浅桜 芹奈の原点
勝者が太陽だとすれば、敗者は真昼の星に似ている。
陽の光に勝てず青空の中に沈んでしまうからだ。
しかし、真昼でも見える星がある。
それは太陽ではないからこそ、人々の記憶に鮮烈なものとなって残り、歴史に名を残すものになるだろう。
私はそんな神秘的な光を『天才』と呼んでいる――
――大澤 亮太 自伝『奇跡の絡繰』より一部抜粋。
原点は、五歳の時に父さんに連れられて行った現地観戦。
『優勝です‼ ニュースズカ・グランプリのチェッカーフラッグに選ばれたのは、日本人初となる快挙を達成した――』
スピーカーから流れるのは、興奮を抑えきれない実況の声。
同時に湧き上がるのは、地鳴りのような大歓声と、それを掻き消すほどの甲高い超電磁機構の回転音。
グライド フォーミュラー・1。
それは機械仕掛けの巨人たちによるサーキットレース。
かつてのフォーミュラレースを飲み込む形で進化したそれは、現在『世界で最もイカれた人間を決めるサーキットレース』となっていた。
全高三・九二メートルの無機質で洗礼された機体が『特殊な地面』を滑走しながら、平均時速二百キロ越える世界で鎬を削る。
何十周とサーキットを周回しながら、コンマ一秒以下の世界で戦うレースだ。
直線区間では殺人的なまでの加速と轟音で目の前の敵へ追い縋り、コースアウトをするのではないかという勢いのまま、複雑なカーブ群を鮮やかに曲がっていく。
前の相手を揺さぶるステップフェイントを刻み、それを無機質な剛腕と健脚を使って進路をブロッキング。
驚異的な速度の中で一歩間違えば死がチラつくほどの速度の中で、己が最速であることを証明する。
まさに、狂気。
そして、サーキットを包み込む熱狂。
『最速の方程式は僕らをいつだって熱くさせる』
それは今でも耳に残っているコマーシャルのキャッチフレーズ。
子供心に繰り返し聞いていたからか、今でもたまに思い出すほどだ。
そんな熱狂と興奮の中で、気が付けば自分も『熱狂』に飲まれていくのがわかった。
脳が痺れるような興奮が、普段なら鬱陶しい頬の熱を感じさせない。
気がつけば母親の膝の上から飛び出していた。
目の前で繰り広げられる熾烈な戦いに心は奪われ、父と共にオーバーテイクがある度に盛り上がり、レースが終了したときには喉が張り裂けるほどの歓声を上げていた。
凱旋の一周。
先頭で走っていた黒基調のマシンは高らかに腕を上げ、観客から送られる熱い声援に応える。
その人が日本人初となるグライドフォーミュラー・1での優勝者だと知ったのは、実際に機体に乗り始めた頃だった。
誰が凄いとか、速いとか、強いとかも分かっていない。
だからこそ思った。
(いちばんって、どんななんだろ)
純粋にそう思った。
(あんな風になりたい……!)
幼いが故の純真さは、同時に胸が灼けるほどの夢へと変わっていた。
あそこに行ってみたい。
あそこで戦ってみたい。
そして――
(――あそこで『いちばん』になりたい!)
それがアタシ、浅桜 芹那というドライバーの原点だ――