第27話 雨の前に市場の屋根を支える
第27話 雨の前に市場の屋根を支える
朝、王城の石は少し湿っていて、噴水の水音が低く響いた。
風は弱いのに匂いだけ早く、街の端から雨の気配が薄く流れてくる。
眠気が残っていても歩ける朝だ。
俺は数珠の留め具に指を当て、ひと呼吸。
急がない。
落とさない。
「ユウマ」家令が角から現れた。
薄い地図はいつものように腕に抱えられていて、息は乱れていない。
「城下の市場で、屋根の布が湿って重いとの報告。
雨の前に人が集まるので、端が落ちると客が混乱します。
整えていただけると助かります」
「屋根、俺は好き」とマリアが蜂蜜色の細いリボンを結び直す。
目が少しだけきらきらしている。
「歌は薄くね」
セリアは視線だけで空を測り、「湿りは重くないが、端に座ると布の呼吸が止まる。
強く引けば怒る。
位置を思い出させれば十分」と短く言う。
リリィは剣の柄から手を離し、「入口で並びを見る。
屋台の隙間はぶつかる」と淡々。
ケイルは肩の杖を上げ、「撃たないで支える。
屋根なら押さない方が早い」と珍しく張り切っている。
城門を出ると、通りはまだ静かだが、空の色は薄い灰に傾いていた。
市場の屋根は布を重ねた簡易な作りで、端が少しだけ落ちて、通路に水が集まる形になっている。
屋台主の女が困った顔をしていた。
「雨が来る。
今のうちに端を少し持ち上げたいけど、人の手が強いと布が怒るの」
「待って」とリリィが手を上げて、流れを一度止める。
止め方は短いほど嫌われない。
セリアは布の端に目を置き、「ここ、半歩」と視線で示す。
ケイルは肩で布の影を受けるみたいに立つ。
「押さない。
落ちたら受ける」。
マリアは息を整えて、短い声を一回だけ置いた。
声は布の息の上で軽く座り、動きすぎない。
俺は布の端に触らない。
触らずに呼吸だけ。
重さの座り方を少しだけずらす。
押さない。
引かない。
座る場所。
比喩は一つで足りる。
雨前の空に指で小さな目印を描くみたいに。
布は勝手にそこへ寄る。
「上がった」と屋台主の女が息を吐く。
「同じ布なのに、軽く見える」
ケイルが肩の力を抜いて、「俺、今日も撃ってない。
よし」。
セリアは「端の呼吸、戻った」と淡々と結び、リリィは「並び、保てる」。
マリアは笑って、「雨でも歩ける」と短く言った。
市場の奥で、荷車の列が細い通路に溜まり始めていた。
箱を抱えた男が早足で、角で肩をぶつける。
「痛っ」。
リリィがすぐに間に入り、小さな合図。
「待って」。
セリアは通路の目に視線で印を置き、「半歩左」。
ケイルは肩で荷の重さを少しだけ受け、「押さない」。
俺は通路の空気に薄い目印のイメージを置く。
動きは止まらない。
止まらないのに、乱れない。
男は照れくさく笑った。
「助かった」
屋根の下、果物屋の女が新しい布を広げていた。
蜂蜜色だ。
雨の前の光に合う。
「これ、歩きやすいね」と女は笑い、マリアが「うん」と即答。
セリアは「色の呼吸、落ち着く」と短く補い、ケイルが「数字はあとから」と照れくさく言う。
家令は何も言わず頷いた。
市場の端で、黒い影が通りの向こうに立っていた。
距離は近くない。
三歩分。
動かない。
祠、橋、門、水車、城壁、そして市場。
いつも通り、ただ近い。
リリィが低く言う。
「近づいた。
近いけど、並びの外」
セリアは目だけで角に印を置く。
「触らないで落ちる。
今は近づかない」
ケイルは杖の角度を変えず、「俺は撃たない」。
マリアは影へ声を置かない。
俺は視線を短く通り過ぎて、歩いた。
家令が屋根の谷間で手を振った。
「支援魔法使い殿。
王が小広間で短い言葉を。
市場の屋根、通路の並び、新しい色。
『布は怒らない。
針は刺すな。
数字はあとからついてくる』」
「行こう」と俺。
マリアは声を温め、セリアは歩幅を整える。
リリィは短く頷き、ケイルは杖を肩から下ろさない。
小広間は薄い光で満ちていて、床の影がきれいに並んでいた。
王は窓際で目を細め、短く言葉を置く。
「雨の前の屋根は、短い合図で十分だ。
端は持ち上げるな。
息を置け。
通路の並びは、半歩ずらせ。
色は濃くするな。
濃くすれば、目が止まる。
布は怒らない。
針は刺すな。
数字は、あとからついてくる」
ケイルが小さく笑う。
「ついてくる」
リリィは真面目に頷く。
セリアは「理にかなってる」とあっさり結び、マリアは「屋根の歌、好き」と素直に言った。
王は薄く目を細め、「それでいい」。
話が座る前、侍女が戸口で手を重ねる。
「支援魔法使い殿。
城外の古い倉庫から。
雨の前に荷の出入りが増え、入口の棚の並びが崩れるとの報告。
人の足が乱れる前に、お願いしたい」
「倉庫なら私が先に見る」とセリア。
「重い荷は下。
軽い荷は上。
入口の合図」
リリィは「並び、私が」。
マリアは「声は薄く」。
ケイルは「押さないで受ける」。
俺は頷き、歩く。
倉庫は狭く、入口の棚が人の肩とぶつかる。
荷の男が焦っている。
「早く出したい。
でも、ぶつかる」。
リリィが短い「待って」を挟み、セリアが棚の隙間を目で示して「半歩」。
ケイルは肩で重さを受け、「押さない」。
俺は通り道の空気に薄い目印のイメージ。
動きは止まらない。
止まらないのに、乱れない。
男は息を吐いた。
「助かった」
倉庫を出ると、通りの角にまた影がいた。
距離は変わらない。
三歩分。
動かない。
家令が薄い地図を抱え直す。
「支援魔法使い殿。
昼前、王城の工房で色の見本の並びを変えたいとの依頼。
目が疲れるとの報告です」
「色は奥へ」と俺。
セリアは「並び」。
リリィは「入口」。
マリアは「声は要らないかも」。
ケイルは「見る」。
工房長が帽子を押さえ、「色は良い。
場が怒るだけだ」と笑う。
俺は匂いの層を手前へ寄せ、強い色は少し奥へ。
工房長が鼻を鳴らす。
「軽い」
王城の台所に寄ると、料理長が鍋を撫でていた。
「昼は軽く。
市場の屋根に合う味で」
「スープ」とマリア。
セリアは「塩、少し」。
リリィは「並んでやる」。
ケイルは「火、弱め」。
俺は匂いを手前へ寄せる。
油は薄い。
塩は奥。
器の湯気は短い。
王が手にして頷く。
「良い」
午後、城壁の見物路へもう一度呼ばれた。
雨の前で人が増える。
角の空気が少しだけ硬い。
「ここ」とセリア。
視線だけで示す。
リリィが短い合図、「待って」。
ケイルは体を半歩ずらす。
「押さない」。
俺は角の空気に薄い目印。
動きは止まらない。
止まらないのに、乱れない。
兵が笑う。
「助かった」
中庭へ戻る途中、パン屋の前で雨の匂いが強くなった。
焼きたての香りはいつも通り。
表面の塩は薄く、甘さは奥に座る。
マリアが無条件で笑う。
「幸せ」。
セリアは二つ目を手にして、「休息、完了」。
リリィは「二つまで」と線を引き、ケイルは「俺は三つ」と言ってすぐ二つに変える。
家令は「数字はあとから」と笑って、一つで満足した。
「ユウマ」リリィが袖を軽く引いた。
「影、今日は近い。
三歩分。
並びの外にいるうちは通り過ぎる。
でも、明日は?」
「分からない」と俺。
「近づくなら、並んで止める」
セリアは拍を数えるように息を整え、「拍は一定」と言った。
マリアは小さく笑って「歌、薄く」。
ケイルは杖を肩に乗せたまま、「俺は撃たない」。
家令は黙って頷いた。
それだけで十分だ。
雨が落ち始めた。
王が広場で短い言葉を置く予定は変わらない。
風は弱いのに、音が増える。
王は舞台の端に立ち、静かに言う。
「雨の前の屋根は、息を置け。
通路の並びは、半歩ずらせ。
倉庫の入口は、短い合図で十分だ。
色は奥へ。
布は怒らない。
針は刺すな。
数字は、あとからついてくる」
誰も騒がない。
誰も怒鳴らない。
短い言葉は広場の真ん中に座って、場の角が自然に取れた。
マリアが肩で笑い、セリアは「理にかなってる」と結ぶ。
リリィは短く頷き、ケイルは「ついてくる」と小さく復唱。
家令は何も言わず頷いて、地図の端を指で撫でた。
広場を離れると、城門の外の道の端に影がいた。
三歩分。
少しだけ肩の線が崩れている。
雨のせいだろう。
立ち続けるだけなのに、近い。
俺は視線を短く通り過ぎ、歩いた。
落とさない。
急がない。
静かに整える。
それでいい。
夜の前、王城の図書塔へ呼ばれた。
雨のせいで紙束の背が湿り、並びが崩れると報告。
記録係の少女が困った顔。
「背が柔らかくて、落ちそう」
「重い背は下へ」とセリア。
リリィは入口で短い合図、「待って」。
マリアは声を置かず、ケイルは肩で受ける。
俺は背と背の隙間に薄い目印のイメージ。
動きは止まらない。
止まらないのに、乱れない。
少女が息を吐いた。
「助かった」
塔を出ると、雨が弱くなっていた。
風は冷たくて、嫌じゃない。
ベンチに座る。
比喩は一つで足りる。
雨が街の埃を薄く洗い流す。
俺は数珠の留め具に指を当て、ひと呼吸。
「ユウマ」リリィが袖を軽く引いた。
「影、次は四歩分になるかも」
「近づくなら、止める」と俺。
「並んでね」
リリィは短く頷く。
セリアは目を閉じ、拍を数えるように息を整える。
「拍は一定」。
マリアは小さく笑って「歌、薄く」。
ケイルは杖を肩に乗せたまま、「俺は撃たない」ともう一度だけ言う。
家令は黙って頷いた。
それだけで十分だ。
王城の鐘がひとつ鳴る。
合図じゃない。
時間の知らせ。
目を閉じ、明日も急がないと心で決める。
落とさない。
静かに整える。
それでいい。
雨の前に市場の屋根を支えた日、俺たちの足音は乱れず、短い礼が長く残った。
影は近い。
けれど、まだ外にいる。
明日の約束はもう決まっている。
並んで止める。
急がない。
落とさない。
読んで下さりありがとうございました!
★★★★★評価、リアクションお願いします!
Youtubeにて作品公開中!
再生リスト : https://www.youtube.com/playlist?list=PLmiEOdmheYJxDUTEWff8Qck3VJlS95rzJ
ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。




