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グライドフォーミュラー・アカデミア  作者: 夜丹 胡樽
レース前のトラブルは日常の中で
16/46

違和感の原因

 私と浅桜さん、そしてルカの三人はミーティング終了後にチームガレージへ向かった。


 ガレージは、校舎棟を出て西側に位置している。

 八チーム分の巨大な倉庫が並んでいて、その見た目は港のように見える。

 徒歩での移動は結構時間がかかるから、私たちは校内で自由に使える電動自転車をレンタルしてから向かった。


「それで、なんで東雲もいるんだ?」


 そんな私たちが搬入用の大扉の横にある小さい方の扉を開くと、明らかに不満そうな表情を浮かべるカガコーがいた。


 周りには整備科の生徒が忙しなく動いていて、なんだかピリッとした空気感だ。まあそうなるよね、と思った私は事情を説明することにする。


「ルカが『我が愛しのリコちを、カガコーとかいう性欲魔神の元には行かせられん!』って言って聞かなくて……エアロパーツの調整についての意見もできるから良いかなって思って、それで連れて来ちゃった」


「てへ、来ちゃった」


 私の説明に、カガコーは呆れたように息を吐き出した。


「何でも良いが、大人しくしてろよ? 転んで怪我とかしたら、反省文を書かされるのは俺たちなんだぞ?」


「えー、何でうちだけ歓迎ムードじゃないのさ?」


 カガコーは息を吐き出しながら、これ見よがしに大きく肩を落とす。


「巴月と浅桜はともかく、ちんちくりんのお前が居てもテンションは上がらん。理由は単純にして明快だろ?」


「はーい、カガコーをぶっ飛ばしまーす。ふんすっ!」


「ぅぐあッ⁉︎」


 持ち場に戻ろうと身を翻したカガコーの脇腹に、ルカの正拳突きがヒットする。


 思わぬ場所にパンチが炸裂したからか、カガコーはうめき声を上げながら膝を地面につき、手に持っていたスパナを地面へと落とした。

 カラーンと甲高い金属音が広いガレージの中を反響する。


「ありゃ? またうち、なんかやっちゃった系ですか?」


 見事な正拳突きを放ったルカは、カガコーの思わぬ反応に不思議そうな表情を浮かべていた。


「だ、大丈夫⁉︎」


「……ッてて、筋トレをしていなければ即死だった」


 私が駆け寄ると、脇腹を押さえながら立ち上がる。

 よかった、この時期に怪我するとかシャレにならないし……。


「む……あの攻撃を受けても立ち上がるとは、そなたも中々よの」


「東雲さんが自分のパンチの威力に意外そうな顔をしてたの、アタシ見てたよ」


「セリナちさぁ、そう言うのは言わん約束じゃね?」


「その前にルカは謝りなさい。ほら、ごめんなさいして?」


「それは無理な話ですぜぇ、リコちぃ? カガコーに頭なんて下げた日には、それをネタに何されるか分かんないし」


「……俺のことを何だと思ってるんだ」


 そんな雑談をしていると、痛みから立ち直ったらしいカガコーが呆れながら言った。


「不意打ちだったが、それを加味しても腰の入った良い正拳突きだった。東雲にはそのお礼に、頭ぐりぐりの刑を与えよう」


「無理。バカに触られたらバカがうつる」


「筋肉バカは良いが、ただのバカは普通に傷つくぞ⁉︎」


 再び口論を始める二人に、浅桜さんが呆れたように大きく息を吐き出した。


「雑談はもういいから、ガレージを案内してくれない? 時間はあるけど、全員暇じゃないんだからさ」


「おっと、そうだな。東雲のせいで危うく忘れるところだった」


 浅桜さんの言葉に、カガコーはハッとした表情を浮かべて「こっちだ」と、私たちをガレージの奥へと通してくれる。


 ガレージの中では、カガコー以外の整備科の生徒たちが明日のフリー走行に向けて忙しなく動いていた。

 金属の擦れる音と、整備科の男の子たちの声はまるで工場の中のような騒がしさを想起させる。


「これが浅桜の乗る『DEU・23アルファ』だ」


 ガレージの奥で、整備用吊棚ハンガーラックに吊るされている機体の前で立ち止まる。


 四メートル近い人型の機械――そう表すのが最も近い。


 シミュレーションの時と同じ白を基調にしたエアロパーツには、差し色のように黒いラインが稲妻のように走っている。

 そんな白地のパーツには、スポンサードしてくれてる企業のステッカー類が貼られていた。


 この一台を作り上げるのにどれだけのお金が……考えるだけでもゾッとしてしまう。


 ただ、今は整備中だからか、関節部分や胸部の一部の装甲は取り外されてていた。

 隣で同じように吊るされているのは、もう一人のドライバーである古谷くんのものだろうか?


「それで、カガコーは何についてのアドバイスが欲しいの?」


「それなんだがな……ちょっと待っててくれ」


 私がカガコーに尋ねると、慣れた手つきでカガコーは棒梯子ラッタルを上がっていく。

 そのまま整備用の小さなハッチを開くと、ガコンと何かが作動する音が聞こえた。


 同時に、マシンを覆っていたエアロパーツが、モーターの回転音と排気音と共に浮き上がっていった。

 しばらくして内部の真っ黒なフレームが剥き出しになった、少し寂しい状態に変化する。


「よし、これでいいな」


 カガコーはそう呟くと、ラッタルの途中から飛び降りて私たちの方へ向かってくる。


「大きな問題じゃないんだけどな、どうしても解決し切れなくて――」


「こりゃフレームに問題がある感じかぁ?」


「――まあ、そうだな。東雲の言う通りフレームの調整と……あとは実際に見てもらった方が早いか」


 言葉の途中で、ルカが割って入るように言った。

 現在抱えている問題を言い当てられたことに驚きながらも、コクリとカガコーは頷く。


「せっかく浅桜もいるし、コクピットに入って操縦してもらうことはできるか? 口頭だけで伝え切るの難しいからさ」


「分かった、機体接続用にヘルメットだけ借りても大丈夫?」


「あ、浅桜さんこれ。そこに置いてあったやつだけど……」


「ありがと」


 カガコーの提案に浅桜さんは快諾しながら、マシンの方へと歩いていく。

 近くに置かれていたヘルメットを私が手渡すと、慣れた手つきで被った。


 と、被り終わったところで私たちの方へ浅桜さんが振り返る。


「ねぇ、これ臭いんだけど」


「あぁ……そこに置いてあったやつだったら、俺が確認用で被ってるやつだからな――って、被り終わったら消臭剤を使ってるはずだから、臭くないはずだが⁉︎」


「カガコーが使ってたってだけで、もっと嫌な気分になった……吐きそう」


「お前ら、俺にだったら何を言っても良いと思ってるだろ⁉︎」


 浅桜さんのゲンナリとした様子に、カガコーは涙目を浮かべながら絶叫する。


「セリナち大丈夫? バカは匂いでも移るらしいし、本当にゲロ吐きそうなら新品持ってくるけど?」


「大丈夫。流石に吐きそうは冗談だし……吐きそうになる以外、はね」


「一体俺が何をしたってんだ……まあいいや、ちょっと待てよ。今マシンを座らせるわ」


 肩で大きく息を吐き出しながらカガコーが手元の端末を操作すると、マシンが立った状態から片膝を付いた状態に体勢を変える。

 それを確認すると、浅桜さんはラッタルを駆け上がっていき、背中部分が大きく開いた搭乗口に滑り込んだ。


 浅桜さんの搭乗を待っていたように、背部と浮き上がっていたエアロパーツが閉じていく。

 その状態にならないと『NDCS』とドライバーを接続できないから、私たちは静かにその様子を眺めた。


『準備できたけど、これでどうすればいいの?』


「軽く動けそうか? 特に膝関節と足首の部分を動かしてくれると助かる」


 浅桜さんの声に、カガコーは大きめの声で返答をする。

 それに返答するように、浅桜さんはマシンを動かし始めた。

 関節部はモーターの駆動音を響かせながら動き始める。


「どうだー? 一応貰ったデータ通りに調整はしたんだが、何か不自由はあるか?」


『んー……まあ、今のところは違和感とかはないかな。思った通りの動きはできてるし、これに乗れって言われても、いつも通りのレースはできそうだけど』


「……あっ」


 カガコーと浅桜さんの会話を横に流しながらその様子を見ていた私は、思わず言葉が出てくる。


 それはここ最近、浅桜さんのデータと分析を行っていた成果だった。

 多分、カガコーが私たちを読んだ理由はこれだろう。


「浅桜さん、できる範囲で構わないんだけど、レイトブレーキをした時の姿勢ってできるかな? 特にコーナーを曲がる時の姿勢を再現してほしい」


『ちょっと待ってね。こんな感じかな……っ!』


 私が言うと、浅桜さんはマシンを普段よりも少しだけ沈み込ませる――同時に、微かな擦過音がガレージに響いた。

 鈍い高音、パーツ同士の干渉……?


 視線を音の方に向けると、腰関節のエアロパーツが接触していた。それは数ミリの接触だが、それでも大きな問題だと言えるだろう。


「これってエアロパーツの干渉、だよね……?」


「やっぱりか……」


 カガコーは顎に手を当てながら、納得したように大きく息を吐き出す。

 まるでそれは、この事態を予見していたような素振りだった。


「ここ二日間のシミュレーション見てる時に感じた違和感は、やっぱ間違ってなかったか。レイトブレーキの時に浅桜がいつもよりも深い姿勢をしていたから、もしやと思ったんだが……嫌な予想ほどよく当たるな」


「はぇ、これはうちの設計にミスがあった感じかなぁ? シミュレーションの時は他の音もあったから気が付かんかったわ、ごめん」


「ううん、ルカのせいじゃないよ。多分、浅桜さんのレイトブレーキ時の姿勢制御のやり方が影響してるんだと思う。あまりに限定的な状況だから、データを共有しないようにしてたんだ。ミスがあるんだとしたら私の方だよ」


 私たちが口々に思ったことを言っていると、浅桜さんはマシンを元の姿勢に戻していた。再び鈍いモーターの駆動音が響く。


『ねぇ、一旦戻った方がいい?』


「そうだな。確認したいところは確認できたから、浅桜もこっちに戻ってきてくれ」


『分かった』


 すぐに浅桜さんがマシンから降りてきて、私たちの方にヘルメットを脱ぎながら歩いてきた。

 浅桜さんが、脱いだヘルメットをカガコーに渡すと、彼は快活な笑みを浮かべる。


「助かったぜ、浅桜」


「アタシにも必要なことだったから大じょ……いや、助かるって別の意味じゃないよね?」


 浅桜さんの言葉に、ルカがギョッとした表情を浮かべる。


「カガコーさん、流石にそれはうちでも引くわぁ……」


「なぁ、マジで泣いてやろうか⁉︎ 男のマジ泣き見せてやろーか、あぁ⁉︎」


 すでに涙を浮かべるカガコーに、浅桜さんはイタズラっぽい笑みを浮かべる。


「冗談よ。流石にそんな男だと思ってないし」


「泣けてきた。優しさと罵倒の温度差で風邪引きそうだ……」


「そ、それで調整はどうしようか? これって明日までに改善はできるのかな?」


 逸れた話題を軌道に戻すために、私はカガコーの方へ話を振る。

 私の言葉に彼は「うーん……」と少し言葉を詰まらせた。


「どうだろうな。ぶっちゃけ可動域を変えるだけで済むから問題はないが、そこを弄っても問題ないのか? その結果、空力性能が下がったら元も子もないだろ?」


「んー……あくまで頭ん中で計算しただけだから何とも言えないけど、セリナちの実力的にはそんなに問題ないと思う。姿勢制御だけで対応し切れる範囲だと思うけど。まあ、不安なら弄らずにいた方がいいかなぁ」


「浅桜的にはどうなんだ? ブレーキングの邪魔になるようだったら、出来るだけ改善をしようと思うが……」


 カガコーの言葉に、今度は浅桜さんは「うーん……」と思案する。

 ここで議論を止めてもしょうがないと思って、私は発言することにした。


「普通に走る分には、特に問題とかは発生してないんだよね?」


「あぁ、各種関節部分のエアロパーツの干渉が無いかは確認済みだ。レイトブレーキの時以外は、しっかりとパーツ同士が干渉しないようになってる」


 カガコーがグッと親指を立てて、自信満々に断言してくれる。

 なんとも頼もしい。


「そったら、システム科の方に頼んで、関節の可動部分に制限(リミッター)を設けてもらうかだねぇ。システム科の人たちには申し訳ねぇけど、そんくらいならすぐ終わるだろうし」


「そうね、これが原因で事故に繋がったら元も子もないわ。多分だけど、合同シミュレーションでの事故(クラッシュ)はこれが原因の可能性も捨て切れない」


「それに関しては完全に私のミスだね……ごめん、浅桜さん」


 頭を下げると「別に、もう過ぎたことだから気にして無いよ」と言ってくれる。


「今、巴月さんと立てている作戦は、前みたいにガンガン攻めていくスタイルじゃなくなっている。それを考えたら東雲さんが提案してくれた、リミットを儲ける方が良いかな」


「まあ、セリナちがそれで良いんなら……リコち的にはどうなの?」


「うん。浅桜さんが大丈夫なら、それで問題ないかな。浅桜さんが言ったように、今の作戦は、予選で好順位を取って、ピット戦略で順位をキープするようにしてるから」


 ルカの言葉に私は頷きながら自分の考えを言った。

 私としてもレイトブレーキはここぞという場面に取っておいて欲しいと思っていたし。


 ただ内心は驚いていた。

 それは、明らかに得意としているレイトブレーキの使用頻度が下がってしまうということをあの浅桜さんが迷いなく了承したからだ。


 そんな私たちの様子を見て、カガコーは満足そうな表情を浮かべる。


「おっしゃ、そしたらとりあえずはシステム科の方に相談してみるわ。時間取らせて悪かったな」


「全然大丈夫。この件を踏まえて作戦も練り直せるし、むしろこのタイミングで知ることができてよかったよ」


「そうね。アタシの方も感覚的にやってしまっているから、明日のフリー走行で修正しないといけないけど、まあ多分どうにかなるわ」


「んじゃ、他に気になることがなければ一旦帰りますぅ? うちらがいたら整備の邪魔になるだろうしさ」


 ルカがカガコーに尋ねると「今のところは大丈夫だ」と笑みを浮かべている。

 そしたらこれ以上長居する意味はないからと、私たちはガレージを後にした。


 外に出ると、空はすっかり夜の闇に沈んでいた。


 明日は一日雨の予報だ。普段ならどんよりとした気分になるけど、今は違う。


 ついに始まるんだ。


 待ちに待った一年生レースが。


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