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行間 副來智菜

 ガタンゴトンッ! と暗いトンネル内を走る……普通電車の窓に、自分の姿が映った。

 セミロングの黒髪をポニーテールにまとめ、白衣はあの病院に置いてきた。

 今は簡素な黒シャツに動きやすいデニムを履き、分厚い茶色のコートを羽織っている。

 顔はまさしく仕事にくたびれたOLと言っていい。化粧を取ればこんなものだった。

 構わない、男に媚びるのは疲れた……わずかな郷愁を捨て、副來(ふくらい)(とも)()は車内を見る。

 平和とはかけ離れた光景が広がっていた。荒々しい顔つきの男たちが、ガチャガチャと物騒な準備をしている。

 明らかに堅気の者ではない。彼らは揃って座席に腰かけ、無駄な雑談すら口にしない。

 副來が洗脳し、マーガたちが鍛え上げた精鋭部隊……この貸し切りの車両に二十人ほど乗っている。

 服装は黒に統一、装備は銃剣つきアサルトライフルに防弾ベスト。少々心もとないが、『切り札』も用意してある。人質を取れば十分にカバーできるだろう。

 今日はゴールデンウイーク最終日。時刻は約束の朝十時になろうとしている。

 取引先の会社を騙し、このイベントに潜りこむまでに、かなりの時間と労力を注ぎこんだ。

 紅桜カウンターによるプランは破綻、さらに各地の拠点が『八咫烏』に壊滅させられた。

 とはいえ必要な物資は守り通した。この計画が成功したら、再び優位につける。

 やがて、電車のスピードがブレーキとともに緩み……都内の『(さくら)()(えき)』で止まった。

 副來は懐から無線機を取り出し、たった一言。

「行くわよ」

 それだけで、男たちが人形のように動きだした。

 引き戸が開く。兵隊をぞろぞろと引き連れて、地下ホームに降り立った。他の車両からも出てきた。

 ――――今回のイベントで、副來たちは『不審者』を想定した人物に割り振られていた。

 ホームには大手セキュリティ会社に数々の団体、警察関係にマスコミも集まっている。

 そこに本物の銃器を持つ……カルト教団が押し寄せたら、どうなるか。

 最高の警鐘となるに違いない。ほくそ笑みながら、顔を上げた時だった。

「は?」

 誰もいない。ベンチや階段、売店にも……人という人がいない。

 しかも、他の電車も存在していない。不気味な静寂が漂う中――――構内アナウンスが響き渡った。

『おはよう、先生。約束通り……ちゃんと帰って来たよ』

 がつん、と頭で殴られたような衝撃を受けた。ずっと聞いてきた、中性的な声音。

「ぎん、しろうくん?」

『ゴールデンウイーク最終日、『桜美駅』で行われる防犯を想定した、大がかりな『対処訓練』――――ここを襲撃するために、あんたは大手セキュリティ会社に近づいた』

「……妄想に囚われるような、教育をした覚えはないけど?」

『根拠はある。教団はクラヴマガを教えていただろ? あの護身術は、世界中の軍・警察・情報機関で公式に採用されている。FBIやSWATも、な』

「護身術を教える程度で、取引先の信頼を得られるとでも? やっぱり、私の血を引いていない赤の他人――――」

『だから、あんたは大胆な『詐欺』を計画した』

 ざくり、と心の内を深くえぐられた。

『素行の悪い不良たちを更生させる。そんな名目で合宿を開き、八咫烏のエージェントをおびき寄せた。そして、拠点にいたスーツ姿の男……あれが取引先の人だった』

 いつの間にか、教え子は自分の思考に追いついていた。

『後は簡単だ。ゲームと称し、ハイレベルな戦闘を見せて……あたかも、自分たちが防犯意識と能力を育て上げたようにふるまえばいい。不良たちも『やられ役』に利用した……』

 少年の声が、震え始める。

『信じたくなかった。俺やタカキたちの『先生』だったあんたが、子供を使う詐欺を働くなんて……』

「銀四郎くん。くだらない謎解きと説得はここまでにしましょう」

 ばっさりと、副來は切り捨てた。

「認めるわ。あなたは私を越えた。でも、それが何? 駅に人がいないのなら、外に出てしまえば――――」

『あんたにこれ以上、罪を重ねさせない』

 その瞬間、ガタンゴトンッ! と電車の走行音を耳にした。

 副來たちと同じ、普通電車。それが対面のホームに到達する。

 窓はマジックミラー張りなのか、中の一切が視認できない。

「まさか……」

『言っただろ、先生。ちゃんと帰って来たって』

 引き戸が開いた途端、何かがホームに投げ込まれた。

 カランコロン、と転がる……空き缶のような物体。

 スタングレネードだった。閃光と轟音が発生し、視覚と聴覚を奪われた。



 銀四郎はホームに転がりこんだ。

 アリスたちはもちろん、他のエージェントも一斉に突入する。

 彼女たちの装備はアタッシュケース型の学生カバン。持ち手にトリガーが内蔵され、側面に銃口がついており、中に入れたまま発砲できる。

 サブマシンガンMP5コッファー。生徒に溶けこむエージェント用の武器だ。

 ドバババッ! と弾幕が張り巡らされ、動けずにいる兵士たちを容赦なく蹂躙する。

 中にはホームの太い柱に逃げ込む者もいる。それは自分の担当だった。

 銀四郎は両手で、長大な防犯用サスマタを握っている。敵の男は恐慌状態に陥りながら、アサルトライフルの銃剣を突き出してきた。

 それをU字の部分で右へ払い、すかさず相手の胴体を柱に押さえつける。

 U字の内側にはアイスピックのトゲ数本を固定しており、昔の奉行所で使われていた姿を彷彿とさせる。

 そしてグリップに組み込まれた、怪しげなスイッチを押した瞬間……男はビクンッ! と痙攣し、倒れる。

 使い捨てカメラの回路とコンデンサを組み込んで、電撃を流す仕様にした改造サスマタ。

 副來を捕まえたいが、弾幕に入るのは自殺行為。八咫烏を説得できたとはいえ、完全に和解したわけではない。

 難しい状況に苦悩していると、車両の中に駆けこむ副來を発見した。

 逃げるつもりだろうか。追おうとした銀四郎の耳がギギギ……と妙な駆動音を聞きつける。

 電車の上からだ。冷房装置の部分が開き――――『機関銃』の黒い筒が顔を出す。

「やばっ!」

 サスマタを捨て、線路へ飛びこむ。位置は車両のすぐ後ろだった。

 ドガガガガッ! と強力な弾幕がフルオートで展開され、ベンチも吹き飛ばされる。

 アリスと貞乃、姫子や江野、茂木もこちらに避難してきた。

 ここに攻撃は来ていないが、いつまでも安全とは限らない。

 だが、銀四郎は冷静だった。

「クソ親父の構想。普通列車に偽装したホーム襲撃用の装甲列車『ガンライナー』だ」

 はあ、と貞乃がため息をつく。

「いいセンスね」

「命名したのは小さい頃の俺。冗談だと思ったけど、まさか本当に考えていたとは……」

 茂木が悔しげに吐き捨てる。

「ちくしょう、俺たちはエージェントだぞ。事変なんて専門外じゃねえか!」

 江野がぽつりとつぶやいた。

「でも、誰かがやらなくちゃいけない――――ですよね」

 姫子もうなずいた。

「ええ、わたくしは逃げません!」

 アリスも賛成した。

「私もやらせてもらう。みんなも構わないな?」

 銀四郎と女性陣が首肯する中、茂木も開き直った。

 気が引き締まったところで、銀四郎が提案する。

「という感じで、かなり危ない。それでもやるか?」

 答えは決まっていた。全員が動きだす。

 現在、他のエージェントたちも装甲列車に応戦している。今がチャンスだった。

 銀四郎と茂木がホームに上がり、必要な物を持ってくる。

 貞乃がボール爆弾で線路の両端を爆破して分断、江野が銃で器用に固定を外す。

 茂木も、吹き飛んでいたベンチを次々と線路に落としていく。銀四郎たちはそれらを並べ、次に二本のレールを持ち上げ、そこに設置。

 続いて、彼女たちはコッファーのカバンからAEDコンデンサ、絶縁処理したボルト、プラスチック、スチールウールなど様々な道具を取り出す。

 クラフト室から回収した戦利品だ。レールに耐圧2000Vほどのコンデンサ複数を繋ぎ、固定が外された穴にボルトを入れ、即席の基盤を作り上げた。

 そして弾となるプラスチックをレールで挟み、後方にウールを置く。

 これで初期加速も確保した。いよいよ起動――――一斉にホームへ退避し、柱の陰に伏せた。

 兵器の名は『レールガン』である。

 バチバチバチッ! と大気をプラズマ化させ、超高速で発射するプラスチックは……金属すら蒸発させる。

 静まり返ってから顔を上げると、ガンライナーは大きく穿たれ――――沈黙していた。

 ふと、階段を上がっていく影を目撃する。

 副來だ。銀四郎も追いかける。がらんとした駅内を抜け、広いロータリーに出た瞬間――――子供の悲鳴が聞こえた。

 八咫烏の力にも限界がある。駅内を封鎖できても、駅前まで閉じることはできなかった。

 周囲が騒然として、距離を取る中……副來は拳銃を握り、小さな男の子を人質にしている。さらに駆けつけた警官が危なげな手つきで拳銃を構え、トリガーを引こうとした。

 このままだと子供に当たる。銀四郎はポケットのマガジンを取り出し、弾を一つ抜く。

 親指に乗せ、ぴんと弾き……タイミングに合わせ、サッカーのシュートモーションに移る。

 拳銃は撃針のトゲで、弾の底部……雷管を叩き、発射する。

 銀四郎のローファーは茂木がくれた、ブレード仕込み。

 刃の先端で雷管を叩き、発射――――パァンッ! と銃声が轟いた。



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