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グライドフォーミュラー・アカデミア  作者: 夜丹 胡樽
エイメイ・サーキット 本戦

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34/46

快調な滑り出し

 八周目に入り、セリナは前のマシンとの差を徐々に詰める。


 リコからの無線で、前のマシンはハードタイプのブレーキを使用していることが分かっていた。

 持続力が高い代わりに路面へのグリップ力が低くなるため、コーナリングでタイムを縮めることができる。


 セリナは理想的なコーナリングを行いながらも、時折マシンを横に振っていた。

 それは相手に『お前をいつでも抜けるんだぞ』というプレッシャーを与えることで、相手側のミスを誘発するためだ――


「――っ!」


 そんなセリナのプレッシャーに負けたように、前のマシンのコントロールがブレた。

 セリナの進路を妨害するために内側にマシンを寄せた結果、大きくブレーキを踏まなければいけなくなる。


 セリナが得意とするクロスオーバーによるフェイント。


 浅く上半身を倒すことで相手に嘘の進路を予測させ、ブロックをしてきた瞬間に逆側へ一気に加速をかけるフェイント。

 これまで小刻みにフェイントをかけ続けた結果、セリナの進行方向を限定させないことに成功していた。


 浅くイン側に振っていた上半身をセリナは一気に外側に振る。

 同時に減速を行い、綺麗なアウト・イン・アウトの軌道でコーナーへ。

 前のマシンは腕を使って妨害しようとするが、判断が一瞬遅い。


 速度はなるべく維持するため、最低限の減速。

 そんなセリナとは対照的に、中途半端なコース取りと減速で、相手のドライバーは大きくペースをダウン。

 立ち上がりでなんとか彼女の前を維持しようとするが、それよりも先に速度に乗ったセリナが前へ進み出る。


 そのままシフトを上げながら、再び加速。


 相手を翻弄し、一瞬の隙を刈り取ることができた。

 セリナが得意とするオーバーテイク。


「っ……よし」


 順位を十二位に繰り上げ、セリナは心の中で笑みを噛み締める。


 まだだ、まだ喜ぶには早い。

 そう思って集中力を繋ぎ直したセリナの耳に電子音。


『――セリナ、良い調子だね。このままピットインまでに出来るだけ順位を上げていこう。次のマシンとのタイム差は、今のところ一秒二九〇だよ』


了解コピー


 無線を切ると、セリナは操作稈を握り直した。


(このペースでいけば『いちばん』にだって)


 ゾワっと、セリナの心の中に現れる自身の願望エゴ

 考えないようにすればするほど心の中を埋め尽くそうとする感情を追い出すように、彼女は頭を振った。


 それは、今までの自分の否定。今はそれ以上に大事なことがあるから。


(今は、考えちゃダメだ)


 目の前のレースに集中する。

 それが、今のセリナに出来る唯一のことだった。

 それ以外のことは今は雑念でしかなく、無駄なことに思考を費やしてる余裕はない。


 迷いを断ち切るように、セリナはアクセルを踏み込むのだった。






 十五周が経過。


 セリナの順位は先ほどのオーバーテイクで十二位に上がってから変わりはない。

 それは前のマシンが彼女のマシンと同じミディアムブレーキを使用していることもあって、思うように差を縮められていなかったからだった。


 ただ、それでもセリナは綺麗なコーナリングとアクセルワークと、天性のコーナリング技術を駆使して徐々に差を詰めていた。


 二人のタイム差は約二秒。

 次のコーナーで上手くセリナが速度に乗ることが出来れば、ホームストレートでDRSを使用することができる。


 私はラップタイムデータを確認しながら、その時を待つ――


「――セリナ、DRS使えるよ!」


 私は無線をオンにして、彼女へ簡潔に指示を飛ばした。

 それに応じるようにセリナのマシンが急加速をしていく。


 モニターに表示される彼女のマシンの時速は三百三十キロメートルにまで到達し、ストレートの中ほどで相手を躱す。


 コーナリングで相手との差を詰めて、直線で無理なく躱す――姿勢制御でのダウンフォース調整が出来るセリナに最適とも言える作戦だ。


「よし!」


 彼女の順位が十一位に浮上する。


 同時に観客席から歓声が上がり、凄まじい熱気がサーキット全体を満たした。

 最下位付近から続く怒涛のオーバーテイクに魅了された観客は立ち上がり、セリナへ声援を送っているのがフェンス越しに見える。


 この調子でいけば、ピットインまでにもう一つくらい順位を上げられそうだ。

 そうなれば九位をキープしている古谷くんの後ろに着くことができるし、アンダーカットをする時に取れる選択肢が増える。


 順調を通り越して、快調とも言える序盤の戦いぶりだった。

 絶望的だった『最終五位』という目標も、この調子なら射程圏内に入るだろう。


 そんなことを考えていると、電子音が鼓膜を揺らす。


『リコ、次のマシンとのギャップはどのくらい?』


「今は……二秒五七五だね。少し離されてるけど、焦らず着実に相手との差を詰めていこう」


了解コピー


 セリナからの短い返答を聞き届けて、私は彼女との無線を切った。

 上手くいっている時ほど緊張の糸を緩めないようにしないといけないというのは頭では分かってるけど、実践するとなると難しい。


 私は気持ちをリセットするために肩で大きく息を吸う。


「ふぅ」


 ゆっくり息を吐き出して、私はぺちっと両頬を叩いた。

 上位争いに食い込むためには、今以上に熾烈な争いをすることになる。


 本番はこれからだ。

 私は再び気合いを入れ直してモニターへ視線を戻した。


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