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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
貴種流離のシスターズ
87/99

085-不平等

 アルティアとメルティアがバルツの街に戻ってから一週間が経った。

 当主から直々に取り調べを受けた後、姉妹は罰として地下牢に五日間閉じ込められた。

 しかし、罰らしい罰はそれくらいで、何らかの体罰が与えられたという話は聞かない。

 次期当主争いでアルティア以外の候補を推す勢力の人間たちは、当主が娘可愛さに減刑を取り計らったのだろうと噂した。

 そしてそんな噂が広まり切る前に、当主から一つの報せが発された。

 アルティアとメルティアによる決闘が執り行われる、というものだ。

 決闘の理由は特に言及されず、姉妹同士で決闘させるのが罰の一環なのではと周囲は噂したが、当のアルティア本人がその理由を隠さず話していた。


「メルの誕生日祝いみたいなものね。一族の前であたしと決闘して勝ちたいんですって。だから受けてあげたの!」


 機嫌の良さそうなアルティアがそう話していたのを通りすがりに聞いたマリアネは、一人になってから改めてその発言を反芻した。


 二人の決闘は罰なんかではなく、二人が望んだもの?

 あの二人は家出騒動を引き起こして、一族に混乱をもたらしたのに。

 大した罰も与えられず、それどころか自分の望むように周囲を動かして。

 あの二人のせいで、私の日常は悲惨なものに変えられてしまったのに……!


 マリアネの中で沸々と怒りの感情が沸き上がる。

 あの姉妹と自分との境遇の違いが、その不平等が、許せなかった。

 同じハイスバルツの人間なのに、当主の娘かそれ以外かでここまで違うのか。

 あの二人の思い通りに進むなんてずるいこと、絶対にさせたくない。

 でも、どうすればあの二人の邪魔が出来るのか、マリアネにはすぐには思いつかなかった。

 そんなマリアネの目の前に、悪魔が現れた。


「マリアネ、こんなところで何をしておる」


 彼女の祖父、ザイムが偶然彼女の前を通りすがった。

 彼女に過酷な現状を強いた元凶である祖父の事を、マリアネは当然嫌っていた。

 だがこの時ばかりは、その祖父がこの上なく頼もしく思えた。


「……おじい様。協力していただきたい事があります。……アルティア様とメルティア様を、陥れる策が欲しいのです」


 マリアネのその言葉に、ザイムは驚き目を見開き、そして遅れて喜びを感じた。

 最近は順調に傀儡として育ってきたと思っていた孫娘が、他の次期当主候補を自発的に陥れようとするほどになっていたとは、良い意味で予想外だったのだ。

 ザイムの息子世代はフラムという化け物が同世代にいたからか、みな縮こまり、自分から一族内での力を手に入れようとする者は現れなかった。

 それが孫世代になって、ついに期待できそうな逸材が現れた。

 機嫌を良くしたザイムは、孫娘と自分の権力の為に、まずは事情を聞き出した。


「ふむ。例の決闘は彼奴らが望んでのものだったか」


 ザイムも決闘が行われる事は知っていたが、その意図を図りかねているところだった。

 何しろ、わざわざ当主の宣言の元、当主の子供同士が決闘するなど異例も異例だ。

 アルティアか、メルティアか、あるいはその両方への罰として、何らかの条件を設けて決闘を行うのか。

 決闘に見せかけて何らかの儀式を行うつもりなのか。

 それともこの決闘は周囲の注目を集める為の囮で、実際はこの裏で何か別の計画が進められるのか。

 ザイムが手懐けている者たちから上がってくる情報を取りまとめ、予測を立てている段階だった。


「しかし、メルティアがアルティアとの決闘を望んだだと? 彼奴は彼我の実力差も理解出来ぬほど無能であったか?」

「その、メル姉様はプロメテウスを習得したと聞いています」

「それくらい儂も知っておるわ、無能が。しかもそれでメルティアはディランとの決闘に勝利したなどと宣ってるらしいな。にわかには信じられんが、ディランの奴が否定する素振りを見せないあたり、もしかしたら事実なのかもしれん。だがそれでも関係ない。あの忌み子、アルティアに正面から勝てる魔法使いなどフラムのような規格外だけだ」


 決闘でアルティアを倒す方法。

 それが容易には見つからないからこそ、ザイムはアルティアが家出を起こすまで次期当主争いに関わろうとしなかった。


「メルティアが決闘を挑んだ理由として、考えられる可能性としては三つあるな」

「三つ、ですか?」

「メルティアに確かな勝算がある可能性、何故かは知らんがメルティアがやぶれかぶれになっている可能性。あと一つ、分かるか?」

「えっ……、えっと」

「これくらい即答出来るようになれ。この決闘が八百長や茶番である可能性、だ。……いずれにせよ策を打つには情報が足りん。それが儂の現時点での結論だ」


 そう告げてザイムはマリアネをその場に残して立ち去った。

 何か凄い作戦がもらえると思っていたマリアネは肩透かしを喰らい呆然としてしまった。

 一方のザイムは、ここからマリアネがどう動くかを期待していた。

 マリアネはまだ幼く、大した立場でもない為に、ほとんど責任を問われない。

 言い換えればマリアネはほとんどリスクを負わずに大それた事を出来るのだ。

 勿論、直接ザイムが何かを指示したわけではないので、ザイムが責任を追及されることも無い。

 これから情報を集めまたザイムに相談しに来るのか、それとも独断で行動を起こすのか。

 いずれにせよ、ザイムは孫娘の成長が楽しみだった。


     ◆


 姉妹が五日ぶりに地下牢から解放された日の晩、メルティアは修練場を訪れた。

 来たる姉との決闘に備え、特訓をしに来たのだ。

 と言っても今日は五日ぶりに外に出たばかりで身体が鈍っていたので、身体の動かし方を思い出す、それだけのつもりだった。

 修練場には先客がいた。

 蒼炎の灯りで誰かがいるのはメルティアも承知しており、そしてその先客はメルティアの予想通りマリアネであった。


「こんばんは、マリー」

「……こんばんは、メルお姉様」


 マリアネの態度は、メルティアの想像よりも冷たいものだった。

 かつての――家出をする前の頃のマリアネだったら、こんな反応はしない。

 やはり家出の件で自分と姉に不満があるのだろうと思ったメルティアは、なんとかマリアネと会話して関係の改善を図ろうとした。

 一族の中の近い世代の相手と、こんな雰囲気でいる状況を長引かせたくなかったのだ。


「……ね、マリー。私、久しぶりに身体を動かしたいんだけど、ちょっと付き合ってくれない?」

「ええ、構いませんよ」


 会話のきっかけを断られず、メルティアはひとまずほっとした。

 軽く伸びと屈伸をしてから、メルティアは修練場の中央へと向かう。


「それじゃ、私に向かって魔法を撃ってみて」

「分かりました」


 自分への攻撃をかわしたり防御したりする。

 ハイスバルツ家ではよく行われる準備体操のようなトレーニングだ。

 攻撃する側もそれを承知で、あまり強かったり激しかったりする攻撃はしない。

 ただ、今回に限ってはマリアネが不満をぶつけてくるかもしれないとメルティアは覚悟していた。

 しかしそれは杞憂に終わり、マリアネが撃つ魔法の攻撃はごく普通のものだった。

 魔弾を避ける、防ぐ、相殺する。

 一通りの動きをしてから、メルティアは片手を挙げて終わりの合図をした。


「ありがとう、もういいよ」


 合図を受けマリアネは構えていた杖を下ろす。

 メルティアはマリアネに近寄り、彼女に話しかけた。


「マリー、魔法の扱いすっごく上手くなったね」

「はい。おかげさまで」


 おかげさまで。

 その一言にメルティアは棘を感じた。

 訓練を手伝ってくれても、マリアネは自身の感情を隠す気はあまり無いようだ。

 メルティアはこの気まずさから逃げ出したい気持ちを押さえ込んで、問題の発端へと切り込んだ。


「……ディラン兄様から聞いたよ。この数ヶ月、私たちのせいで貴方も大変だったって」


 メルティアの言葉にマリアネの眉が少し動いたが、特に返事はない。

 メルティアは話を続ける。


「気付いてると思うけど、姉さんも私も今のこの一族が嫌いで、それで家出したんだ。だから嫌いな一族の人間に迷惑かけたって構わないって思ってた。でも私たちの考えは浅かった。……迷惑がかかる範囲に、子供の貴方まで含まれてるとは思ってなかった。……ごめんなさい、マリー」

「……メル姉様。一つ、教えてください」


 メルティアが謝罪のために頭を下げると、マリアネから返事があった。

 顔を上げてマリアネの顔を覗くと、刺すような視線がメルティアに向けられていた。


「なあに?」

「今度行うというアル姉様とメル姉様の決闘は、メル姉様が希望されたと伺いました。……どうして、こんなタイミングで、それもアル姉様との決闘を望まれたんですか?」


 マリアネの視線と言葉からは怒りの感情が漏れ出ていた。

 メルティアは、次期当主候補へと名乗りを上げるならば、この怒りには真正面から向き合わねばならないと考えた。

 自分たちが原因となり理不尽な仕打ちを受けた彼女への責任からは、逃げ出してはいけない。


「……貴方には正直に話すよ。それが私なりの貴方への誠意。……私、当主になりたいんだ」

「……えっ?」

「この一族の当主になって、みんなを傷付ける今の一族の在り方を変えたい。それが私の夢。だから次期当主候補である姉さんに決闘で勝って、私こそが次期当主に相応しいって一族の人たちの前で証明するの。……今の私はプロメテウスを習得したし、姉さん対策もしてる。次期当主争いがぐちゃぐちゃになる前に、私が次期当主として名乗りを上げて次期当主争いを終わらせる。……これが、貴方の質問への答えだよ」


 メルティアは包み隠さず、マリアネの疑問に正直に答えた。

 被害者となってしまったマリアネの負の感情を和らげられるなら、出来うる限りのことをしたい気持ちだった。


「……メル姉様。それは大層立派なお考えですね。でも、あまりに自分勝手だとは思いませんか? あれだけ一族をかき乱しておいて、次期当主になるだなんて」

「うん。ディラン兄様にも同じ事を言われたよ」

「メル姉様がディラン兄様に決闘で勝ったとの噂を聞きました。それは事実なんですか?」

「事実だよ。だからディラン兄様はもう私の味方」

「……一族の在り方を変えたい。そんな事を言ってますけど、結局姉様も一族の人と同じですよ。自分の無茶苦茶を受け入れさせる為に、暴力で相手を黙らせてる」

「うん。だって、今のこの一族の人たちは、そうしないと認めてくれないから。今の私に必要なのは、相手に認めてもらう事。だから私は、相手が納得する方法を取るよ」

「……はあぁ〜〜〜っ。……羨ましいな」


 マリアネは凄く大きなため息をしてから、俯きそしてつぶやいた。


「大それた事をやろうとする行動力も、それを実現するための能力も持ってて。当主様の直子だから、血統的な後押しもあって。……メル姉様は全部を持ってる」

「そんな事ないよ。特に能力は、まだまだ……」

「いいえ、姉様は十分に優れています。メル姉様はいつもアル姉様とご自分を比較するから基準が狂っているんです。アル姉様を除いて、メル姉様の年代でメル姉様より優れた魔法使いがいますか? 勉学に至ってはメル姉様はアル姉様と同等です。メル姉様は、持っている側の人間なんですよ。私と違って」


 マリアネはメルティアの方へと近づき、そのままメルティアに抱きついて顔を胸に埋めた。


「マリー……」

「……羨ましい。メル姉様が、羨ましい。ううん、妬ましい。私もメル姉様みたいになれたら良かったのに。……どうして私は、持っていないものばかりなんですか? ……メル姉様はずるいです」


 その時、メルティアは異変に気付いた。

 マリアネが自分を抱きしめる力が強すぎる。

 まるで、この場から逃がさないようにしているかのようだ。


「ちょっ、マリー……?」

「こんなの、不平等だ……っ!!!」


 マリアネが叫んだ瞬間、二人を魔力の蒼炎が包み込んだ。

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