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グライドフォーミュラー・アカデミア  作者: 夜丹 胡樽
合同シミュレーション
9/46

セリナの戦い

『――それじゃあ、今回は私の作戦通りに走ってね。事前にミーティングで共有した通り、ブレーキのマネジメントに気をつけながら、なるべく序盤で先頭集団に入ろう』


了解コピー


 短く返答すると、セリナは操作稈に付いている走行開始前状態ローンチコントロールのボタンをオンにした。

 同時にリアクターの回転数、フレームの自動調整などが始まり、いつでも走行を開始できるようにしておく。


 姿勢はクラウチングスタートの格好ポーズ となり、足裏をスターティングブロックに固定。

 それに合わせてフレームとエアロパーツが互いに干渉しないために自動で稼働していった。


 現実に見紛うほどの精巧な景色の全ては、ポリゴンで出来たものだ。


 実物のサーキットと何ら変わりない世界は、セリナにレースの感覚を思い出させてくれる。


 心臓が静かに高鳴る。

 ゾワっと、背筋に走る鳥肌。


 この感覚は好きだ。


 何気なく視線を振ると、他の生徒のマシンがセリナと同じようにスタートの体勢を取っているのが見える。

 それは戦いを待つ戦士の群れであり、己が一番であるという証明を待つ学者の列の様でもあった。


 今回のスタートの順番は、以前のシミュレーションで各々が出した最速タイムを参照して決められていた。

 セリナの順位は六位となっていて、悪くない位置だと言える。


「……ふぅ」


 息を吐き出し、瞳を閉じて集中力を研ぎ澄ましていく。


 燃え盛る闘志を胸の内に秘め、セリナはそっと瞳と閉じた。

 思考は絶え間なく回り続けるのを第三者視点で見つめるように、意識と思考を切り離していった。


 まずは先頭集団に喰らいつく。

 その後のことは、その時になってから考えればいい。


 リコからの指示を脳内で反芻しながら、並列で自分がするべきことを再確認していった。


 彼女から提示された最速走行路レコードライン、走行時の姿勢制御やコーナーへの侵入角などを脳内でシミュレートしていき、最速の自分を思い描く。


 それは彼女にとって最も心地の良い世界だ。

 最前線で走る快楽に取り憑かれている、といっても過言ではない。


 ゆっくり瞳を開くと、スタートを知らせる赤いシグナルが点灯を始めていた。


 五つ並ぶシグナルが一秒ごとに光を灯し……そして、五つのシグナル全てが点灯した一秒後に全てのシグナルが消える。


 それがスタートの合図。


「ッ!」


 セリナはアクセルのペダルを踏んだ。


 同時に耳を劈くほどの高音が鳴り響き、マシンがスターティングブロックを反発して加速を開始。

 視線を左側に向けると、同じように加速をしているマシンが見える。


 仮想の空気を引き裂くように、十六機のリアクターが快音を響かせる。


 セリナは自身のマシンを速度に乗せるため、思考を機体へ伝達させた。

 それに呼応するように機械仕掛けの剛腕が空を切り、斥力と共に大地を蹴り飛ばす脚によって速度は増していく。


 マシンを繊細にコントロールしながら、時速は二百四十キロに到達。

 即座に第一コーナーに差し掛かり、マシンをコースの左外側に振りながら姿勢をいつもよりも低くする。


 スタートでの立ち上がりが良かった隣のマシンは、セリナの進行方向を塞ごうという魂胆か。

 右腕をセリナ側へと振り上げながら、圧力をかけてくる。


 だが、甘い。


 インコースに一台分空いたスペース、彼女にはそれだけの空間があれば十分だ。

 自然と口角が持ち上がるのが分かった。

 前を走るマシンも、コーナーを曲がるためにブロッキングのために上げていた右腕で風の抵抗を受けながら、減速しているのを視界に収める。


 ドクン、と鼓動が一段階跳ね上がった。


 コーナー前の直線、残り百メートルに差し掛かった刹那――上体をアウト側に振って減速を開始。

 視界が揺れ、擬似的に作りだされた振動が全身を襲う。


 セリナを含め、周りのマシンがコーナーの入り口へ。


「……いける」


 データによるとセリナの横にいた五位スタートのドライバーは、適切なタイミングでブレーキを行う。


 予想通り。


 マニュアル通りの走り。器用に姿勢維持を行いながら、迫り来るセリナに抑え込もうとしているのが丸わかりだ。


 マニュアル通りということは、逆説的に『読み易い相手』と言うことでもある。

 セリナはマシンを一気にインコース側に寄せると、いつもよりも遅く減速した。


 アウトイン・フェイントからの遅延急減速レイトブレーキ


 大きくアウト側に上体を向け、相手の進路妨害を誘発させた後にイン側へ切り返すフェイント。

 シンプルがゆえに効果的だが、イン側に振る際は高いブレーキング力が必要となるため、コーナー際では選択肢に入りにくいフェイントだった。


 コーナーを適切に曲がるため左前のドライバーは自分の後ろになるだろう――その思考の隙を付いて、セリナは上体をイン側に振って急減速。

 ブレーキを踏むタイミングと加減を間違えれば一瞬でコースアウトをしてしまうほどの危険リスクがある走りだ。


 しかし、それらを幼少期の頃から鍛えてきた鋭敏な足裏の感覚と機体コントロールでカバー。

 そのままマシンの上体を持ち上げながら、アクセルを踏んでいく。


 その意図に気が付いた頃には、セリナのマシンは最大限の加速をしていた。

 隣を走るマシンを左腕で牽制しながら、マシンの前に自身の機体を滑り込ませる。


 時間にして一瞬の攻防。


「……よし」


 何だか今日は少し調子が良い。


 とりあえずは当初の目的を達成。順位を一つ上げて、五位に食い込むことができた。

 あとは二十周をリコの指示通りに走っていくだけでいい。


 ――本当に、それで良いの?


「ッ」


 セリナはマシンを操作しながらも、頭の片隅で思考する。


 彼女の立てた作戦は『質実剛健』そのものと言えるだろう。定石セオリーで考えれば正解で、彼女の言っていることは理解できる。

 目的達成をする前に事故などを起こしてしまったら元も子もない。


 それはドライバーとしては最も屈辱的なことだ。

 事故を起こしたということもそうだが、それ以上に『走りたくても走れない状況』というものは、何度も経験したいものではない。


 コーナー群を難なく抜け、バックストレートへと差し掛かる。


 本当にそれでいいの?


「今は……それでいい」


 それに、こんなことを今考えたってしょうがない。


 セリナは余計な思考を置き去りにするようにアクセルを踏んだ。

 単純なもので、マシンを操作している時は余計なことを考えなくても済む。 


 今は走ることに集中するだけ。


 それだけが自分の存在証明だというように。







「よしっ、予想通り!」


 浅桜さんの第一コーナーでのオーバーテイクを成功させて、私は小さくガッツポーズをした。

 クラスメイトも、驚きや喜びの声を上げているのが聞こえる。


 ここまでは作戦通り。


 私は浅桜さんに指示を伝えるために無線のボタンを押した。


「浅桜さん、フェイントもペースも良い感じだよ。この後は一旦この順位をキープをお願い。勝負のタイミングは基本こっちから伝えるね」


了解(コピー)。仕掛けられるところはガンガン仕掛けていくよ』


「だから、仕掛ける時はこっちで指示を……」


 言いかけて、私は言葉を途中で止めた。

 多分今の彼女に何を言っても無駄だろう。


 私は大きく肩で息を吐き出してから無線を切った。

 同時に私はモニターの方へ視線を戻して、更新されていくデータ群から状況を分析していく。


 浅桜さんの順位は五位。前を走るドライバーとの差はコンマゼロ二秒ほどで、レース序盤の密集している状況では思っている以上の差だ。


 視線の先にあるモニターには、縮尺されたサーキットを駆け抜けていく十六個の丸印が映し出されていた。

 申し訳程度にそこから線が伸びて、ドライバーの名前が記載されている。


 画面左端には、一周前のタイムや一位のドライバーとのタイム差、天気の状態から湿度など、分析するために必要な情報が所狭しと並んでいた。


「今のはアウトインのフェイント……うん、プロ顔負けのボディフェイントに加えて、繊細なブレーキングの技術だ。この調子なら浅桜くんはもう一個順位を上げられそうだね」


「ですね」


 大澤さんの呟きに、私は静かに頷く。


 私はそれを聞きながら必要な情報を拾い上げていく。

 特に前のドライバーとのタイム差は重要で、タイムがどこで離されたり、逆に詰めることが出来ているかが、勝負のタイミングの鍵となる。


 二十周の間に、この差をどれだけ詰めることができるか。

 同時に後ろから迫るドライバーを抑え続けなければいけないんだ。

 浅桜さんも私も、気が休まる瞬間なんてない。


「浅桜くんは問題なさそうだね。古谷くんは……うん、スタートで失敗しちゃった感じかな」


「はい。この順位をキープして、仕掛けられそうなタイミングを見計らう感じですね」


 大澤さんの言葉に、私も手を動かしながら返答する。


 二十周というのは、思ったよりも短い周回数だった。

 その中でもう一つ順位を上げなくては、私は勝負に負けてしまう。


 勝負の狙い目は五周が終わったタイミングくらい。


 それは先頭集団、中団、後続の三つに別れ始めるタイミングだった。

 現在の浅桜さんの位置は中団の先頭くらいであり、もう一つ順位を繰り上げるには何としても先頭集団に喰らいついてなくてはいけない。


 更新されていくデータを見つめながら、私は彼女との勝負に勝つために脳みそをフル回転させていく。


 この勝負だけは絶対に負けない――いや、負けられないから。

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