092-プロメテウス・シスターズ
「私、勝ててなんかいない……!」
「もう、何百回言わせるのよ……。貴方が勝ったのよ、メル」
『ほら、アルティアもこう言ってるんですし。私たちは勝ったんですよ、メルティア?』
アルティアとメルティアの決闘が行われたその日の夜。
アルティアの部屋で、ぼろぼろと泣いているメルティアを、アルティアとプロメテウスの二人が宥めていた。
落下してきたゴーレムの破片がアルティアの杖を弾くという偶然が決定打になってしまったことに、メルティアだけが納得いっていないのだ。
「貴方だって分かってるでしょう? 普段のあたしだったら落ちてくるゴーレムなんて絶対気付いているわよ。貴方の光線の対応に全神経を集中させなくちゃいけなかったから、あたしはアレを避けれなかったのよ」
「でも、ゴーレムが落ちたのが姉さんの近くじゃなかったら……私の近くとかだったら……!」
『貴方の近くなら私が守ってましたよ。どうせアルティアに魔力を相殺されててほとんど暇でしたし』
こんな感じのやり取りをもう何度も繰り返している。
負けた本人のアルティアでさえ、完全に負けを認めているというのに、メルティアは頑なに自分の勝利を認めない。
「……私、本当は、姉さんに完璧に勝ちたかったんだ。プロメテウスの力を使ったとはいっても、この家ではプロメテウスの力は宿主の力として扱われる。だから、あのまま姉さんを押しきれていれば、私自身も、ハイスバルツ家の人間たちも、姉さんより私の方が上だって確信できた。なのに……」
「言い訳の余地ができたって言いたいんでしょ? そうは言っても、あれだけの決闘を見せつけられて貴方にケチをつけられる人間なんてきっとこの家にいないわよ」
「どうかな。 というか、本当は家の人間がどう思おうとかどうでもいいんだ。……そんなのは建前」
『貴方が納得したいから。それだけですよね?』
「うん。……今のこの状況になって、心の底から理解したよ。結局、私はそういう根っこの部分が子供なんだ。姉さんみたいに結果を割り切って考えられない」
「じゃあもう大人になりなさい!! 貴方はこれから正式に、ハイスバルツ家の次期当主になるんだから!!」
「大人……次期当主……」
メルティアは言われた言葉をつぶやいて反芻する。
だが反芻しているうちに、姉がその言葉を使うおかしさに気付いてしまった。
「姉さんがその、次期当主なんだから大人になれっていうのは、なんかその」
『ふふっ、滑稽ですよね? 次期当主なんて嫌だーって家出した張本人がこんなこと言うなんて』
「ちょっと!! プロメテウス、貴方は意見的にはあたしの側じゃなかったの!? というか今あたしを大人って言ったのはメルじゃない!!」
『メルティアは自分を子供とは言いましたけど、アルティアを大人とは言ってませんよ? 初めに大人って言い始めたのはアルティアです』
「ううう、うっさああーーーーいっ!!!」
アルティアが怒鳴り声をあげる。
頬を膨らませて怒るアルティアを見て、メルティアとプロメテウスのふたりは思わず微笑んでしまうのだった。
「何がおかしいのよ!! あ、大人とか子供の話はもう聞かないわよ!」
「うん、その話じゃなくて。……こうやって自由に怒ったり笑ったりする、姉さんの自由を守れたのかなって思うと、嬉しくなってきちゃって。……そういう意味では、決闘に勝てて本当によかったな。……決闘の内容を思い出すと、もやもやするけど」
「そうよ。貴方は決闘に勝った! それもハイスバルツの人間たちの目の前で! たとえ運が絡んでいたとしても、今までそれができたヤツは一人もいなかったんだから! ……ところで、その言い方だと、やっぱり貴方も当主の立場を貧乏くじと思ってない?」
「そんなことないよ? 前も言ったけど、私は当主って立場に前向きだよ。だから大丈夫。あとは私に任せて」
メルティアはにっこりと笑う。
その笑顔を見て、アルティアは目頭が熱くなるのを感じた。
『……本当にっ、立派になりましたねっ、メルティア』
「えっ、貴方が泣いているの?」
プロメテウスは今は蒼炎ではなく魔力でできた少女のシルエットの姿で、表情自体ははっきりしないが、だが彼女の声音は明らかに泣いているそれだった。
「というか今日になって急に貴方の声が普通に聞き取れるようになったのよね。今まではメルにしか聞こえてなかったわよね?」
『ぐすっ、ええ。今までメルティアにしか話しかけていませんでしたから』
「私がお願いしてたんだ。決闘が終わるまで、できるだけ姉さんにプロメテウスの情報を与えたくなくて」
『貴方のことですから、ちょっとしたきっかけでプロメテウスがどういうものか理解されかねません。私はメルティアに勝ってほしかったので、貴方の前では出来るだけおとなしくしてたんです』
「じゃあ何かあたしや貴方に変化があったわけじゃなくて、今の状態が自然なのね」
『その通りです。私、本当は話好きなんですよ。これからよろしくお願いしますね、姉さん?』
「……んー、やっぱりメル以外からそう呼ばれるのは、なんか。その」
『……ダメですか?』
「そう呼びたいの?」
「前も話したと思うけど、プロメテウスは十五年間私の中から姉さんを見てきたんだ。私と同じ気持ちを共有しながら、ね。だからプロメテウスにとっても、姉さんは姉さんなんだよ」
「メル、貴方はいいの? あたしの妹が、貴方ひとりだけじゃなくなって」
「最初は嫌だったよ。この子、夢の中で姉さんの姿に化けたりとかの悪戯をしてきて、不愉快だったから。でも今はもう気にしていない。この子は私とずっと生きてきた、私のもう一人のきょうだいだって分かったから」
「もう一人のきょうだい、ね」
妹の言葉をかみしめて、アルティアはプロメテウスを見つめる。
「……ねえ、プロメテウス。貴方、名前はないの?」
『えっ?』
「プロメテウスっていうのは、貴方の原型の精霊の名前で、魔法の名前でしょ。貴方だけの名前は?」
『ありません』
「そうなのね。……じゃあ考えておいて。貴方だけの名前を」
『……いいんですか? 姉さんって呼んで』
「いいわよ。でもあたしも貴方にもっと親しみを感じたいわ。だからまず名前を教えてもらって、あたしも貴方を愛称で呼びたいの」
『……ありがとうございます。姉さん。素敵な名前を考えておきますね。これからよろしくお願いします』
プロメテウスが手を差し出したので、アルティアは握手に応じる。
魔力の塊であるプロメテウスの手は、人の手と違い体温はなく、硬さもよくわからない不思議な感触だったが、相手の友好の意思を感じるには何の問題もなかった。
「さて、そろそろこの後の事を考えようかしらね」
「……うん。でも、予定通りでいいと思う」
「それなんだけどね、一つだけ予定を追加したいの」