私たちは一人では強くなれない
――校舎棟の屋上を流れる風は、少し冷たさを帯びていた。
「あ、セリナ。本当にいた……もう体調は大丈夫なの?」
「リコ……うん、平気だよ」
レースが終わった直後、セリナはマシンから自力で出てこれなくなるほど疲弊していた。
何とか表彰式に出ることはできたけど、ピットに戻るなり倒れてしまい、彼女はそのまま医務室に運ばれた。
最初は心配で彼女に付き添っていたけど、残っていた仕事とかがあって私は医務室を離れた。
その後戻ったら医務室の先生に『リコが来たら校舎棟の屋上にいるって伝えてください』という伝言を受け、そのままの足で屋上に来ていた。
私はそのままセリナの隣に座った。
空はすっかり暗がりの中に沈んでいて、綺麗な三日月が私たちを見下ろしている。
穏やかな沈黙が流れた。
何を話そうかとしたところで、私はここに来た理由を思い出す。
「マシントラブルの中での一位……本当、今でも信じられないよ。表彰台見てる時、私思わず泣きそうになっちゃったもん」
「うん、アタシもまだ夢なんじゃないかって思ってる」
ユーロステップのフェイントから、ディープダックインによるダイブボム。
そこからヒカリくんを一周とは言え抑え込んでの劇的とも言える逆転劇。
奇跡という言葉があるのなら、こういう時に使われるんだろう。
レースが終わった瞬間に、私はそう思ってしまった。
「それにしても、マシントラブルを伝えてきた時の無線――あははっ、セリナでも焦ることあるんだね」
「……ねぇ、ほんとにアンタは私の事なんだと思ってるわけ?」
「レース馬鹿、自意識過剰、焦ったら意外と可愛い、レース馬鹿……あとは何かな?」
「この期に及んで喧嘩を売ってくるわけね。よくわかった、拳での決着を付けようか?」
プルプルと握り拳を作るセリナに「冗談だって」と私は笑みを浮かべる。
「今は私の最高の相棒、かな?」
「何よ急に真面目になって……ほんと、ムカつく」
そんな私たちの頭上でドーン、と音が鳴る。
視線を音の方へ向けると、サーキットの方からフィナーレの花火が打ち上がっていた。
視界の端が鮮やかに彩られる中で、セリナは穏やかな笑みを浮かべる。
私はそれに見とれてしまいそうになり、慌てて花火の方へ視線を向けた。
「あの時にアンタが言った」
「ん?」
視線をセリナに戻すと、花火を見つめながら静かに笑みを浮かべていた。
「本当にそれいいの、ってどういう意味だったの?」
「あの時って、トラブルがあった時? あれ、違ったかな……そんなこと言ったっけ?」
考え込む私に、セリナは更に笑みを深める。
必死に思い出そうとするけど、あの場面は必死過ぎてどんな会話をしていたのか鮮明に覚えていなかった。
「覚えてないならいいよ。別に深い意味はなかったし」
「何それ?」
私もそれに釣られて笑う。何が可笑しいのか分からないけど――でも、こうして笑えていることが何よりも嬉しかった。
どれくらい笑っただろうか。
花火はすでに終わっていたようで、残煙となって夜の空を名残惜しそうに揺らめいている。
「次も、二人で勝とうね」
「……うん、二人で」
セリナが差し出してくる左腕に、私は応えるように右腕で叩き返した。
その拳はあったかくて、一瞬しか触れられないことが名残惜しかった、
でも、そんな事をセリナに言ったらきっと馬鹿にされるから、私は視線を空に移した彼女の横顔を静かに眺める。
「……なんで笑ってるの?」
「べっつにー。鈍感なセリナには言いませーん」
「アンタ、ほんとムカつく」
笑みを浮かべた私に、釣られるようにセリナも笑みを浮かべた。
一人では、誰だって強くなれない——だから私たちは、二人で強くなっていくんだ。




