095-メルティア・ハイスバルツ
メルティアがセルリの街に戻ってきた日の夜。
フランブルク商会の食堂で、メルティアを歓迎するパーティーが開かれた。
「もう姉さんから聞いてると思うけど、この春から魔法大学に通うことになりました。……これからは学友だね。よろしく、レイン」
「ええ、こちらこそよろしく! メリ……じゃない、メルティア!!」
「ふふっ。ごめんね、今まで名前を偽ってて」
メルティアとレインの再会は、二人が一緒に誘拐されたフランブルク商会の事件以来だった。
あの事件の後、メルティアは発熱して寝込んでしまい、快復したらすぐにバルツの街へ行ってしまったため、まともに挨拶も出来ていなかった。
メルティアの本名を知ったのは、セルリの街に先に戻ってきたアルティアと再会した時だった。
「カナリア、ピジョ、クロー。三人もだいぶ待たせちゃったね。というか、だいぶ背が伸びたね」
メルティアが裏通りで拾い、無理を言ってフランブルク商会に迎え入れた三人は、姉妹が街を離れてからもロベルトと支部長が面倒を見ていた。
メルティアが会っていなかったのは半年経つかどうかという短い期間だが、十歳そこらの子供の半年という時間は大きい。
カナリアはまだ小柄ながらも前よりは大きくなっているし、もともと大きかったピジョも背が伸びたし、クローはそのピジョに迫るくらい大きくなっていた。
「わたしたち、信じてましたから!! ご主人様は絶対約束通り帰ってきてくれるって!! そしてご主人様は約束を果たしてくれたんです、すっごく嬉しいです!!」
子供たちは三人とも満面の笑みをメルティアに向けている。
その笑顔にメルティアは喜びを感じつつも、少しばかりの後ろめたさを感じていた。
確かに別れの時に、三人とは再会の約束をしたが、それは確証のあるものではなかった。
何せ上手くいけば次期当主になるのだ。
自由にセルリの街に訪れることができるかは分からない。
だから、三人との約束は、守りたいけれど守れないかもしれない、三人を落ち着けるためのその場しのぎの側面があった。
だが、メルティアはこうして再びセルリの街に来ることができた。
これは父フラムとディランの計らいによるものだった。
姉妹の決闘の後、現当主が正式にメルティアを次期当主に指名し、また次期当主の座を失ったうえで再度家出したアルティアを正式に一族から除名した。
これにより、メルティアは次期当主としての役割と責任を果たす日々が始まると覚悟していたのだが、現当主のフラムは彼女に猶予を与えた。
当主に必要な経験を積むためという名目で、魔法大学への留学を命じたのだ。
次期当主の座が十分に固まっていない状態でバルツの街を離れるのは、またザイムなどが当主争いをけしかけるのではないかとメルティアは不安だったが、当主と共に留守を預かるとディランが約束してくれた。
父と母はもちろんのこと、ディランもまた、一連の騒動の中でメルティアにとって信頼できる味方の一人になっていた。
魔法大学への留学の準備が整うまでの間、ディランやマリアネとも協力してハイスバルツ家での次期当主としての地盤固めに励み、そして今日ようやくセルリの街に戻ってこれたのだ。
「ザガさんもお久しぶりです。あの時は間が悪くて挨拶できなくて……」
「おう、忘れられてなくて安心だぜ。会長と一緒に街に戻って驚いたんだぜ? ハイスバルツの人間がやってきて、アリア嬢メリア嬢二人ともバルツに帰った、って急に聞かされてよ」
「あのクソ親父、あの時はほんと最悪のタイミングでザガを連れていきやがって」
「まあまあ、若。あの時は俺も怪我してましたし、どうせ役には立ってませんって」
ロベルトとザガの二人は並んで座っている。
ザガもレインと同じようにあの事件以来話すタイミングがなかったが、今ではすっかり回復してまたロベルトと共に働いているらしい。
「そういえばザガさん、マースさんはいらっしゃらないんですか?」
「あいつ、最近この商会と距離を置いてるんだよ。ハイスバルツの仕事を受けてウチの商会に迷惑かけたのが理由らしいんだが、俺は知らねぇんだよなそれ」
「マースも人質を取られてたから仕方なかったのにね。でもディランが言ってたわ、人質は取ってるフリをしてただけで、何人もいるマースの部下全員に監視を付けるなんて面倒は本当はやってなかったって」
「は? そうだったのかよ?」
今もまたアルティアの口から初めて聞く情報が出てきたが、トーチが子供たちを襲った件やそれにマースが関わっていたことは、メルティアにとって全て口伝で聞いただけの情報だ。
だから害を受けた実感がないし、人質の件もあって正直悪印象はほとんどない。
クローの火傷についても、トーチが完全に悪くマースに責任を求めるつもりはない。
「マースは拠点を変えたんだ。表通りにあいつと子供たちの家兼何でも屋の店舗があるんだ」
「えっ、すごい。マースさん、いつの間にそんな貯金を?」
「それがよ、その資金の出所がハイスバルツからの依頼なんだ。それが後ろめたいんだろうよ」
「あ、なるほど……」
「いろいろ落ち着いたら顔出してやってくれ。あいつも謝るなりなんなり出来た方が気持ちが楽だろうからよ」
会話がひとしきり落ち着くと、今度は支部長がメルティアに話しかけてきた。
「それでメルティア。お前、今後はフランブルク商会とはどう関わっていくつもりだ? 次期当主なんて立場の人間が、まさかこんな成り上がりの商会で小遣い稼ぎなんてできないだろう」
「あっ、はい。実は、その通りで……」
「ええっ、ご主人様、この商会には戻ってこないんですか!?」
カナリアが悲しそうな声で尋ねてくる。
その顔が本当に悲しそうで、メルティアは慌てて情報を付け足した。
「た、確かに、前みたいにここで住み込みで働くことはできなくて!! 一族で買い上げた屋敷に住まなくちゃいけないんですけど!! 実家に説明できる肩書を用意すれば、フランブルク商会には関われるはずです!!」
「肩書?」
「はい、馬車の中でゆっくり考えていたんですけど、たとえば外部相談役とか。とにかく、そういう偉そうな肩書を用意してもらえば、一族への言い訳が出来るはずです。で、実際の業務は以前みたいに書類を処理したり、三人の教育をしたり……」
「それじゃ、またご主人様と働けるんですね!?」
「まあ魔法大学での勉強が優先だから、前ほど商会にはいられないけど。……そういうわけで支部長、後ほど私との契約を考えてほしいんです」
「支部長、お願いします!!」
メルティアだけでなくカナリアたち三人も支部長へ頼み込む。
支部長は首を振ってやれやれとつぶやいているが、子供たちがああ頼み込んだら確実に受け入れてくれるだろう。
「そうだ、メル。それからラン。大事な話があるんだけど」
「なあに、姉さん?」
「えっ、ごほっ、あたしもですか!?」
まさか呼ばれると思っていなかったのか、ランビケが飲み物で少しむせる。
ランビケが落ち着くのを待ってから、アルティアは話を切り出した。
「この数か月の労働でお金が貯まったの。あたしと一緒に、ダリアの街に行ってほしい」
「姉さん、それってまさか」
「うん。……ジェーン先生に、会いに行きたい。それでランには、先生への連絡と紹介をお願いしたいの」
ランビケは口元を拭いてから、アルティアの方へ向きなおした。
「――わかりました。任せてください。お二人を、ジェーンおばさんに会わせます」