第13話 誤算
師匠から絵を教わるようになって3週間が過ぎだ。
幸いなことに白雪と関わることはなく、平穏な日常が進んでいる。七海も俺が絵の練習をしていることは秘密にしてくれているようで、白雪にバレた様子はない。
このまま成長して圧倒的な上手さでイラストを見せつけてやれば、俺のことを尊敬するに違いない。
きらきらとした視線で俺のイラストを見つめる白雪の姿。あ、いいな、それ。
くくくっ。その姿を想像するだけでやる気が満ち溢れるぜ。
七海からの提案でツイッタに絵の投稿も始めた。
元々見る専で使っていた趣味垢で始めたので多少のフォロワーもいて、少しずつフォロワも増えている。
白雪ならフォロワの数でも偉大さが分かるはずだし、フォロワの人数も増やしていきたいところ。
ただ問題は。
「……全然ダメだ」
放課後の教室で、描きあげたイラストを見て呟く。
この3週間、線画の練習から始まり、服、背景、そして色付けまでやってきた。だが、到底納得のいくものではない。
シュガー先生のイラストと比較してみれば一目瞭然だ。
線画のクオリティ。人物の動き。構図。衣服。背景。色。透明感の雰囲気。全てにおいて奇跡的なバランスが取れたイラストこそがシュガー先生のイラストである。
それと比べてしまえば、俺のイラストなど鼻くそみたいなもの。話にならない。
線画や、構図、背景など、これまで身につけたスキルを使ってはいるが、アンバランスで完全に活かせているとは言い難い。並べるだけで恥ずかしい。
こんなことでは、師匠の弟子として不甲斐ない。
秋口は神妙な顔つきで俺のイラストを見ている。呆れているのだろうか?
「秋口。すまん。ずっと付きっきりで見てくれているのに、こんなイラストしか描けなくて」
「気にすることはないわ。まだ3週間よ? ここからじゃない。ええ、3週間なんだから気にすることないわ」
「そう、か?」
「むしろ、3週間でよくここまで成長したわ。……本当にびっくりするくらい」
小さく呟いた最後の言葉はやけに実感の篭ったものだ。秋口はじっと俺のタブレットを見つめる。
「……私が指示したこと以外に何か特別なことでもやっているのかしら?」
「いや、特にはやってない。指示の通りにやってきただけだぞ」
「本当に?」
「ああ。秋口のアドバイスを信じてるからな」
教わる前は、アドバイスを聞きながら他にもネットなどで調べてやるのもいいと考えていたが、教えてくれるのがあの猫ヤンキー先生と分かり、他のことに手を出すのをやめた。
師匠が言うのなら間違いないだろうし、そこを徹底的にやるのみだ。
「これからは何をやればいい?」
「何っていうと?」
「一応、一通りの技術は教えてくれたわけだろ? これで終わりか?」
ほんの一瞬だけ目を丸くする秋口。だがすぐにいつもの真顔に戻ると、顎に人差し指を当てる。
「……まだまだよ。そしたらまた基礎の線画から戻りましょう」
「また、やるのか?」
「基礎は大事でしょう? それに全ての技術に触れてからなら、分かることもあるわ」
「分かった。そうする」
基礎は大事だ。それは勉強をずっとしてきた中で痛感している。
それに師匠がそう言う以上、もう一度基礎からやり直す意味がきっとあるに違いない。
それが何かは分からないが、それに気付く時、成長出来るはず。
さすが師匠。経験が違う
気合を入れ直して、もう一度、線画から練習を始めた。
<秋口麗奈視点>
私のアドバイスに頷いた黒瀬くんは、ペンを持ってタブレットに向かいあっている。
慣れた手つきでさらさらと描かれていく女の子の体は、明らかに綺麗で上手い。私の描くみみずみたいな絵とは段違い。
(本当になんなの!? なんでこんな急に上手くなってるの!?)
さっきから冷や汗が止まらない。まさか、自分が軽はずみに考えた作戦がこんなことになるなんて。
初めて黒瀬くんが描いたイラストは小学生の落書きと同じくらいで、これなら私のアドバイスでも十分誤魔化していけると思っていた。
けれど、1日が過ぎ、3日が過ぎ、1週間が過ぎ。気が付けば、見違えるほどに魅力的なイラストが描けるようになっている。
最初の1週間が経った頃から上手くなってるなとは思っていたけれど、この成長速度は怖いくらい異常だ。
あんな落書きみたいイラストが3週間でこんなに上手くなるなんて聞いてない!
先ほど全然ダメと零していたイラストだって、明らかに普通の人より上手。
確かにお姉ちゃんのイラストとか、シュガー先生? のイラストと比べれば見劣りするけど、たった3週間で描いたのよ!?
このまま成長すれば、すぐにそのレベルまで達すると思う。
ツイッタも始めたという話は聞いたし、そのうちバズるに違いない。そのぐらいレベルが違う。
(……ネットに書いてあったこと、適当にそのまま話しただけなのに)
全てはお姉ちゃんのイラストを見せたことから始まった。
ネットで有名と聞いていてもそこまで大したことないと思っていたし、「他言無用」と言えば他の人に見せるようなことにはならない。
だから問題ないと思っていたのに、結果がこれ。
黒瀬くんが私のことを師匠と崇めてくる。
もう訳が分からない。それはお姉ちゃんのイラストなの。
お姉ちゃんがそこまでネットで有名だなんて思いもしなかったせいで、こんなことになるなんて。
ほんと、よく考えずにすぐ行動しちゃうの、私の悪い癖。
うう。こんなことになるなら悪いことなんて考えなきゃ良かったわ。いつもそれで後悔してるのに。なんで毎回同じことしちゃうのよ。
結局、行き当たりばったりで考えた作戦は上手くいっていないし。
黒瀬くんと白雪さん二人が接触すると思ったのに、ぜんぜん話してるとこ見ないし、放課後こうして毎日話しているけど、白雪さんがこっちに視線を送ってきたことなんて一度もない。
完全に他人のそれである。
(……まだよ。まだ可能性はあるわ)
黒瀬くんと過ごすようになってまだ3週間しか経っていない。
もうちょっと続ければ、何かが起こる気がする。……多分。きっと。もしかしたら。
アドバイスすることが思いつかなくて、とりあえず基礎からやり直しをさせたからこれでもうちょっとは保ってくれるはず。
ええ。大丈夫よ。きっと成功するわ。
折れそうになる心になんとか気合を入れ直した。
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