090-シスターズ・デュエル③
バルツの街の闘技場はどよめいていた。
アルティアとメルティアの姉妹の決闘。
メルティアもプロメテウスを習得したらしいが、それだけでアルティアに敵いはしないだろう、というのがほとんどの観衆の予想だった。
なにせ、兵士長のディランでさえアルティアには敵わないのだ。
戦闘経験に乏しいメルティアがいくらプロメテウスを習得したところで、アルティアを超えることなど出来ないだろう。
だが、蓋を開けてみれば、観衆はメルティアの事を侮りすぎていた事を認識させられた。
十五歳になってからまだ一ヶ月も経っていないというのに、メルティアは自身のプロメテウスを完璧に使いこなしている。
しかも、メルティアのプロメテウスは自律して行動している。
プロメテウスを習得している者たちは、それがいかに難しい事かを理解している。
プロメテウスに真に認められ、そしてプロメテウスを心から信じていなければ、強大な力を持つ蒼炎の巨人に戦闘を任せる事など出来ない。
アルティアの事を誰よりも知っているであろうメルティアが、それほどの力を身につけているのならば、もしかしたらアルティアに勝利する可能性もあるのではないか。
観衆たちは少しずつ、その考えに至り始めていた。
そしてこの状況に、内心穏やかではない人間がいた。
ハイスバルツ家の長老、ザイムだ。
ザイムはメルティアのプロメテウスについては、事前にある程度情報を得ていた。
自分だけでなく、周囲の他者の蒼炎さえも自在に操るプロメテウス。
強力な能力ではあるが、戦闘に蒼炎を使わないアルティア相手では並以下のプロメテウスでしかない。
ディラン相手には相性で勝てたかもしれないが、アルティアには敵わない。
ザイムはそう考えていたが、それは侮りだった。
仮にメルティアが次期当主になってしまえば、他のハイスバルツの人間が決闘でその座を奪い取るのは難しいだろう。
ディランで覆せない相性差なら、他の有象無象がどうにか出来るわけがない。
それ故に、蒼炎を使わないアルティアこそが、蒼炎を封じて戦うメルティアの天敵であるはずだった。
次期当主の座が揺らいでいる現状を利用し、アルティアから完全に次期当主の座を奪いたいザイムは、そのアルティアに希望を託すという奇妙な状況に陥っていた。
しかし、自分の望みというものは、それが叶うのを口を開けて何もせずぼーっと待ち続けるものではない。
確実にメルティアを敗北させるための手は既に打ってある。
闘技場の上空を旋回している、監視用の鳥型ゴーレム。
そのうちの一つをザイムの息がかかった兵士が掌握している。
勝敗を左右する決定的なタイミングで、そのゴーレムはメルティアの妨害をする。
たった一手でも妨害出来れば、後はアルティアの強大な魔法がメルティアを敗北させるだろう。
「……まさかこの手段を頼りにする事になるとはな。もはやただの無能ではないらしい。だがお前如きの望みは叶わん。せいぜい蒼炎を扱えぬ出来損ないを削って、己が手の内も晒し、我が孫の糧となり敗北するがよい」
◆
「もう逃がさないんだから!!」
アルティアが杖を振るうと、周囲から無数の雷の矢が発生し、そしてメルティアと蒼炎の巨人に襲いかかった。
しかも雷矢は発射された瞬間に新たな雷矢が発生し、豪雨のような飽和攻撃となっていた。
「っ、プロメテウス!!」
メルティアの声を聞くよりも早く、彼女の巨人は雷の矢に立ちはだかり、自らの半身の盾となる。
蒼炎の魔力と無数の雷の魔力がぶつかり合い、もはやその衝突音以外メルティアの聴覚には何も聞こえなかった。
だが、彼女の巨人の声は心に直接響いて伝わってくる。
『ぐっ……。流石ですねアルティア、これほどの魔法……。あまり長くは保ちませんよ? メルティア』
ここまで仕掛けた奇襲の成果はアルティアの結界石を消費させただけ。
こちらはまだ結界石を残しているが、アルティアの飽和攻撃の前では結界石などあってもなくても変わらない。
そしてこのまま蒼炎の巨人を盾にしているだけでは、いずれ耐えきれず飽和攻撃の餌食になるだろう。
そうなれば、残された道は一つだけだった。
「攻めよう。これを最後の攻防にする」
『その言葉、待ってましたよ……!』
盾になった半身の向こうにいる姉を狙って、メルティアは杖を構える。
彼女の『プロメテウス』はそれを確かめると、あと数秒持ち堪えるだけの力を手元に残し、メルティアへと力を分け与えた。
そしてメルティアの杖先へ、巨大な魔力が集中する。
数秒の時間をかけなければ制御できない、巨大な魔力。
通常の戦闘であれば、こんな隙だらけの魔法なんて使い物にならない。
だが、これは通常の戦闘ではなく、姉妹の決闘だ。
そして、アルティアはメルティアの全力を受け止めてくれると言ってくれた。
アルティアは必ず、真正面からこの魔法に立ち向かう。
メルティアはそう確信していた。
「そういうことね。良いじゃない! 受けて立つわ!!」
アルティアは魔力感知により、蒼炎の巨人に守られているメルティアが大技を放とうとしている事を察知した。
回避するのは容易だ。
しかし、それでは意味がない。
相手の全力を、躱すのではなく力を尽くして返り討ちにする。
そうする事で、誰もが納得する格付けが完了する。
アルティアは今までそうしてハイスバルツの人間たちを黙らせてきた。
妹もまた、それを望んでいる。
力と力をぶつけ合って、誰の目にも明らかな、勝敗を決する。
今はそれだけを考えるべきだし、それだけを考えていたい。
その後、後継者問題がどうなるかなんて関係ない。
アルティアはこの最後の攻防で明らかになる妹の100%の力が楽しみでたまらないのだ。
「いくよ、姉さん!!!」
「来なさい、メル!!!」
攻撃を受け続けていた蒼炎の巨人がついに限界を迎え、体勢を崩すとともにその体が霧散していく。
しかし、巨人の魔力は消え去ったのではない。
メルティアの杖へ、すべての余力を注ぎ込んだのだ。
「いっっけえええぇぇぇええ!!!」
メルティアの杖からアルティアへ向かって、極太の魔力の光線と化した魔弾が放たれる。
純粋な魔力の奔流であるその光線は、巨人が受けきれなかった雷矢を衝撃波で消し飛ばして進んでいく。
そしてその光線の行く先に立つアルティアもまた、メルティアと同じように、相手へと真っ直ぐ杖を向けた。
アルティアの視線と意識は、メルティアにすべて注がれていた。
「――さあ、最後の力比べよっ!!」
アルティアの杖先からも、極太の光線が放たれる。
それはメルティアの光線とほとんど同じ大きさだったが、風の魔力を纏っていた。
二つの光線は二人の中間地点で激突する。
轟音と衝撃が闘技場全体へと広がり、観客席をも振動させる。
激突した二つの光線は拮抗し、互いが互いを押し留めていた。
◆
「なあ、おい、今なんじゃないか?」
「……」
「何を黙ってるんだよ、今、アルティア様とメルティア様の魔法が拮抗している。ここで仕掛けを起こせば、確実にアルティア様が勝つだろ?」
「うるさい!! 今集中してるんだ!!! くそっ、なんでこんな……」
「おいおい、お前……。まさか、仕掛けが動かせねえ、なんてことぁねえよな?」
「……」
「……嘘だろ?」
「……」
「……」
「……アルティア様、アルティア様ーーッ!! どうかそのまま押し切ってくれーーー!!」
「うおおおおアルティア様ぁぁぁーーーッ!!」
ザイムから命令を受けていた二人の兵士は、土壇場でのトラブルに、もはやアルティアが普通に勝利してトラブルが問題にならないことを祈る他なかった。
その様子を後ろから眺めていたマリアネは、二人の兵士の滑稽な姿に笑ってしまいそうなのを必死にこらえていた。
兵士たちの言う”仕掛け”が動かないのは、マリアネのせいだった。
兵士たちに委ねられた監視用ゴーレムの制御を、密かにマリアネが奪っていたのだ。
「メル姉様。邪魔なんてさせません。だから見せてください。あのアル姉様を超える姿を」