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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

生きはよいよい。還りはこわい。

作者: 舞木百良

 ザっザッザッ。

 雪の積もった階段を1段1段踏み外さないように上っていく。

 辺りは一面銀世界。その辺の雑草も木も白く輝く雪の羽織を着ている。

 明かりは所々にある燈籠(とうろう)のみ。足元はほとんど見えない。

 俺は長く続く階段を友人のアイツに続いて歩いていた。

「まだ着かないのかよ。その神社とやらには……」

 俺が白い息を吐きながらそう話しかけると、アイツは振り返り階段の先を指差しながらニコッと笑った。


「もうすぐだよ。大丈夫、もうすぐだから」


 マフラーも手袋すら着けていないアイツの肌は、暗い中でも分かる程真っ赤になっていた。

 なんで何も着けて来なかったかは俺にも分からない。

 神社に行くことを最初に提案してきたのはアイツだ。そして、行く神社を今向かっているところに決めたのも。

 今向かっている神社は人気(ひとけ)がないわりには、願いが叶うと有名な神社らしい。ネットで調べてみたが、そんなことが少なからず書いてあった。


「着いた」


 そんなアイツの声で俺が顔を上げると、確かにそこには神社の本殿が見えた。

 ろくな明かりもなく、辺りは見渡す限り真っ白な神社は神聖を通り越してどこか不気味にさえ思えた。

 神社に1歩足を踏み出すと、雪はそこまで積もっていなかったのか、石畳であろう硬い感触が足裏を撫でた。

「こんな神社があったなんてな。人は居ねぇが…」

「まぁ、人ばっかりいる神社に行くよりかはマシかなって思って。この時間はもうどこも人だかりが出来てるだろうし」

 アイツがそう言い、俺はスマホで時間を確認するともうすぐ日をまたぐというくらいの時間だった。

 誰もいないからかもう少し早い時間だと思っていたが、そんなことはなかったらしい。

 もうすぐ1年が終わり、新しい1年になる。そう思うとなんだか感慨深い。

「ねぇ、先にお賽銭しにいこうよ。ありがとうございました、ってさ」

「あぁ」

 アイツの提案で俺達は神社の本殿へと足を踏み出した。

 山の上の方だからか町にいたときよりも一段と寒く、俺はマフラーに顔を(うず)めた。

 本殿は思っていたよりも立派で、綺麗に手入れがされている。雪は積もっているが、埃はほとんどなさそうだ。

 人気がないと聞いていたから、もっとボロい神社を想像していたが、そんな心配もなかったようだ。

 俺とアイツは賽銭箱に小銭を投げ手を合わせる。


(今年も1年お世話になりました。っと)


 白い息を吐いて目を開けたが、アイツはまだ祈っていたようだ。寒いのか手が震えている。

 眼鏡の隙間から長いまつ毛が持ち上がるのが見えた。

 アイツはこっちに気が付くとニコッと笑った。

「じゃあ階段の方に戻ろうか。こっちよりもあっちの方が明るいし」

「あぁ。そうだな」

 俺を先頭に階段の方へと歩き出すと、アイツがどこか弾んだ声でこちらに話しかけてきた。


「ねぇ、少し昔話してもいい?」


 俺は別に断る理由もなかったため無言で頷くと、アイツは「ありがとう」と言って話し出した。

「僕たち、中学生のときに出会って、そこからずっと一緒にいるよね。高校も大学も一緒で、君が引っ越して来てから家も近いし」

 確かにな。と思いながら、振り返ることなく俺は足を進める。

「僕ね、君が来てから人生が変わったんだ」

 そこでアイツの足音が消える。

 俺は何事かと思い振り返ると、アイツは俯いて俺の真後ろにいた。

「うわっ!」

 俺は驚いて声をあげたが、アイツは微動だにしなかった。

 そして、アイツは顔を上げると俺がアイツの出せると思っていた音域よりも低い声で俺に言い放った。


「もちろん。悪い意味で……」


 俺はアイツを見て固まってしまった。

(アイツは今なんて言った?悪い…意味……?)

 俺が何も言えずにいると、アイツはいつものようにニコッと笑うと、そのまま俺の周りを歩き出した。


「君が来たのは中学3年生のときだったね。君が僕に最初に言い放った『マジメくんじゃん、息の抜き方とか知ってる?』って言葉、君にとってはただ僕を心配していたのかもしれない。でもね、その言葉のせいで僕は色々被害(こうむ)ったんだ。だから勉強も手に付かなくなって、志望していた高校にも行けない程成績が下がったんだよ」


 そう言うと、アイツは俺の後ろから顔を覗き込むようにして笑った。

 まるで、全部お前のせいだ。と言うように。


「だから、君とは高校も大学も一緒。そのせいか、僕が恨んでいる君からは友人だと思われていた。でも、そのおかげで色々と簡単だったよ」


 何が?という言葉が口から出る前に、アイツは俺の前に立って俺の肩を掴んだ。そして、ゆっくり俺を前に押していく。階段の方に、ゆっくりと。

 アイツはそれ以上何も言わなかった。

 それが俺の恐怖を加速させた。

 人っ子1人いない山奥で、友人だと思っていた奴に衝撃の告白をされた。そんな状況で恐怖しない方がおかしい。

 俺のかかとが少し宙に浮いた。階段まで来たんだ。俺は恐怖と絶望で身体が動かなかった。

 そんな俺に向かってアイツは、また笑った。


「ねぇ。『行きはよいよい。帰りはこわい』って言葉、知ってる?『とおりゃんせ』っていうわらべうたの歌詞なんだけどね。『行きは良いけど、帰ることは難しい』って意味なんだ」


(だからなんだよ!)

 そう思う俺の考えなんてお見通しと言うように、アイツは笑ったまま俺を見ている。


「この言葉って音だけで聞くと、『生きることは良いけど、土に還ることは難しい』とか『土に還るのは怖い』ってことに思えない?」


 ヒュッ。と俺の口から息とも声とも取れないような音が漏れる。

 怖い。今この状況、目の前にいるアイツが。

 ガクガクと身体が震え出す。

 そんな俺を見て、それが見たかったと言うようにアイツは一層明るく笑った。


「あはははっ!それ!僕が感じていた恐怖はそれだよ!でも、君とは違って……」


 そう言うとアイツは俺を軸にしてクルッと回り、身体を宙に浮かせた。

 アイツは階段から足が離れている。そのまま俺の肩から手を離した。

 俺は思わずアイツに手を伸ばすが、あとちょっとというところで俺の指先とアイツの指先が掠った。


「僕が怖いと思っていたのは生きることだけど……」


 俺に聞こえるか、聞こえないかという程の微かな声でアイツは呟くと、闇が口を開けた階段の下へと落ちていった。

 ドンッ。という音の後にゴロゴロと転がり落ちるような音が聞こえ、やがて静かになった。

 俺はその場に崩れ落ちた。そこからの記憶はない。

 1月1日、午前0時頃に起こったことだった。

※わらべうた『通りゃんせ(とおりゃんせ)』参考・一部引用

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