はじまり②
「先輩…私とバンドやりませんか?」
僕は思わず聞き返した。
「え?」
聞こえなかったわけではない。
ただ、あまりにも突然すぎて、困惑してしまっていた。
ほのちゃんは引き続き下を見ながら繰り返した。
「いや…なのでバンド…中、入ってもいいですか?」
「ん?あ、ああ…いいよいいよ。どうぞどうぞ。」
僕は彼女を家の中へ招いた。
座布団なんてないから、普段あまり使わないクッションを代わりに敷き、座ってもらった。
お茶を用意しようとすると、彼女は察したのか、
「あ、大丈夫ですよ。持ってるので。」
そう言いながら、ギターケースのサイドポケットからペットボトルの炭酸飲料を取り出した。
ギターケース!?
僕はそこで気づいた。
バタバタしていて、意識していなかったが、彼女はギターケース背負って来ていたのだ。
「ギター…」
僕は思わず口にしていたらしく、彼女は答えた。
「そうです…変わってないです…」
変わっていない。
どういうことかというと、大学時代から変わっていないということだ。
そう、僕と彼女はバンドサークルの先輩後輩だった。
バンドサークルといっても、大したものではない。
月1回のライブは自由参加、基本は好きなバンドのコピー、初心者大歓迎、メンバーも固定ではなく、毎回好きな人と組んでいい、といったかなり自由度が高く、ゆるいサークルだった。
なので、卒業してからバンドを続ける人はかなり珍しい。
だから、ほのちゃんがギターを持っていることは不自然ではないが、珍しい、といった感じなのだ。
「先輩…私とバンドやりませんか?」
ほのちゃんは改めて言ってきた。
声は小さい。
「バンド…?俺と?」
僕は後輩の前でかっこつけて『俺』と口走ったことに若干の自己嫌悪を覚えながら続けた。
「バンドって?サークルの皆でOBライブでもするの?」
「いえ…そういうわけではなく…。先輩が仕事辞めたって聞いて。バンドやるなら先輩がドラムが良いなって…それで…」
そう、僕は大学時代ドラムをやっていた。
そんなに上手くはないはずだが、突然後輩に求められて嬉しい僕は、にやけるのを必死に抑えた。
「う、うん…ありがとう?で、バンドって『外バン』ってこと?」
僕はつい、大学時代の用語を口にしてしまった。
外バンとは、サークルの外で組むバンド、つまりはコピーではなくオリジナル曲をやる『本気の』バンドのことだ。
「そうです…先輩と外バンを組みたくて…来ました。曲は私が書きますので。どうでしょうか?」
正直、僕はワクワクしていた。
仕事を辞め、手にした自由。
何をして良いか分からなかった僕の前に、突如として現れたチャンスだ。
僕はこれまでの人生、敷かれたレールを走ってきただけだった。
何も躊躇うことはない。
「いいよ。やろうよ。バンド!」
レールから車輪が外れる音がした。




