押しボタン式信号機
久しぶり
信号を待っていた。いつもより少しだけ長い気がしていた。解けた靴紐は結べるだろうか。そんなことを考えながら頭の片隅には漠然と明日の日課があった。茹だるような夏の日。5分は経っただろうか。信号の赤色は一向に変わらず私の今日を蝕んでいる。別の道から行こうかと考えていると目の前に一匹の子猫が来た。猫は私の足元まで来て転がる。
赤い目をしていた。優しい茶トラで、ふわふわな毛並みを強請るように私の足に擦り付けてきた。夕方の陽を受けて、体が少し溶けている。私をそこに沈めるようで、脳の奥が強ばった。
「人待ち顔だね。幾つだい。」
「今年で9歳です。待っているのは信号ですが。」
「如何にも!!まぁ、早いな。君のような子は神々も憂慮している。」
「どういうつもりなんでしょうね。ここまで優遇するほど車も通ってない。ただ、あちらの横断歩道が少し長いだけで。」
「待ち惚けになるよ。行きなさい。君はいつまでもここにいてはいけない。ほら、また歩道が伸びた。」
猫の分際でよく喋る。
「死人の分際でよく喋る。伝達できないのはお前だけだよ。お前は明日も昨日も全部置いてきてしまった。」
またあした