084-家族会議⑤
「お父様、お母様。それに姉さんも。……私の話を聞いていただけませんでしょうか」
後悔あるいは悲しみに暮れる家族に向かってメルティアが声をかける。
フラムもメアリもアルティアも、ゆっくりとメルティアに顔を向けた。
三人の暗い表情を見て、メルティアは思わず息を呑む。
家族がみな現況の責任が自分にあると考えていると、再確認したのだ。
その上で、メルティアは率直な気持ちを伝えた。
「……お願いだから、自分を責めすぎないでください。だって……だって、お父様もお母様も、何も悪いことはしていません!! お母様と姉さんを苦しめたのも、そして姉さんが家出を決意したのも、全ての原因は、ハイスバルツ家の因習と性質にあるんですから」
一度話し始めると、メルティアの内から言葉と感情が溢れだした。
最愛の姉が、そして家族のためを想ってくれた両親が、自責の念に苦しんでいるのに耐えられなかった。
「お母様。お母様は私と姉さんを産んでくれました。そして当主の妻としての仕事をこなす傍ら、私たちのことをこまめに気にかけて、外部から教師を招いてくれたり……本当に感謝しているんです。それは姉さんだって同じです。でしょ、姉さん?」
「え、ええ」
「それに、姉さんは蒼炎の魔法がなくても、類稀な魔法の才能を持ってます。それは姉さんを産んだお母様が与えてくれたもの……だよね?」
「……そうね。あたし、確かに蒼炎の魔法を使えないのはコンプレックスです。でも、だからってお母様を恨んだりはしていません。だって、メルのいう通り、お母様はあたしにたくさんのものを与えてくれました。むしろ、お母様のおかげで、あたしは蒼炎の魔法がなくてもやっていけているんです。……お母様が気に病むことなんて何もありません」
アルティアは急に話を振られ少々戸惑いながらも、メルティアの意図を理解した。
母の心のとげを取り除けるのはアルティアだけなのだから、アルティアが母にはっきりと気持ちを伝える必要があったのだ。
メルティアは続けざまに父にも言葉を投げかける。
「お父様。父親失格だなんて、言わないでください。確かに、お父様が姉さんともっと話をしていれば、ここまで事態はこじれなかったかもしれません。でも……それでも、お父様は常に家族の事を思って行動してきたんです。その気持ちが間違っていたはずなんてないんです! ……私、今日お父様のお話を聞けて、嬉しかったです。自分の父が、家族を心から愛する人だと知れて、誇らしくなりました。そんなお父様が、父親失格のはずないんです」
言い終える頃にはメルティアの声は微かに震え始め、目はうっすらと潤んでいた。
彼女を見つめる両親の顔は、先ほどまでのような陰鬱さはだいぶ薄まっていた。
メルティアの話はまだ終わらない。
最後に彼女はすぐ隣にいる姉の方を向いた。
「……お姉ちゃん。私、お姉ちゃんが家出するって言い始めた時、反対したけれど。でも、あれが全ての始まりだったんだよ。……あそこで姉さんが行動を起こしたから、私たち家族は今こうしてみんなで話をしてる。あのまま姉さんが大人しくしてたら、多分こんな機会は作れなかった。私は今日、こうしてみんなで話して、本当に良かったと思ってるし、私たち家族みんなにとって今日という日はきっと転換点になる。もちろん、良い方に向かう転換点だよ。姉さんがきっかけになって、私たち家族は良い方に進んで行くんだよ」
「で、でも……やっぱりあたしのせいで」
「違うよ!!」
この期に及んでネガティブになっている姉に、メルティアは否定の怒声をぶつけた。
そのままメルティアの感情は爆発する。
「蒼炎の魔法が使えない? それでも姉さんは超一流の魔法使いだよ! 一族への敬意がない? そんなの一族の人たちが姉さんをいじめるからじゃない! 立場を無視して家出した? それもこの一族が姉さんを受け入れないから!! というか、さっきからの話、全部全部!! ハイスバルツ家の人間が、妬み嫉み僻みで、お母様と姉さんを攻撃するせい!! 私、やっぱりこの一族を許せない……!! この一族を変えたい……!!」
「メル……」
最後にはメルティアは大粒の涙を流していた。
怒りと悲しみが混じりあった、家族を取り巻く理不尽への感情が言葉とともに溢れ出してしまったのだ。
「この一族を変える。それが君が当主になりたい理由なんだね、メルティア」
現当主が問い、メルティアは泣きながらそれを首肯する。
「はい。お父様とお母様のお話を聞いて、この意志はより一層強くなりました。だって今のハイスバルツ家はおかしいです。一族の方を変えなくちゃ、同じことが何度も繰り返されるかもしれません」
「……君の言うとおりだね。一族を変える。……現当主である、私がもっと早く成してなければいけなかった事だ」
「……これは私の勝手な憶測ですけれど、お父様は、一族を変えたくともそれが出来ない理由があったのではないですか? 家族を守ろうとするうえで、お父様が受け身な方法しか考えなかったとは思えないんです」
フラムはその言葉に答える様子がない。
メルティアは憶測の続きを話す。
「……一族を変えようとすれば、いくらそれを主導するのが当主と言えど、強い反発を受けるのは必至です。そうなれば、お母様や姉さんへ向けられる悪意が今以上に苛烈になるかもしれません。場合によっては、私にも悪意が向けられるかもしれません。お父様はそれを恐れて、一族を変えるという根本的解決に踏み出せなかったのではありませんか?」
メルティアはフラムの顔を見つめたが、その口はまだ動かない。
それならばと、メルティアはさらに自分の考えを述べた。
「お父様。私も、姉さんも、もう守られるだけの子供ではありません。私たちが自分の身を自分で守れるようになったのなら、お父様にも余裕ができますよね? ……一族を敵に回したとしても、家族を守るだけの余裕が」
そこでようやく父からの返答があった。
「こうして君たちとしっかり話して、いかに私が君たちとの時間を疎かにしてきたかを痛感したよ。メルティア。君がこれほどに成長していたとは、想像していなかった。君の言ったように、私は恐れていたんだ。家族へ向けられる悪意が、より苛烈になってしまうことを。……現状でさえ、私は家族を十分に守ることが出来ていないのだから」
フラムは表情も声音も平坦だった。
しかし、その瞳から、姉妹は悲しみを感じ取った。
「私の望みは変わらない。家族を……メアリを、アルティアを、メルティアを、君たちを守りたい。だが、悪意の根本を断つためには、今以上の悪意に立ち向かう必要がある」
「私は覚悟しています。当主になり、ハイスバルツを変える。そのために戦う覚悟を」
「お父様、あたしも大丈夫です。というか、あたしは一族から出ていきますから」
アルティアのその発言に、両親は揃って彼女を見つめた。
母のメアリが顔を曇らせながら彼女に尋ねる。
「どうしても、この家を出ていきたいのですか?」
「はい。理由は昨日お話した通りです。それに、あたしがいたら一族の連中とやり合うのに邪魔なんじゃないですか?」
「ちょ、姉さん! そんな言い方しないでよ」
「……そうね、ごめんなさい。ただ、ハイスバルツ家に変革をもたらすなら、あたしがこの家を離れた方が好都合なはずです。家出騒動のせいで、あたしの立場は面倒になりすぎましたから」
現当主の長子にして、現当主に次ぐ実力者で、次期当主候補であったが、ハイスバルツ家を揺るがす家出騒動の元凶。
仮にアルティアがハイスバルツ家に留まるようなら、色んな方面で良からぬしがらみに囚われることは明らかだった。
「アルティア。……私とメアリは、君にこの家を出て行って欲しくないんだ。君との家族の縁を失いたくないとも言い換えられる」
「……それは、その」
「貴方の言っていることはそういう事です。……貴方の言う『面倒』は確かにあるでしょう。それでも、私たちは貴方の親なのです。それを背負うのが親の責任です。……背負わせてはくれませんか?」
両親からの求めに、アルティアはすぐには返答できなかった。
バルツの街に戻ってくる前までのアルティアであったなら、さほど時間をかけずにそれでも家を出ると言っていたかもしれない。
しかし、両親が自分に向けてくれていた想いを知った今、易々とそれを断ち切ることは出来なくなっていた。
アルティアは黙ったまま熟考した。
両親も、彼女の妹も、彼女が答えを出すのを黙って待った。
そしてアルティアは、再確認した自分の意志を改めて両親へと伝えた。
「……あたしはやっぱり、この家を出たいです。でも……お父様とお母様と話して、今、この繋がりを捨てたくないって気持ちもあるんです。……一つお願いがあります。聞いてくれませんか?」