第22話 白雪凛視点
(やっぱり、思った通りでした!)
黒瀬さんが話したいとのことだったので、わざわざ時間を作った甲斐があった。
あの素直でない黒瀬さんが感謝してくるなんて、なかなかいい気分。
以前、友達の話という体でもっと私と話したいというお誘いがあった。
おそらくお砂糖シュガーの話をしたいのだろうと予想して今回の機会を作ったけど、予想は完璧に的中した。
それは黒瀬さんの「察して機会を作ってくれたんだろ?」という発言からも明らか。
よく分かってる。黒瀬さんの以前の発言から本音を読み取ったんだから。
私の察しの良さが無ければ、こんな機会絶対起こらなかったと思う。
(ふふふ、黒瀬さん。私の察しの良さに感謝するんですね)
心の中で胸を張る。鈍感な人だったら絶対、気付けない。あんな遠回しな誘い方、私以外だったらスルーされていたに違いない。
まあ、結果としては、黒瀬さんの話を聞けて良かったのだけれど。
楽しそうに話す黒瀬さんは、なかなかにいい表情だった。いつもの腐った目とは違うきらきらとした瞳は未だに見慣れない。
よくあそこまで私の絵について話せると思う。10分くらいかと思ったら、気付けば30分経ってたし。
次々と出てくる褒め言葉。どれもこれも私の絵をよく見ていることが伝わってきた。本当に、好きなんだなって思う。
直接聞くのは、ちょっと恥ずかしいけどやっぱり嬉しい。なかなか直接聞く機会がないから余計に。
(……っていけない)
未だに30分も聞かされた余韻が抜けていない。思わず熱くなりかけた顔の熱を振り払う。そっと目の前でいい子に座ってるアルフを撫で回す。
凄く人懐っこいし、可愛い顔をしていて、本当に黒瀬さんが飼ってるのか疑いたくなる。
「本当に犬が好きだよな」
隣で私の方を見ながら黒瀬さんが呟いた。
「アルフはいい子ですからね。本当に黒瀬さんが飼っているのか疑いたくなります」
「どういう意味だよ」
「黒瀬さんが飼ったら、わがままな暴れん坊になりそうです。はっ、まさか、アルフが可愛すぎてどこからか盗んできて……!?」
「お前じゃねえんだから、盗むかよ」
呆れたような声が突き刺さる。失礼な人。私だってそのぐらいの分別はある。
「私だって盗みませんよ。アルフは可愛すぎて、お持ち帰りしたくなりましたけど」
「あげないからな?」
「今ならシュガー先生のサインを付けますよ?」
「……っだめだ」
迷うように視線を彷徨わせる。残念、いい交渉だと思ったんですけど。私が文字を書くだけですし、お買い得というやつです。
「そこまでして他人の犬を欲しがるとか好きすぎないか? ちょっと引く」
「……あなたにだけは言われたくありません。シュガー先生のことを好きすぎでしょう?」
「好きって程度じゃない。崇拝してるんだ」
真顔で馬鹿なことを言い始めた。なんですか、崇拝って。神様とでも?
どうやら、ドン引きしてることが顔に出てしまったようで、黒瀬さんはふいっと顔を逸らす。
呆れてため息が出た。
(まったく、いざって時はあんなに良い人なのに……)
どうして、こう、残念なのか。普段からもうちょっとシャキッとしていれば、それなりに見えるのに。
スポーツ大会での黒瀬さんの活躍を思い出す。
あれはあまりに意外で、予想外で、全く考えてもいなかったことだった。なぜか自分でも分からないけど、ちょっと泣きそうになった。
わざわざ一位を取ってくるなんて。
確かに、ぽろっと出れないことが残念だとは口にした。
期待してくれていたのに、出れないせいで周りに迷惑をかけてしまったことが辛くて、ほんの少しだけ思いを吐露した。
でもそれはあくまで愚痴みたいなもので、つい緩んで出てしまった言葉であって、何かを期待して口にしたわけではなかった。
だけど、黒瀬さんはそんな私の気持ちを知ってか知らずか、一位を取ってきた。
私がいなくても大丈夫だったと示してくれた。
本当にずるい人だと思う。
彼は別に私に好意を抱いているわけではない。
むしろ、苦手な部類に入っていると思う。異性として見ているような視線を感じたことはないし、話しかけると決まって、ちょっと顔を引き攣らせている。
別に苦手なら苦手で全然構わない。そう思ってこの10年を過ごしてきたわけだし。
でも、それなら普通は放っておいて助けようとなんてしないはずなのに、なぜか決まって困った時だけ助けてくれるのだ。
さらっと。自然に。知らないうちに。
本人は助けてる意識はないようで、お礼を言っても否定してくる始末。こっちはこんなに助けられているのに。
スポーツ大会の時だけじゃない。その前の委員の仕事も。怪我で交代してくれたり、苦手な男子の意見を集めてくれたり。
その前には秋口さんに詰め寄られた時に助け舟も出してくれた。さらにその前にはお母さんの形見のネックレスも。
どれだけ感謝しても、し足りない。
彼が望むなら、シュガー先生の話を聞いてあげよう。そのぐらいならいくらでも聞いてあげられる。
それが私に出来ること。苦手なのに助けてくれる、ちょっと変わった残念な男の人。そんな彼に出来る私の恩返し。