくれたから」
八木先生というのは小春さんの……?
「クラスの先生です。病院にも来てくれて……」
そうなんだね。
小春さんのことを心配してくれる先生なんだ。
「八木先生に話そうかと思ったけど……」
思ったけど、どうしたの?
「どうせ誰に話しても信じてくれないし。特にお母さんに聞かれたら……」
……聞かれたら?
「だめな子扱いされて、無視される……」
そうか。
八木先生にお話ししても信じてもらえなくて、お母さんに聞かれたらダメな子扱いされる。
だけど、誰かに話がしたくてぼくのところに来てくれたんだね?
「………ごめんなさい」
謝ることなんてないよ。来てくれてありがとう。ぼくは小春さんのお話に興味があるな。ときどきメモをとるけどいい?
「はい」
じゃあ、まずは忘れないように八木先生が担任だってことを書くね?
「はい」
小春さん。ぼくに話したいことをお願いできるかな?
「………」
ゆっくりでいいよ。
「………」
ひょっとして、あの事故の時のことを話したい? 小春さんが骨を折った、その事故の時のことを。
(小春、うなずく)
そっか。
あの日、君はお友達と一緒にいたんだよね? 一斉下校で。一旦みんなと一緒に下校したけど、こっそり学校に戻ってきた?
(小春、うなずく)
その時のお話だね? 誰かに聞いてほしいけど、信じてもらえない、っていうのは。
「なおこちゃんが……」
なおこちゃん。
「なおこちゃん……」
うん。
「なおこちゃんが……」
なおこちゃん。
……なおこちゃんだね?
「なおこちゃん……」
なおこちゃんがどうしたのかな。
ん? 小春さん、立ち上がってどうしたの?
「なおこちゃんが……その」
なおこちゃん。
忘れないように、ぼくもここに書いておくね。なおこちゃんだね。
小春さん、座ろうか。さあ、椅子に。
「なおこちゃんが……!」
うん、なおこちゃんがどうしたのかな?
一緒に遊んだのかな?
「そこにいる!!!!」
落ち着いて、小春さん! 小春さん⁉
お母さん、来てください! 誰か先生を呼んで!




