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グライドフォーミュラー・アカデミア  作者: 夜丹 胡樽
レース前のトラブルは日常の中で
17/46

大人の役目

 同時刻、デルタ・ウルス会議室


「——それで、首尾はどうかね?」


 シンプルな白を基調とした会議室は、窓から入り込んでくる陽の光で嫌に明るい。

 空調で回る風は、整然と並んだ机と椅子の間を抜けて、大澤の横を通り過ぎていく。


 そんな広い部屋の中には、大澤の他にもう一人。

 彼を呼び出した壮年の男性、瀬豪 剛(せごう つよし)のみだった。

 デルタ・ウルスの出資企業、牛牧商事うしまきしょうじの役員にして、アカデミーチームの出資判断などを行っている人物である。


 端的に言えば、大澤の上司に当たる人物だ。


 グレーベースのスーツは運動不足を感じさせる腹回りのせいで、ボタンがピンと張っていた。

 しかし、低く威圧感のある声色と険しい表情が合わさって、五十代半ばという年齢以上の貫禄を感じさせるものとなっている。


 遠く、外へ向いていた視線は、今は大澤に向けられている。

 重々しい雰囲気の中で、大澤は涼しげな表情を浮かべていた。


「現状、大きな問題は起こっていません。当初の予定通り浅桜と巴月もペアを組ませることができました。あとは結果を残せるように、最善を尽くすのみかと」


「……そうか」


 大澤の報告を聞き、大きく呼吸を吐き出しながら瀬豪は言葉を続けた。


「しかし大澤、お前も無謀な賭けに出たものだ。私には到底できぬ賭けだ」


「無謀、ですか?」


 大澤の質問に、瀬豪は頷く。


「あぁ。素人目に見ても、あの小娘二人が成績を残すことは難しい。懸命な経営者であるのならば早期に損切りを行い、別の計画プランに移行しているだろうな」


「確かに……それは、瀬豪さんの仰る通りです。反論の余地もありません」


「であるのなら何故、お前はあの二人に賭けた? どれだけ倍率オッズが高くとも、敗色濃厚の勝負に挑むのは勇者ではなく愚者だ。それはお前も分かっているはずだろう?」


 瀬豪の質問に、大澤は一瞬言葉に詰まる。


 それは、単純な言葉だけでは表しきれない『感覚』の話だったからだ。

 そんな話をすれば、彼は今からでもエースドライバーを古谷に据えてしまうだろう。


 それは、駄目だ。

 それでは彼女たちの『才能』が、大人たちによって潰されてしまう。


 それだけは避けなくてはいけない。


「話は少し逸れてしまいますが、レースで勝つために最も必要なことは何かを瀬豪さんは知っていますか?」


 瀬豪は思考をまとめるために腕を組む。


「ふむ……これはあくまで個人の感覚の話だが、戦略だと考える。例え優秀な人間であっても、無計画な状態では成功を手にすることはできない。あとは、不測の事態に対応する柔軟性や再現性——だが、お前はそうではないと言いたいのだろう?」


「はい。しかし、瀬豪さんの意見は決して間違いではありません。勝利に最低限必要なものですが、あくまでそれらは土台です。勝利に最も必要なものという回答には、役不足だと考えています」


「なるほどな……続けてくれ」


 瀬豪の言葉に頷いて、大澤は続けた。


「故に私は、願望エゴが最も必要なものだと思っています。目の前の相手に勝ちたい、抜かされたくない――そして、自分が一番であるということを証明したい、その気持ちが無い人間に、勝利の女神が微笑むことはないでしょう」


「……ふむ」


 納得したのか、していないのか判然としない返事をする瀬豪。

 一呼吸を置いて、大澤は言葉を続ける。


「それで言えば、特に浅桜はエゴの塊のような少女です。私は今のデルタ・ウルスが最下位脱出に必要なのは、彼女のような人物だと確信しています」


「しかし、ドライバーの小娘は実技試験で協調性に難があるという評価になっていたはずだ。チームの輪を乱す可能性も捨てきれん以上、やはり無謀と言わざるを得んな」


 瀬豪の言葉に、大澤は頷く。


「えぇ、だから巴月と組ませました。彼女であれば、浅桜をチームに溶け込ませるカンフル剤になると考えています」


「……」


 大澤の言葉を聞き、瀬豪は考えるように口をつぐんだ。

 鉛のように重たい沈黙が部屋を覆い、そして考えが纏まったのか瀬豪が口を開く。


「私はレーシングチーム運営のプロフェッショナルではない。故に海外チームでの勤続経験がある君だからこその考えというのものは、理解しきれない部分もある」


 ただ、と瀬豪は続ける。


組織チームを守ることも君の仕事だ。それを理解した上で……リスクも承知での選択だというのなら、私から言うことはない。しかし条件を達成できない時は、分かっているな?」


「はい、僕も含めて、彼女たちもそれを理解した上でレースに臨んでいます」


 彼の言葉に「ならば問題はない。私からは以上だ」瀬豪は言った。


 大澤は頭を下げ、そのまま部屋を出ると、ドッと疲れた表情を見せる。

 毎度のことながら瀬豪への報告は胃への負担が激しい。


「……はぁ、喫煙所どこだっけ」


 大澤は気持ちを切り替えるように大きく息を吐き出すと、静かな通路を歩き出した。

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