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グライドフォーミュラー・アカデミア  作者: 夜丹 胡樽
エイメイ・サーキット 本戦

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31/46

一年生レース・開幕

 ――翌日。


 遠く、実況の声が聞こえる。


『本日は快晴、気温は二十四度。まさに、開幕戦に相応しい天気と言えるでしょう! ここエイメイ・サーキットには文字通り全世界から、日本の若き才能を見ようと約十万人もの観客が来ているとのことです! 昨日から引き続き実況は岸川、解説には元グライドフォーミュラーワンで活躍されていた志麻 圭人さんにお越しいただいております』


『よろしくお願いします』


『いやぁ、それにしても今日はいつにも増して人が凄いですね! 私は始まる前に、市街地の方で開催されてる英明祭の方を見て回ってたんですが、人の波が凄いのなんの……歩くだけで疲れてしまいました』


『そうですね。それだけ日本のレースシーンが注目されている証拠でしょう』


 実況の声に、観客のボルテージが静かに高まっていく。それは期待や、興奮などが複雑に入り乱れた独特な空気感だった。


 セリナは静かに瞳を閉じる。

 吐き出すと息の熱さも、それに反して緊張で冷たい指先も、それら全てが愛おしい感覚だった。


 スタートの位置に着くための一周はすでに終わらせている。


 あとはスタートランプの点滅を、この十五位という絶望的な位置から待つだけだ。


 だが、自然と不安はない。

 まるで澄み渡った青空のような気持ちでこの場所に立つことができていたのは、きっと大事なことに気がつけたからだ。


 これは夢を見せるための舞台。


 浅桜 芹那という少女が待ち焦がれた、自分の存在証明(たたかうため)の舞台だ。


(始まるんだ)


 待ちに待った、一年生レースが始まる。







 ――二時間前。



 チームピットの前で、私とセリナはひそひそと会話をしていた。


「それじゃあ、準備はいいセリナ?」


「うん……ぅぐ、でも急に緊張してきた。ねぇリコ、これ似合ってるよね?」


「めっちゃ似合ってるよ。むしろ私はそっちの方がスッキリしてて好きなくらいだし。それに、先にそうしようって言ってきたのはセリナでしょ?」


 私は彼女の背中を勇気づけるために叩く。


「ほら、集合時間もギリギリなんだから、覚悟を決めていくよ?」


「あー、もうどうにでもなれ!」


 そう言いながら、私とセリナはチームピットの扉を開けた。


 扉越しに聞こえていたが、扉を開くとチームピットの中は慌ただしい雰囲気に包まれていた。

 昨日のうちに準備は完了しているとはいえ、最後の確認のためにクラスメイト達は慌ただしく動いているのが見える。


「おー、重役出勤のリコちと……え、セリナち⁉︎ どったのそれ⁉︎」


 と、そんな中でいち早く私たちに気がついたのはルカだった。

 いつもの如く椅子にもたれかかっていたけど、思わずと言ったように飛び上がる。


 その声が思ったよりも大きかったからか、ピットの中にいる全員の視線が私たちの方へと注がれた。


 彼らの視線の先には、それまでの綺麗なロングヘアから変わり、ボブカットになるセリナがいた。

 凛とした雰囲気は残しつつも、大人っぽさが加わった姿にクラスメイト全員が息を飲んでいるのを感じる。


 そんな視線に耐えかねたのか、セリナは指で毛先を遊ばせながらルカの方を見た。


「えーっと、その……レースでやるには邪魔だったからと、心機一転をかねて……って感じかな」


「めちゃ似合ってるじゃん! ねぇ、みんなヤバくねぇか⁉︎」


「うんうん、ビジュ良すぎ! これリコちゃんが切ったの⁉︎」


「流石にここまでは出来ないよ。私がしたのは、夜遅くまでやってる美容院を紹介したくらいで……」


 賛同を求めるルカの声に、特に女子が駆け寄ってきながらセリナを褒め始めた。

 男子達はその様子を羨ましそうに見つめている。


「と、その前にセリナからみんなに言わなきゃいけないことがあるんだよね?」


 このままじゃ埒が明かないと思った私は、みんなを止めるためにそう言った。

 セリナの方に視線を送ると、真剣な眼差しに戻ってコクンと頷いていた。


 みんなもその雰囲気を察したのか、黙ってセリナの言葉を待ってくれる。


 短く息を吐き出して、彼女は話し始める。


「昨日は感情的になってみんなを傷つけるようなことを言ってしまった。勝ちたいって言う気持ちはみんな一緒なのに、それを理解してなくて……でも、昨日大澤さんとリコと話し合って分かったの」


 セリナは頭を下げる。


「だから謝らせて欲しい。本当にごめんなさい」


 セリナの謝罪の言葉に、クラスメイト全員が何を言ったらいいか分からない、といったように戸惑いの表情を浮かべていた。


「俺は許せねぇな」


 と、そんな沈黙を破る声が聞こえた。

 みんなの視線が声の主であるカガコーの方へと向く。少し非難の混じった視線を気にした様子もなく、私たちの方へ歩いてくる。


「俺は、自分の仕事には誇りを持ってやってる。それを馬鹿にされて、言葉だけの謝罪で許してやれるほど器のデカい人間じゃない」


「それは、そうよね」


 カガコーの言葉に、セリナは戸惑いを見せながらも頷いた。


 予めこういう意見が出るとは思っていたけど、面と向かって言われて尻込みをしない人間はいないと思う。

 他のクラスメイト達も、セリナに対して思うところがあったのか、黙ってその様子を眺めていた。


 そんな雰囲気を気にした風もなくカガコーは言葉を続ける。


「だけどよ、俺は最終的にいい結果になれば万事オーケーだと思ってるんだ――」


 カガコーはそれまでの険しい表情から一転させて、いつもの快活な笑みを浮かべた。


「――だからお前も、俺たちに結果で示してくれ。仮にもウチのエースドライバーなんだから、それくらいの期待をしたって重荷にはならねぇだろ?」


「結果?」


 あぁ、とカガコーは頷く。


「あの後、マシンをできる限り再調整したんだ。昨日の今日で完全とまではいかないが、レイトブレーキの時のエアロパーツの干渉も、ある程度は緩和されてる」


「え、あっ!」


 驚いて視線を上げるセリナへ、カガコーはグッと親指を突き立てた。


「だから後は、お前が奇跡のごぼう抜きで五位以内を取ってくれれば何も文句はねぇさ。打ち上げの準備は出来てるから、後はお前が目標の五位以内に入ってくれりゃ完璧だ」


「カガコー……うん、分かった!」


 セリナの笑みを見て、カガコーは満足そうに「あぁ、分かったんなら問題ねぇ」と言って、自分の持ち場の方へと歩いて行った。


 同時に訪れる喧騒。カガコーとセリナのやり取りをみて、やる気に満ち溢れたクラスメイト達がみんな、思い思い話し始める。


 セリナの肩にトンと、私は自分の肩を当てた。


「よかったね、セリナ」


「うん……でも、これで負けられなくなっちゃった」


 先ほどまでの緊張が嘘みたいに、彼女の瞳には静かな闘志が宿っていた。

 前みたいに赤く燃え盛るものではなく、静かに揺らめく青い炎。しかし温度は高い蒼炎。


「よし、それじゃあ準備に行こうか」


「え――あ、うん」


 私は彼女の手を取って、ピットの奥へと歩き出した。


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