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最速を思い描いて

 瞑目して、周りの雑音などから思考を切り離していった。


 自分の呼吸と心臓の音だけに意識を向けると、意識が研ぎ澄まされていくのが分かった。

 ピンと張り詰めた緊張の糸を緩めず、大きく吸った空気を長く、そして細く吐き出していく。


 それは禅の呼吸の仕方であると、セリナの父から教わったもの。


「よし」


 肺の空気を全て吐き出し、セリナは瞼を持ち上げた。


 瞳に映ったのは、これから自分が乗り込むことになるグライド・フォーミュラーの機体。


 DEU・23アルファ。


 全高三・九二メートルの機械仕掛けの巨人は、昨日から打って変わって、全てのパーツが取り付けられた完全体になっていた。


 まるで瞳を閉じるように、灯りを宿さない両目ツインアイには、だがしかし、走れると言う強い意思を感じ取ることができる。

 背中側の搭乗口が大きく開かれており、その様相はまるで翼を広げた天使の様でもあった。


 全体的に流線型のフォルムは、空力性能を最大限引き出すため。

 エアロパーツの関節部分はスライド機構が採用されており、特に関節部分は隙間クラックやフレームが剥き出しとなっている部分が見える。


 脚部はつま先から先を取り除かれたフットレス構造となっていて、踵部分には減速用の回転式物理ブレーキも確認できた。

 ふくらはぎに相当する部分には、物理ブレーキで得られた熱エネルギーなどを、電気エネルギーとして蓄電できるターボチャージャーが搭載されていたりと、効率的なエネルギー運用をするための工夫が凝らされている。


 また、各所に黒々と空いた穴は空冷と空力性能を引き出すための空気孔ポッドであり、全ての機構に意味がある様はまさに『機能美』と言う他ない。


「浅桜、準備できてるなら乗り込んじゃってくれ」


「わかった」


 整備班の男子に促されて、セリナは機体に乗り込むために機体の背中に立てかけられているラッタルの方へと向かった。

 手に持っていたヘルメットを被って固定具を締めると、バイザーを持ち上げた。


 足場を上がると、『最速の棺桶』と呼ばれるグライド・フォーミュラーの操縦席が見える。

 人一人がやっと入れるスペースしかない搭乗口へ慣れた動作で滑り込むと、背中側の装甲が自動に閉じていった。


 陽の光が遠ざかっていき、それに合わせてリアクターが回転し始める音が聞こえる。


 鈍い低音が暗闇の中では唯一の刺激で、まるで闇の中で獲物を狙う猛獣の唸り声の様にも聞こえた。


 セリナの視界が完全に暗闇になったところで、ヘルメットのバイザーを下ろした。同時に首元にピリッと痛みの少ない電流が走って、視界がホワイトアウト。


「……っ」


 セリナは反射的に顔を顰める。


 未だにこの痛みだけは慣れない。

 冬場に遭遇する静電気の様であり、身構えていることによって、痛みよりも不快感が勝るあの感覚に似ている。


『NDCS・生体認証を開始――ドライバー・浅桜 芹那を認証』


 白くぼやけた視界に、簡素で無機質なシステムメッセージが表示される。

 生体認証を突破したと同時に視界が晴れていくと、先ほどまでの狭く暗いコクピットではなく、機体頭部カメラの映像に切り替わった。


 高い視点で辺りを見渡すと、慌ただしく人が往来しているのが見える。


 その光景を眺めながら、セリナは静かに息を吐き出した。

 機体と一体になっている様な感覚が、鋭敏になっている五感をさらに研ぎ澄ましてくれる。


 と、鼓膜を電子音が揺らす。無線が入ったようだ。


『整備班、ドライバー二名の搭乗を確認。NDSC起動完了次第、応答してくれ』


「浅桜、生体認証問題ないわ」


『古谷、こっちも問題ないぜー』


 整備班の男子からの無線に、セリナは簡素に応答する。


 それに続いて隣のピットで同じく機体への搭乗を完了したレイタこと、古谷 怜太も返答。

 どうやらどちらも準備完了をしている様だ。


『ドライバー二名とも問題なく準備完了。あとはそっちに任せるぞ』


了解コピー


 無線の周波数チャンネルが切り替わって、ピットウォールスタンドにいる生徒にバトンタッチされる。


『浅桜さんのレースエンジニアは巴月が担当します。今日もよろしくね』


「よろしく」


 無線に応答して、視線を左下に向けると現在の時刻は九時五十五分の表示。

 あと五分もすれば自分はサーキットへと走り出すことになっている。


 昨日の夜にブレーキの調整について話し合ったが、根本的な解決はできなかった。

 一応、システム上でのリミットを設定してもらったが、それも完璧ではないらしい。


(だけど……)


 気にしすぎてもしょうがない。

 そのせいでパフォーマンスが下がりましたと言い訳するのは、三流のやることだからだ。


 早く走りたい。


 走り出してしまえば、否が応でも無駄なことを考えなくて済むから――


『――それじゃあ予定時刻になったから、走行テストを開始します。先に古谷くんが出て、その後に五分の時間差ギャップで浅桜さんが出るって流れだね。あとは事前のミーティング通り、特にエアロパーツと姿勢制御系統、ターンイン時のダウンフォースの調節の確認をしながら、フリー走行をお願いね』


「分かった」


 リコからの無線にセリナが返答すると同時に、隣のピットから気立しい音が上がった。

 レイタの機体が待機状態から解かれ、サーキットへ繰り出していったのだろう。


 少しして、空気を切り裂く様なリアクターの回転音が聞こえる。


 他のクラスも続々とサーキットへと駆け出していっている様で、セリナの目の前を数機が通り過ぎていった。

 遠く聞こえる轟音が、今はとても心地が良い。


 一瞬か、それとも永遠かのように思える時間――


『――それじゃあ、浅桜さんも行こう。アウトラップは内部骨格(フレーム)とブレーキの温度管理をお願いね』


了解コピー


 同時に、セリナはアクセルを踏んでリアクターの回転数を上げていった。

 ガコンと機体肩部のロック機構が外れて、機体が地面へと解き放たれる。


 そのまま速度制限のファンクションボタンを押してピットロードへと機体を滑らし、サーキットを目指して駆け出していった。


 雨の音、観戦に訪れている観客の歓声がセリナの鼓膜を揺らす。

 ピットロードの終わりを告げる白線を跨いだと同時に、セリナはアクセルを踏み抜いた。


「っ!」


 体を貫く加速による強烈なGに顔を歪ませながらも、セリナはさらにアクセルを吹かす。


 まるで全てを置き去りにするように。


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