083-家族会議④
「お父様が夢で出会った何かの言った『代償』。……それはあたしの『プロメテウス』だった、ということですね」
「ああ。私はそう考えている。……君とともに生まれるはずだった、プロメテウスの精霊の複製。何かは、それを持っていってしまったんだ」
父の夢の中にだけ現れた、得体の知れない何か。
その存在自体がアルティアとしては信憑性の足りない話ではあったが、彼女がハイスバルツの人間でありながら蒼炎の魔法に全く適性がない理由としては、辻褄が合う話ではあった。
「一年後、メルティアも生まれ、君たちはすくすくと育った。メアリも以前のように謗りを受ける事は無くなり、全てが良い方に進んでいくと私は思っていた」
「……でも、あたしに問題があった。あたしは当主の長子なのに、蒼炎の魔法が使えない」
「問題なんて言い方をすべきでないよ、アルティア」
「……事実です、お父様。……あたしが蒼炎の魔法さえ使えていれば。……あたしが蒼炎の魔法を使えないせいで、お母様はまた一族から責められた。あたしのせいで……」
「姉さん。……お父様の話の続きを聞こう?」
妹に止められて、アルティアは自虐で頭がいっぱいになりかけていた事に気付く。
ふと顔を上げれば、母親も申し訳なさそうな表情をアルティアに向けていた。
今のアルティアの自虐は、彼女自身だけでなく、彼女の親までも苦しめるものだった。
「っ、ごめんなさい、お父様、お母様。ありがとう、メル」
アルティアが持ち直したのを見てから、再びフラムは話し始めた。
「……私としては、私とメアリの子供たちが健やかに育ってくれるだけで良かった。だが、一族の者たちは、アルティアを、そしてメアリを責めた。……どうすれば君たちを一族の者たちから守れるのか、私は考えた。その時気付いたんだ。一族の者たちは、私の事を責めないと。何故か? 私がこのハイスバルツ家の当主だからだ。メアリとアルティアが一族の者たちから責められるのは、一族に求められる役割、ルールを果たせていないと見做されているからだ。そして、当主には逆らわない事、それもまたこの一族のルールだ。……当主の地位こそが、君たちを守る鍵になる」
「まさか、反対を押し切ってあたしを次期当主に据えたのって……」
「そうだ。例え蒼炎の魔法を使えなくとも、当主となれば関係ない。メアリも当主の妻、そして母となり、一族での地位が保証される。そう考えたんだ」
この時ようやく、アルティアは父という人間がどういう人物か分かった気がした。
誰にも負けない力を持ちながら、感情表現が恐ろしく不得手で、それでいて常に誰かのための選択を取る。
黙々とハイスバルツの当主を務めるだけの人物ではない。
全てに優れた完璧超人でもない。
とにかく不器用で、しかしその根源には愛がある。
それがフラム・ハイスバルツなのだ。
「だが……私は失敗したんだ」
「失敗……?」
「私はこの事を、今この瞬間まで君たちに話していなかった。メアリとだけ共有していたんだ。……私は、父として家族を守っているつもりになっていた。だが実際、私は当主としての振る舞いをしていただけで、父として君たちに接する時間をあまりに疎かにし過ぎた。君たちからの信頼を得る努力をせず、本人の意見も聞かず相談もせずアルティアを次期当主に据えた。……その末路が、アルティア、君に家出という決断をさせてしまった現状だ。違うかい?」
その問いに、アルティアはすぐには答えられなかった。
だが、彼女の中で答えは出ていた。
答え自体は、父の言うとおりだった。
アルティアは、今日この瞬間まで、なぜ父が一族の反対の声を全く聞き入れず、しきたり通りという根拠一点張りで、アルティアを次期当主に据えたのか、その理由がはっきりとは分からなかった。
もしも、その理由がアルティアとメアリを守るためだと知っていたら――アルティアは次期当主の立場を受け入れ、家出しなかったかもしれない。
まさか自分が当主になることに、そんな意味があるだなんて想像だにしていなかったのだ。
しかし、それをすぐに伝えることはできなかった。
アルティアは自分の言葉で誰かを傷つけることにすっかり臆病になっていた。
慎重に言葉を選ばなければ、昨日母親を傷付けてしまったように、今度は父親も傷付けてしまうと思ったのだ。
それでも、彼女の父親は、アルティアの沈黙が肯定を意味することを見破った。
「アルティア、メルティア。君たちは家出騒動を起こし、その際に建造物を破壊するという被害も与えた。その件については何らかの責任を取ってもらわないとならない。だが、家出そのものについては……私にも責任がある。私がもっと君たちと話し、君たちの話を聞いていれば、家出なんてしなかったんじゃないか?」
「…………お父様。せっかくだから、今この場で、話を聞いてもらえますか?」
「っ、お姉ちゃん……」
アルティアの震える声に反応し、メルティアがすぐ横の姉の顔を見ると、その目からは今にも涙がこぼれそうになっていた。
「あたし、ずっと……ずっと、怖かったんです。この一族が、一族の人間たちが。当主の娘のくせに蒼炎の魔法が使えないあたしに、言葉で、視線で、……時には暴力で、攻撃してきて。ほとんどの人が敵に見えていた。心の底から、ずっとずっと味方だと思えてたのは、メルくらいで。お父様とお母様も、お父様は忙しくてあまり近くにいないし、お母様も教育のために厳しくて……。厳しかったのはあたしたちの為だって今は分かるけど。とにかく、味方はメルだけだったんです」
「アルティア……」
アルティアの告白を聞き、メアリもアルティアと同じように泣きそうになっていた。
「だからあたし、敵から身を守るために……強くなって、強くなくても強いふりをして、敵に立ち向かうことにした。一族はメル以外みんなあたしの敵、こんな一族に従ってたまるかって。お父様も当主の仕事をするばかりで、あたしの味方じゃない、敵だって。思い込んでた。……だって、お父様がずっと、家族を守ることを考えていたなんて、知らなかったから……! お父様が味方だって、知らなかったから……!!」
そこでアルティアの目から大粒の涙がこぼれ始めた。
アルティアは両手で顔を覆う。
アルティアの言葉で、メルティアは一つの事実を再確認した。
姉のアルティアは、間違いなく最高峰の魔法使いであるが、決して無敵ではない。
傲慢なまでの自信に溢れ、自由奔放で傍若無人な振舞いは、敵対する人間を威圧し弱みを見せないための強がりだ。
実際のアルティアは自分を責めがちで、自己を肯定しきれない少女に過ぎない。
「それであたしは、お父様の考えも知らずにメルの反対も押し切って、メルも巻き込んで家出をして……。お父様の狙いをぶち壊して……。お父様とお母様も、家出の件で責められたってディランが……。あたしが大人しくしていれば、ここまで酷いことにならなかったのに……!!」
「……アルティア。すまない。私がもっと早く、成人になったらと先延ばしにせず、君と話す決意が出来れば――君に過酷な宿命を背負わせてしまったという私の罪に向き合えていれば、君をこんなに苦しめずに済んだはずだ。……私は、家族を守ろうとして、その実、家族を苦しめてばかりだ。私は、父親失格だ」
フラムが眉間にしわを寄せ、沈痛な面持ちで俯く。
姉妹が見た中で、ここまで感情が表に出ている父は初めてだった。
メアリもまた、ハンカチで涙を拭っている。
アルティアもフラムもメアリも、現状を招いた過去の自分の行動を悔いている。
しかし、この場でただ一人。
メルティアだけは別だった。