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グライドフォーミュラー・アカデミア  作者: 夜丹 胡樽
合同シミュレーション
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合同シミュレーション・開始

 二日後――


「――すみません、遅れました!」


 扉が開くと同時に、私は慌ててシミュレーションルームに入った。

 腕時計の表示を見ると、集合時間一分前だった。どうにか間に合ったけど時間はない。

 急がないと。


 と言うのも、私と浅桜さん(あとおまけのルカ)は、今日の合同シミュレーションに向けたミーティングを昼休みにしていた。


 浅桜さんの実力を発揮できるように作戦を練り直したこともあって、そのミーティングは随分と白熱してしまい……気がついたら集合時間の五分前になっていた。


 そこからダッシュでシミュレーションルームへと向かい、今に至ると言う流れになる。


「お、時間ギリだったが間に合ったみたいだな」


「ごめん、すぐに準備する!」


 そんな私たちの到着にいち早く気がついたのは、整備科の男の子である加賀 幸太郎(かが こうたろう)こと、通称・カガコーだった。


 筋トレが趣味だと言うのが嘘では無いと分かるくらいの隆々とした体格に高い身長に、短く切り揃えられた髪の毛と合わさってラガーマンのような雰囲気を纏っている。

 八組の女子からは「アイツは暑苦しすぎるから無理」と評価をされているのは、本人には内緒だ。


「にしても、こんなギリギリって巴月にしては珍しい――ってか、東雲は大丈夫か? なんか今にも死にそうな顔をしてるけど?」


「はっ、はっ……ぅぐ、もう無理ぃ。お昼ご飯出てくる……」


「おいおい、まじで止めてくれよ? 俺そういうの貰いゲロっちまうタイプだから」


「うっぷ……」


「だ、誰か水か袋持ってこい! ここで吐かれたらシャレにならん!」


 そんな会話を尻目に、浅桜さんはブレザーを脱ぎながらシミュレーションルームに用意されている更衣室の方へ歩き出していた。

 ブレザーを脱ぎながら歩いてるだけなのに様になっちゃうのは、なんだろう美人って羨ましいなと感じてしまうのでした。


「お、浅桜、到着してすぐで悪いがこっちは準備出来てる。そっちも、ちゃちゃちゃっと準備しちゃってくれぇ」


「分かった、すぐに着替えてくる」


 整備科の男の子に促され、浅桜さんは凛とした雰囲気のまま更衣室の方に向かってしまう……と、私もゆっくりしてる場合じゃなかった。

 ルカの方をチラッと見ると、水を飲んだことで落ち着きを取り戻したようだ。


「……ふぅ」


 私はルカから視線を切って、静かに息を吐きだした。


 一年生レースは、すぐそこにまで迫っている。


 明後日、金曜日には実際のサーキットで『フリー走行』を行い、翌日に本選のスタート順位を決めるための『予選』が開催。

 スタート順位が確定した後は『本選』にて、現状の一年生最強のドライバーを決める流れだ。


 今回の合同シミュレーションは、そんな今週末に行われる『一年生レース』に向けた最終確認という意味合いが強い。


 それは、シミュレーションの段階で自分たちの手札を全て晒す人間はいないからだ。

 一応建前としては順位を競ってはいるが、共通認識として順位よりも作戦の見直しなどに時間を使う人たちが殆ど。


 なので、今回のシミュレーションで良い結果と多くのデータを集めるのは、とても重要となってくる。

 ここでの結果を元にして最終的な作戦とマシンの調整を行うから、ドライバー以外の人間も緊張感をまとっていた。


 席について、データの集計に必要なソフトなどを自分が動かしやすいように配置をしていく。

 あとはヘッドセットを付けて、思考をリセットするために体をグッと伸ばした。


「よし、やりますか」


 メモ用のタブレット端末も準備オーケー。


 視線を向けると、浅桜さんも着替えを終えたみたいで、シミュレーション用の簡易的な黒のドライバースーツを身に纏っていた。

 細いシルエットが際立つスキニータイプのスーツが浅桜さんの流線的な痩身を浮き彫りにしている。


 モニターの方を確認すると、私たち以外の七クラスは準備完了していた。


「浅桜、準備できたみたいっすー」


 整備科の生徒が、全員にわかるように知らせてくれる。


 そのまま浅桜さんは、アクリル板で仕切られた先にある『シミュレーションマシン』の方へと向かった。


 人間大くらいある楕円形のマシンは、待機状態となっているため上部のカバーがガバッと開かれていた。

 浅桜さんはヘルメットを被りながら、近くにいる整備科の生徒と打ち合わせをしているようだ。


 もう一人のドライバーの子も準備は終わってるみたいだし、そろそろ始まるかな――


「――どうだい、浅桜くんとは上手くやってるかな?」


「あ、大澤さん」


 と、私の隣に座りながら大澤さんが声をかけてきた。

 首にヘッドセットを掛け、デルタ・ウルスのチームジャケットを羽織っている姿は、スーツ姿とは打って変わって少しワイルドな雰囲気となっている。


 声を掛けられた事に驚きながらも、私は今の自分が思っていることを話す事にした。


「上手く、やれて……いるんですかね?」


「勝負をしているっていうのは聞いてたけど、仲良くやれているんじゃないのかい?」


 大澤さんの返答に、私は一瞬言葉を詰まらせてしまう。


 正直なところ、浅桜さんとは仲は良くない。


 基本プライベートなことは話さないし、いざミーティングになればお互いの主張を通すために口論に発展してしまう。

 他の人たちからすれば、それは仲が良い証拠というけど……それは違う気がしていた。


 思考の端でそんなことを考えながら、私は思ったことを素直に話すことにした。


「仲良くはないですね。あの子レース馬鹿ですし、人の作戦にいちゃもんしか付けないし、あとレース馬鹿だし……」


「ハハっ、彼女らしいね」


 大澤さんは笑い声を上げる。


「笑い事じゃないですよ……」


「ごめんごめん。でも、それは二人ともレースに対して真摯に向き合ってるからじゃないかな? そうでなければ、ぶつかることはないんだし」


「レースに対して真摯、ですか?」


 大澤さんは頷く。


「うん。君たちはお互いに譲れないものを持ってるからこそ、ぶつかり合ってしまうのさ。喧嘩をするほど仲が良いっていうだろ? それはお互いが『レースに対して熱い想い』を持っている証拠だし、そういう点で考えれば君たちは仲が良いかもね」


「確かに、浅桜さんのレースに対する想いは人一倍だと思います。でも、仲良くはないです、絶対に!」


「アハハ、嫌よ嫌よも好きのうちってね。巴月くんも、彼女のことをもう少し理解出来たら、彼女の考えてることがわかるんじゃないかな?」


「馬鹿にされてる……」


 私の嫌がってる様子を見てか、大澤さんは言葉を続ける。


「まあ、僕自身は大丈夫だと思ってるけど、それでも何かあったら気軽に相談をしてくれていいからさ」


「納得はできませんが、分かりました。ありがとうございます」


 お礼を言って視線を戻すと、浅桜さんがマシンの中に乗り込んでいるのが見えた。

 彼女の表情は真剣そのもので、私は自然とその後ろ姿を眺める。


 流れるような動作でコクピットの中へと入り、それに呼応するようにカバーが自動で降りていった。

 数秒して完全に閉じたことを知らせるように淡い明滅を発する。


『浅桜、準備オーケーよ』


「うん、こっちも準備は出来てる」


 浅桜さんからの無線が入って、私は思考を切り替えた。


 すぐに無線のマイクをオンにして返事をする。

 私の方の準備が出来ている事に満足したのか、彼女からの返答はなかった。


 全員が定位置に着いたことを確認すると、大澤さんがマイクをオンにする。


「浅桜くんも、古谷くんも……それに、みんなも準備は出来てるみたいだね。何とか間に合ったみたいだし、シミュレーションを始めていこうか」


 クラスメイトからの返答はない。しかし、それに構わず大澤さんは言葉を続けた。


「今回は来週開催される『一年生レース』に向けての調整が目的だ。週末は君たち一年生にとっては初陣となる。と言っても、緊張し過ぎてもいけないから適度に肩の力は抜いていこうか」


 大澤さんが言い終わると同時に八組全員が一斉に「はい!」と返事をする。


 どんなに大きく遠い目標であっても、大事なのは一歩目。


 その一歩を、私は踏み出せた気がしていた。


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