091-シスターズ・デュエル④
アルティアとメルティア、それぞれが相手に向けて放った魔力の光線は、闘技場の中央で拮抗して押し比べのような形になっていた。
だが、少しずつ少しずつ、変化が表れる。
メルティアの光線が押され始めた。
アルティアの風の魔力が、メルティアの光線の魔力を散らしていってるのだ。
「これで終わりよ、メル!!」
アルティアのその声とともに、光線の出力が上げられる。
それにともない、メルティアの光線が押されるペースも上がり始めた。
「ぐっ……!」
アルティアの魔力の圧が魔法を通して杖に伝わってきて、メルティアは体勢を崩しかける。
だが、杖を両手で持ち直し、体勢を持ち直した。
「でも、姉さん! 姉さんがそういう事やってくるって、私"たち"は、読んでいたんだから!!! プロメ、テウス!!!」
メルティアが再び半身の名前を呼ぶ。
すると今度は蒼炎の巨人ではなく、少女のような半透明のシルエットがメルティアの横に現れ、自身の手をメルティアの両手に添えた。
そしてプロメテウスの声が、アルティアの頭の中に響く。
『アルティア、貴方も気付いているんでしょう!? 実は最大出力だけで言ったら、貴方とメルティアに差はさほどありません!! ただ貴方の方が迅速に最大出力を扱えるだけ!! だから、最大出力をぶつけ合って勝利したいのなら、工夫が必要になる……!』
頭に響く声に、アルティアは叫んで返答した。
「そうよ!! だからあたしは、光線に風の魔法を混ぜた!! 激突するメルの光線の魔力を散らして打ち勝つために!!」
『つまり、私"たち"が勝つには貴方の想像を超えなければなりません! そのための、最後の秘策がこれです!!!』
メルティアの両手に添えられたプロメテウスの手から、さらなる魔力が注がれる。
そして放たれていたメルティアの光線が一段と太く力強くなった。
それは、明らかに、アルティアが想定するメルティアの最大出力を超えていた。
「え、ええっ!? まさか、プロメテウス、貴方!?」
驚く姉に、メルティアが声を張って伝える。
「そうだよ、プロメテウスは私の一部なんかじゃない!! 私の身に宿る、私とは別の存在!! だから、私とは別の独立した魔力を持っている!!」
『つまりこの光線には、私とメルティア、ふたりの魔力が込められています!!』
アルティアは咄嗟にメルティアの光線を再感知し、改めて分析する。
確かにそれは、メルティアとプロメテウス、それぞれ別の魔力が混じっていた。
なんならディランの魔力にマリアネの魔力まで混じっている。
確かに、先ほどの蒼炎の巨人が放つ蒼炎は、普段のメルティアとは別の性質の魔力を持っていた。
しかしそれは、プロメテウスという特殊な魔法を介した結果、メルティアの魔力が変質したものだと誤解していたのだ。
まさか、プロメテウスがメルティアの魔力の内側ではなく、外側の存在だとは思ってもいなかったのだ。
メルティアとプロメテウス、ふたりの光線はみるみるうちにアルティアの光線を押していく。
アルティアの結界石はもう残っていない。
光線が押し負ければ、確実に光線が直撃し、アルティアは行動不能に陥るだろう。
最大出力の勝負では、勝てない。
そのままこの決闘も、アルティアの負けになる。
妹に負けるのだ。
ずっと自分を目標にしてきて努力を重ね、そしてついに夢を掴もうとしている妹に。
それなら、きっと、悪くない。
「――っと、思ってたんだけど、なぁ!!」
アルティアは最後の最後まで全力で抗う。
まだ負けたわけではない。
この負け筋は潰せる。
「この光線の魔力を、一個ずつ相殺していってやるんだから!!!」
足し算で最大出力を高めたといっても、複数の魔力を同時に放っているだけに過ぎない。
多くを占めるメルティアの魔力を相殺しきることはできないが、割合として少ない他の混ざった魔力を相殺することはできる。
魔力を分析し、それぞれの魔力に対して優勢になる形にアルティア側の魔力の性質を調整すれば、付け足された分の魔力を打ち消して五分の状態に持ち直せるかもしれない。
「まずはディラン!! あいつの魔力なんて、飽き飽きするほど相殺してきたんだから!!」
アルティアの光線の色が黄色く変色する。
するとメルティア側の光線が出力を落とし、アルティアの光線を押すスピードが少し下がった。
「そんな!? ありえない、そんな簡単にできるわけないのに!?」
「やった、いけそうね!! 次はプロメテウス、貴方よ!!」
この決闘が始まってから、アルティアはプロメテウスの攻撃を防ぎ続けてきた。
どのような魔力をぶつければ効率よく相殺できるかは、だいぶ分かってきている。
ディランの魔力の相殺を行い続けながら、さらなる調整を加える。
アルティアの光線が緑色に変色すると、光線が押されるスピードはさらに下がった。
「ぐっ……早く、姉さんまで、届け……っ!!」
「さあ、最後はマリーよ!!」
アルティアはマリアネと決闘したことはない。
だから、どのような性質が相殺に有効なのかは完全に手探りになる。
経験と勘で、有効と思われる性質を導き出し、それを光線の魔力へと反映する。
アルティアの光線の色に一瞬赤みが混じり、その一瞬だけ光線が押されるスピードが上がった。
「おおっと、危ない! 次ミスったらおしまいね……!」
マリアネの魔力に対応しようとして、プロメテウスの魔力への対応が甘くなってしまったのだ。
それに気付いてアルティアはすぐに魔力の性質を元に戻した。
「でも……あたしは、天才なんだから!!!」
その言葉とともに、アルティアの光線の色が青へと変わる。
青の光線とぶつかるメルティアの光線は、プロメテウスが加勢する前の力強さに戻っていた。
『本当に天才ですね、私たちの姉さんは……!』
「くっ……!」
ほとんどアルティアへと到達しかけていたメルティアの光線は、少しずつ押し戻されていき、最初の状況へと戻っていた。
切り札を使い切ってしまった分、メルティア側の状況は最悪へと傾きかけていた。
「楽しかったこの決闘ももうおしまいよ!! 決着をつけ――」
アルティアが言葉を言い終える前に、"それ"は落ちてきた。
落ちてきた"それ"はアルティアに直撃こそしなかったものの、落下し砕け散った"それ"の破片が、アルティアの左手に直撃し杖を弾いた。
「いたッ!?」
「――えっ?」
"それ"は闘技場の上空を旋回していたはずの監視用ゴーレムだった。
決闘をしていた本人たちは気付いていなかったが、光線の激突で周囲に広がった衝撃波は上空にも及んでおり、衝撃波を浴び続けたゴーレムは制御の魔法が剥がれ落ち、機能を停止してしまったのだ。
不意の衝撃に杖を手放してしまったアルティアは、魔法の制御が出来なくなってしまった。
緻密な制御のもと成り立っていたアルティアの光線は、当然消えてなくなってしまう。
自らを押し留めていた相手の光線が消えた今、メルティアの光線はアルティアへと向かって飛んでいく。
「や、ダメ、ダメ!!!」
何が起こったか理解したメルティアは光線の発射を中断する。
こんなことで、この決闘に幕が引かれてしまうなんて納得できない。
それだけはダメだ。
この決闘のために今まで頑張ってきたのに。
しかし、すでに放たれていた光線は消えはしない。
メルティアの魔力の光線は、彼女の姉へと直撃した。
アルティアは吹っ飛ばされ、メルティアは茫然としている。
そして、冷静に秒数を数えていた立会人のディランが宣告する。
「そこまで!! アルティア・ハイスバルツの行動不能により、この決闘、メルティア・ハイスバルツの勝利とする!!」