第20話 繋がり
スポーツ大会が終わり、週を跨いだ。流石にあの時の熱気の気配は完全になくなり、いつもの日常に戻っている。
白雪と仕事をした奇妙な3週間だったが、あれから白雪との接触はない。足首の怪我のせいか、サポーターをつけてる姿を見かけたくらいだ。
「ふへへへへ」
「そんなににやけてどうしたのかね?」
教室でスマホを見ていると、大翔が訝しむように眉を上げた。おっと、いけない。
「見てくれよ。とうとうバズったんだ」
土曜日に投稿した俺のイラストに付けられたハートの数。その数8000。リツイートも1200近くされている。
長かった。本当に長かった。師匠と絵の修行を始めて1ヶ月半。バランス感覚を養う基礎練習を終えて、久しぶりに完成した絵を投稿した結果がこれだ。
きてるぞ、俺の時代。まだまだ師匠やシュガー先生には程遠いが、ようやくスタートだ。
「おお、凄いではないか。ずっと頑張っていたものな」
「ようやく基礎技術の練習が終わったからな。ここから絵を描きまくるつもりだ」
今回がたまたまかも知れないので、引き続き練習は続けていく。まだまだ俺の理想の女の子には程遠い。
「確か白雪さんと張り合うために始めたのであったよな。もう見せるのかね?」
「いや、もう少し先だな。ここから何度もバズらせてフォロワーを増やしてから自慢してやる」
「なるほど」
「今は、3000人くらいだから、目標は10000人だな」
「なかなか先は長そうであるな」
確かにまだまだ足りていないが、白雪の驚く姿を想像すれば、全然苦じゃない。あっと驚くあいつの顔が見ものだ。
まだ師匠には伝えていないので、放課後教えてあげよう。なかなか結果を出せていなかったから喜んでくれるに違いない。放課後が楽しみだ。
「黒瀬さん、少しいいですか?」
聞き慣れた淡々とした声が届く。顔を向けると、綺麗な黒髪を揺らす白雪が立っている。なんとなく警戒してしまう。
「どうかしたか?」
「アルフの散歩って黒瀬さんが毎日してるんですか?」
「アルフ? ああ、そうだけど」
「何時ごろに?」
「最近だと6時とかだな。あ、でも明日は早めに帰らないといけないから、5時ぐらいにするな」
「なるほど」
ふむ、と頷く白雪。いや、何が「なるほど」なんだよ。突然なんなの? 意味わからなさすぎて疑問符しか頭に浮かばない。
「なんでそんなこと?」
「いえ、なんでもないです」
首を振り、それ以上答える気はないらしい。俺から視線を切って、隣の大翔に目を向けた。
「成瀬さん」
「は、はい!」
声を上擦らせて、背をピンと伸ばす。挙動不審すぎてもはや不審者のレベル。
「せっかく応援してくださったのに、出れなくなってすみません」
「い、いえ。足が治ったみたいならよかったです」
そう言って大翔は白雪の足首に目を向ける。確かに堂々と立っているし、足首のサポーターも無くなっている。
白雪は「気遣って下さり、ありがとうございます」と告げて去っていった。
嵐のような一幕だった。あまりに突然すぎて頭が回らない。質問も訳わからないし。
そっと隣を見ると、大翔は「はぁ」と恍惚な表情を浮かべている。うん、18禁。
「おい、顔を早く戻せ。流石にきもい」
「おっと。危ない。天に召されるところだった。それにしても一体なんだったんだろうか?」
「それな。結局よく分からなかったし。あれじゃあ大翔を喜ばせただけ……」
そこまで言いかけて気付いた。ああ、そういうことか。
俺の頼みを聞いて、わざわざ大翔と話す機会を作ったのだろう。なんだ、意外とサービス精神のある奴じゃないか。
無愛想なイメージしかなかったが、良いところもあるらしい。
ちょっとだけ白雪を見直した。
♦︎♦︎♦︎
放課後になり、早速とばかりにスマホを取り出して、師匠には見せる。
「秋口、これ見てくれ」
「え、なに……って、え!?」
師匠はその吊り目の瞳をまん丸に見開く。何度も見直して確認してる。
「とうとうバズったんだ。まだちょっとだけだが」
「それでも凄いわ」
「これも秋口のアドバイスのおかげだ。いつもありがとう」
「気にしないでちょうだい。私はちょっとしたアドバイスをしかしてないわ」
いつも通りのすげない返事。
毎度感謝を伝えているが、師匠は謙遜ばかりしている。もう少しこの気持ちを受け取ってほしいのに。
師匠のアドバイスは普通の人とはまったく違う。先の先を見通したアドバイスなのだ。
一見ネットでよく見るようなアドバイスであっても、師匠の場合は二重にも三重にも意味を持っている。しかもそれをこちらに伝えず、気付かせる形で教えてくれるのだ。
まさに、最高の師匠である。
「これは白雪さんに見せたのかしら?」
「いや、まだだな」
「そう。最近よく話しているみたいだから仲良くなっていると思ったのだけれど」
「まさか。委員の仕事が一緒だっただけだ。見返したい気持ちに変わりはないぞ。まあ、最近ちょっとだけ向こうの当たりは弱くなった気もするが」
わざわざ大翔に声をかけたあたり、多少柔らかくなったのかも知れない。まあ、未だに振られてますけどね?
俺の言葉を聞いて僅かに秋口の瞳が輝かせる。
「あら、そう。見返したい気持ちに変わりがないようなら何よりだわ。そしたら、まだまだ修行は続けるわよ」
「もちろん頼む。もっと上手くなってから見せて驚かせてやる予定だしな」
「いい心がけね。これからも放課後の修行を仲良くやりましょう」
やる気に満ちた表情の秋口。ここまで生き生きと言われるとこっちも気合いが入る。師匠、いつまでもついていきます!
「あ、これ、返すわね」
秋口が俺のスマホを返してくる。受け取ると、ツイッタの通知が来ていることに気付いた。
流石に投稿してから2日が経ったので、投稿した時ほど通知は来ていない。何気なく通知を確認すると、『お砂糖シュガーにフォローされました』の文字が表示されていた。
「!? ど、どうしよう、秋口!」
「え、な、なに」
「シュガー先生からフォローされた!」
「シュガー先生って、黒瀬くんがいつも憧れてる人よね?」
何度見ても見間違いじゃない。見慣れたアイコン画像。アカウントを確認してみれば、30万人のフォロワー。100%本人だ。
手が震えて止まらない。やばい。まじか。まじなのか。
「ちょっと、落ち着きなさい。凄い震えてるわよ」
「こ、これが落ち着いてられるか。夢かもしれん。秋口殴ってくれ」
「馬鹿なのかしら」
軽蔑の視線を向けてくるあたり、これは現実に違いない。俺、明日死ぬのかな。
シュガー先生はフォローしている人が2,000人ほどいるし、決してフォローしない人ではない。
だが、自分がされるなんて。今だけはきっかけをくれた憎き白雪に感謝してもいい。絵を描き始めてよかった……!
どうやら自分のフォロワーのリツイートで見つけてくれたみたいで、ハートとリツイートをしてくれていた。
推しに認知されるとかもうまじ神。何度も通知を見て確認してると、ピコンッとさらに通知が来た。
『シュガー先生からメッセージが届きました』
咄嗟にDMを確認する。絵が可愛くて思わずフォローさせて頂きました、と表示されたメッセージが届いている。
「ど、どうしよう、秋口。今度はメッセージまで届いた!」
「え、ほんと!? よかったじゃない」
「こんな都合のいいことが起こっていいのか? 夢かもしれん。秋口殴ってくれ」
「だから、馬鹿なのかしら?」
あ、うん。この軽蔑の視線は現実ですね。
もう一度、表示されてるメッセージに目を向ける。よくある挨拶の提携文ではあるが、俺の絵が褒めてもらえたことは素直に嬉しい。
推しに褒められるとか、どこのサービスですか? 今ならいくらでも払いますよ? ぼったくりでもいけます。なんなら腎臓を売る覚悟です。
「どうしよう。なんて送ったらいいと思う?」
「普通にフォローありがとうございます。でいいんじゃないかしら?」
「そ、そうだよな……」
不思議そうに秋口は首を傾げているが、憧れの人に送るのは緊張するに決まってる。
文字を打ち込み、ぷるぷる震える指先でなんとか押し終えた。
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