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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
貴種流離のシスターズ
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089-シスターズ・デュエル②

 魔法というのは、完成した状態で突然この世界に発生するものではない。

 魔法のベースとなる魔力があり、それを増幅したり、凝縮したり、変質させたり、様々な工程を経た上で、炎や雷のような魔法として発生する。

 その魔力を加工する工程は、『導きの木』のような魔法体系に刻み込まれて記録されている。

 十分な魔力があった上で呪文を唱えれば、その記録された工程を誰でも再現できる。

 それが詠唱魔法だ。

 詠唱魔法は唱えている間に、少しずつその工程が再現されていく。

 唱え始めた瞬間には、まだ魔法自体は発生していないが、魔法の種となる魔力はすでに発生している。

 魔力の気配に鋭い者は、この種の時点で、どんな魔法が発生するのかを把握できてしまう。

 アルティアは、その魔力の気配に鋭い者だった。

 詠唱魔法は、唱え始めた瞬間にアルティアに気取られてしまう。

 これが、アルティアがハイスバルツの誰相手でも決闘に負けなかった理由の一つであり、メルティアの上空からの雷の魔法にいち早く気付けた理由であった。


「残念だったわね、メル!! 弾速を優先して蒼炎じゃなく雷の魔法にしたんでしょうけど、上空含めてこの闘技場全域があたしの探知範囲よ!!」


 蒼炎の巨人の足元に佇むメルティアに向かって、アルティアは声を張り上げる。

 並の相手なら今ので力の差を思い知り、あとは降参するか捨て鉢になるかだ。

 しかし、メルティアは少しも動じた様子はない。

 まるで想定通りと言わんばかりだ。

 その事に、アルティアは思わず口角が上がった。

 妹には、自分を出し抜くための秘策がまだまだある。

 そう確信できたからだ。


「でも、好き勝手にはやらせないんだから!」


 メルティアが動くよりも早く、アルティアは行動を起こす。

 先んじて動き、相手の狙いを潰す。

 これも妹の想いに全力で応えんがためだった。

 アルティアが杖を振るうと、闘技場に暴風が巻き起こった。

 それは直立し続ける事すら困難なほどの強烈な風だった。

 そしてその風は、メルティアには向かい風で、アルティアには追い風であった。

 アルティアは追い風を利用し、飛び跳ね踏み込みながら急速にメルティアとの距離を詰める。

 これは相手との距離を詰めたい時のアルティアの常套手段だった。

 相手はこのままボサッとしていると、回避不能な至近距離から連発される強力な魔法によって、一瞬で敗北してしまう。

 だが、アルティア対策を考え続けてきたメルティアは、当然この行動への回答を用意していた。


「プロメテウス!!」


 メルティアの合図で蒼炎の巨人が腕を振る。

 巨人から炎が放たれる、または直接殴りかかってくる事を警戒したアルティアは巨人の方へと意識を向けた。

 それが、メルティアの意図した“本命”への反応を一瞬遅らせた。

 前へ前へと踏み込んでいたアルティアの着地予定地点が、彼女が足をつける直前に赤熱した。


「……っ、そういうこと……!!」


 着地寸前に異変に気付いたアルティアは、咄嗟に横風を発生させ強引に着地地点をずらした。

 アルティアが体勢を崩しながら着地すると同時に、元々の着地予定地点が爆発を起こす。

 メルティアの出した合図も、蒼炎の巨人の動きも、実際の攻撃には関係ない。

 メルティアは密かに周囲の地中に蒼炎を放って、飛び込んでくるアルティアを迎え撃つ罠を用意していたのだ。


「ちょっとメル!! さっきから貴方、やる事がセコ……っ!!」


 アルティアが言い終える前に、更なる追撃が襲いかかる。

 蒼炎の巨人がアルティアに向かって無数の炎弾を放ってきたのだ。


『姉さんはおしゃべりが好きですね? 私と気が合いそうです』

「いくらでも付き合ってあげるわよ、メルを負かした後で!!」


 アルティアは崩れた体勢のまま杖を振るい、それぞれの炎弾を相殺するのに十分な魔弾を過不足なく発生させる。

 狙い通りに魔弾は炎弾と相殺し、その爆風を利用してアルティアは巨人との距離を取りつつ体勢を立て直した。

 だが蒼炎の巨人は続々と炎弾を発生させ、アルティアを攻撃し続ける。


「ったく、厄介ね。ディランのプロメテウスと違って自律して動いてくるなんて!」


 ディランはプロメテウスを自身の手足の延長のように使いこなす。

 一方、メルティアはまるで相棒かのようにプロメテウスと共に戦っている。

 ディランと彼のプロメテウスを相手する時は単純な力比べだが、メルティアと彼女のプロメテウスを相手するのは、一人で二人の敵と戦っているかのような感覚だ。

 メルティアかプロメテウス、どちらかに意識を割き過ぎると、どちらかへの対応が疎かになってしまう。

 現に、アルティアは蒼炎の巨人の炎弾を相殺する中で、いつのまにかメルティアを見失ってしまった。

 先ほどから不意をつくような攻撃を繰り返しているメルティアを一刻も早く見つけ出したいが、蒼炎の巨人は炎弾の軌道を様々にカーブさせ四方八方からアルティアを襲い続ける。

 たとえアルティアといえど、この状況で防御をしながらメルティアを探す事は出来なかった。

 だが、この状況でもアルティアは焦ってはいなかった。

 炎弾は全てその魔力を感知できている。

 もしも蒼炎の巨人以外の魔力が現れれば、そこにメルティアがいる。

 詠唱魔法なら発動までに反応が追いつくし、無詠唱の蒼炎か魔弾でも余程至近距離から放たれなければ防御は間に合う。

 そして攻撃への反応が追いつかないほどの至近距離ならば、アルティアは事前に気配で察知できる。


 (さあ、メル。どうするつもりかしら?)


 精神を研ぎ澄ませたアルティアが耐え続けて数十秒、炎弾の中に異なる魔力が混じった。

 アルティアはすかさずその地点に向けて杖を向けた。

 そしてその杖先から超高速の稲妻が放たれる。


「そこねっ!! ……って、あれ!?」


 反射的に魔法を放ったアルティアだが、魔法を放ってから違和感を覚える。

 アルティアが感知した異なる魔力は、確かに蒼炎の巨人とは異なっていた。

 だがそれは、彼女がよく知る、しかし妹ではない人物――ディランの魔力だった。

 アルティアは魔力の発生源を凝視したが、その瞬間に彼女を背後から雷の魔法が襲いかかった。

 さらにそれを合図に、アルティアを取り囲んでいた蒼炎の弾が一直線に彼女へと群がっていく。

 そして爆発音と共に、アルティアの立っていた位置に閃光が起こった。


『ふふふ、作戦通りですね? メルティア』

「……」


 アルティアを背後から襲った雷の魔法、それを放ったのはメルティアだ。

 黙ったままのメルティアの右手には、小さな本が開かれている。

 開かれたページにはびっしりと文字と魔法陣が書かれていた。


     ◆


 立会人として、この闘技場にいる人間の中で最も近くで二人の決闘を見ていたディランは、自分が無意識のうちに拳を強く握りしめていた事に、血が滴る感覚でようやく気付いた。

 ハッと冷静になり、自分の感情を分析する。

 これは、悔しさだ。

 自分が太刀打ちできなかったアルティア相手にメルティアがこれほどまでに戦ってみせていることに。

 そして、メルティアがディランとの決闘ではまだ手の内を隠していたことに。

 さらに、メルティアがディランの力を勝手に借用したことに。

 複数の理由が重なり、ディランは爪が手に食い込むほどに悔しさから拳を握りしめてしまったのだ。


 メルティアとの決闘で、ディランは蒼炎を封じられながら、蒼炎の巨人を出し続けていた。

 そして決闘が終わってから、蒼炎は封じられたのではなく、吸収されていたのだと明かされた。

 吸収。

 その言葉が意味する事を、ディランは目の前の決闘でようやく理解した。

 メルティアのプロメテウスは、吸収した蒼炎をそのまま扱う事が出来る。

 それはディランの魔力をディランの魔力のまま、自由に使えるという事だ。

 普通ならばそれが意味を持つ事はない。

 だが、アルティアのように、魔力の感知能力が極めて高い相手なら話は別だ。

 メルティアは姿を隠し、アルティアが魔力感知に頼るよう仕向けた。

 その状況を作り出した上で、無数のプロメテウスの魔力の中に、突然ディランの魔力を混ぜたのだ。

 アルティアの意識はそのディランの魔力へと向き、反射的にその地点を攻撃した。

 そうして生まれた隙に、メルティアは更なる秘策で攻撃を仕掛けた。

 魔力感知に集中していたアルティアは、たとえ隙をついたとしても、普通の魔法には反応して防御出来ただろう。

 だからメルティアは“無詠唱の雷の魔法”で攻撃したのだ。

 無詠唱魔法は、普通であればそう簡単に使いこなせるものではない。

 しかし、メルティアが右手に持った本が、無詠唱魔法の行使を補助した。

 今開かれているページには、雷の魔法の術式が描かれているはずだ。

 

 無詠唱魔法の行使を補助する魔導書は、専門家の協力がなければ作る事は出来ず、全て手書きである必要があるため、数が極めて少ない。

 そんな貴重品を何故メルティアが持っていたのか。

 つい先日までメルティアがセルリの街にいた事を考えれば答えは明白だ。

 魔法大学で、メルティアは密かに魔導書を手に入れていたのだ。


 それを、ディランとの決闘では温存し、この決闘でようやく使った。

 その事実は、ディランにとって屈辱でしかなかった。


「……だが、まだだ。まだ足りん」


     ◆


「……想像は、してたけど」

『……姉さんの壁はまだ厚そうですね?』


 苦い顔をするメルティアの視線の先。

 そこではアルティアが平然と立ち、ボロボロに崩れた結界石の塵を右手から手放していた。


「やるじゃないメル!! でも、まだ終わりじゃないんでしょう?」


 そう言って微笑むアルティアの表情には、十分過ぎる余裕が溢れていた。

 

 

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