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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
貴種流離のシスターズ
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088-シスターズ・デュエル①

 バルツの街の円形闘技場。

 客席にはハイスバルツの人間をはじめとしたバルツの街の要人がずらりと並んでいる。

 その中心で、ハイスバルツ家の決闘の正装に身を包んだアルティアとメルティアが向かい合っていた。

 ドレスと鎧を掛け合わせたようなその正装は、この決闘が紛れもなくハイスバルツ家の正式な催事であることを示していた。

 二人の間に立つ決闘の立会人は、当主と決闘の当事者を除いてもっとも武芸に優れた者という名目で、ディランが担当していた。


「――つまり、双方ともに一級結界石を所持して決闘を行ない、その中で十秒以上行動不能に陥った側が敗北となる。双方、異論はないな?」

「ありません」

「ないわよ」


 この格式高い決闘の場に来てまで普段のフランクな口調を崩さないアルティアを、ディランは睨みつけはしたが注意はしなかった。

 しかし、この決闘の場を作り出すために必死で努力してきたメルティアまでもが彼女を睨んだため、アルティアも流石に態度を正す事にした。


「……失礼しました。異論はありません」


 ディランは拳ほどの大きさの結界石を二つ取り出し、姉妹それぞれに手渡す。

 特別な場でのみ使用される、一級品の結界石だ。

 生半可な魔法ではなかなかその結界を砕く事は出来ず、普通の決闘であれば結界石が砕けた時点で、砕かれた方は降参を宣言して杖を足下に置く。

 杖を手放してそれ以上戦闘の意志を見せなければそれが行動不能とみなされ、十秒で敗北条件を満たす。

 儀礼的な意味が強い場合の決闘では、そうして決着がつく事がほとんどだ。

 ただし、ディランがアルティアに挑む時や、今回の決闘のような真剣勝負ではそうならない。

 結界石が砕かれても降参をしないのならば、本当に勝負がつくまで戦闘が続く。

 

 ただ、アルティアに関してはさらに例外がある。


「立会人。小型の結界石への交換を申し出ます」

「承知した」


 アルティアから結界石を返されたディランは、二つ返事で結界石の交換に応じた。

 代わりに渡されたのは、子供の手でも握りしめられるほどの小さな結界石だった。

 これはアルティアが決闘の時、いつも行なっている事だった。

 大きな石は単純に荷物になる。

 スピードを活かすアルティアの戦い方では、身を守れるメリットより邪魔になるデメリットの方が大きい。

 かつては決闘の開始とともに結界石を投げ捨てていたが、無礼な行為だとディランからの苦情が入り、議論の末今のような小型の結界石に交換する形式に落ち着いた。

 しかし、これはアルティアの弱点足り得ない。

 そもそも結界石などなくとも、アルティアはその高速かつ強力な魔法で相手の魔法を相殺してしまう。

 速度こそが、アルティアを次期当主たらしめていた強さなのだ。


 一方のメルティアは、結界石を決闘用の正装へと取り付ける。

 これが本来のあるべき姿だ。

 魔力を込めた後の結界石はしばらくの間効力を発揮し続ける。

 重りにこそなってしまうが、動きの邪魔になるほどではない。

 普通の魔法使いであれば、使う事による得の方がはるかに大きいもののはずなのだ。


 立会人からのルールの確認を終えた二人は、それぞれ中央を離れ、所定の開始位置につく。

 それを確認したディランが、拡声の魔法を使い、闘技場全体に響き渡る大声で決闘の開始を宣言する。


「これより!! アルティア・ハイスバルツとメルティア・ハイスバルツの決闘を開始する!!」


 宣言を聞いた観衆から拍手が巻き起こる。

 しばらくして拍手が落ち着き闘技場に静寂が訪れると、二人の姉妹は互いに杖を持った手を上げた。

 そして二人の姉妹は、何の合図がなくとも、同時に決闘の開始を告げる合言葉を唱えた。


「「導きの木よ。『力を』『束ね』『解き放て』!!」」


 二人の杖から同時に魔弾が放たれる。

 真っ直ぐに飛んだ魔弾は二人の中間の位置で衝突し、互いに弾け飛んだ。

 完璧に相殺されたのだ。

 これは、アルティアがメルティアの魔弾の出力を完璧に予測し、それに合わせた出力とタイミングで、同時に魔弾を放った事を意味する。


「さあ、メル!! どうやってあたしを驚かせてくれるのかしら!?」


 最愛の妹が、自分を最大の目標として、そして今、全力で超えようとしている。

 アルティアはその事実への喜びから興奮しているが、メルティアは対照的に、いつになく凪いだ表情をしていた。

 そしてポツリと、短い呪文を唱えた。


「――プロメテウス」


 メルティアがつぶやいた瞬間、彼女を中心として周囲に蒼炎の波動が広がる。

 自らに襲いかかる壁のような蒼炎を、アルティアが風の魔法で跳ね除けると、その壁の向こうには蒼炎の巨人が現れていた。

 だがその巨人の姿は、アルティアの想像していたものと違っていた。

 メルティアのプロメテウスはこれまで何度か目にしてきて、魔力塊の姿や蒼炎の獣の姿、小人の姿などその度に形を変えてきたが、今回は真っ当に“蒼炎の巨人”と呼ぶほかない、いかにもプロメテウスらしい姿だった。


「わーお……まだ、驚いてないわよ?」

『意地を張る姿も可愛いですね? アルティア』

「えっ!?」


 自分のつぶやきへの返答が頭の中に響き、しかもそれが聞いたことのない声だったため、流石にアルティアは驚きの声をあげてしまった。

 しかし、これまで妹から話を聞いていたおかげで、状況はすぐに理解できた。


「そっか。この声、貴方がメルのプロメテウスなのね?」

『ええ。実際にこうして話すのは初めてですね、姉さん?』

「……貴方がメルの半身で、あたしの妹みたいなもののはわかるけど。その呼び方はやめなさい」

『まあ良いじゃないですか。貴方だって、初対面のロベルトを突然お兄さんと呼んでたじゃありませんか』

「なっ……」

『彼相手に慣れもしない色仕掛けを試みる貴方は、大層可愛らしかったですよ?』

「ううう、うっさい!!! 今すぐ黙りなさい!!!」

 

 アルティアは顔を赤くしながら、杖先から魔弾を乱射した。

 蒼炎の巨人は左腕を振るい、そこから生じた炎が魔弾を相殺する。

 その間にアルティアは周囲を見回しメルティアを探した。

 先日のディラン戦のように、常に不意をつくチャンスを窺っているはずだ。

 数秒でもメルティアが視界に入らなければ、それはもう奇襲が始まっているものとアルティアは考えていた。

 そしてその考えは当たっていた。

 蒼炎の巨人のはるか頭上、上を向かなければ見えないほどの高さから、雷の魔法が放たれていた。

 その近くには自由落下するメルティアの姿があった。

 

 アルティアは魔法の防壁を発生させ、それを防ぐ。


「ちょっとメル!!! そんな戦い方したら危ないでしょ!!! 貴方が!!!」


 上空から落下するメルティアに向かってアルティアが叫ぶ。

 メルティアは詠唱した風の魔法によるクッションで落下速度を和らげ、蒼炎の巨人にキャッチされて着地する。


「そうだね、今のはもうやらない。やっぱり姉さんに気付かれたし、上空の監視用ゴーレムにぶつかりそうになっちゃった」


     ◆


「おい、今ので気付かれてねえだろうな……?」

「大丈夫だ、まだ仕掛けは発動させていない。……むしろ発動させるべきだったかもしれないけどな」


 闘技場の客席の一角。

 決闘の魔法による被害が外部に及ばないよう警備する役割を任された兵士たちがそこには集っていた。

 彼らは皆、ザイムの部下だった。


「……そもそも、仕掛けを発動するのは、アルティア様が不利に陥った時だけだかんな。観客だらけのこの状況で、迂闊な事をすればたちまち足がつく。焦って仕掛けを発動させんじゃねえぞ」

「お前こそ。……もしも問題になれば、俺たちはまとめてザイム様に見捨てられるだろう。この仕事、必ずやり遂げるぞ」

「……といっても、考えられるか? アルティア様が不利になるなんて」

「……ザイム様は万に一つの可能性も潰したいんだ」

「そうそう、万に一つ! アルティア様がずっこけて杖を落としてその隙に魔法を叩き込まれでもしない限り、不利になんてならねぇよ。そんな事になるより、お前がビビって発動して、仕掛けがバレる確率の方が高そうで俺はこえぇんだよ」


 兵士たちは決闘を眺めながら、そんな事を話している。

 それらの会話は、近くに座っている他のザイム配下の人間に丸聞こえだった。

 マリアネもまた、近くに座っている人間の一人だった。

 そして何も言わず、上空を飛んでいる鳥型の監視ゴーレムを見つめていた。

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