077-家族会議②
「お父様。お母様。私は次期当主になるために、この街に戻ってきました」
メルティアのその言葉を聞いて、母親のメアリは驚きを隠せなかった。
「貴方が……次期当主に?」
「はい、お母様。私は姉さんから次期当主の座を奪い、そしてお父様の後を継いで当主になりたいんです」
メルティアは毅然とした態度でそう伝えた。
初めて告げられた次女の願望はそれまで想像もしなかったもので、メアリは固まってしまった。
一方、父親のフラムには動揺の色は見られなかった。
「メルティア。君は自分の言っている事の意味を理解しているのか?」
「はい。私は……姉さんよりも優れた魔法使いであると、一族の皆さんに証明するつもりです」
「そうか。アルティアはこの話をもう知っていたのかな?」
「はい。あたしも、話を聞いたのはつい昨日の事ですけど」
「昨日……。そうか、メルティア。君は昨日、高熱から目を覚ましたんだね。ああそうだ、まさに今日が君の誕生日だ。……夢の中で、何かきっかけを得たんだね?」
「はい。プロメテウスを習得しました」
その報告を聞いた時、メアリは一瞬アルティアの方を見て、そして俯いた。
アルティアは母親のその動作を見逃さなかった。
「アルティア。君はこのメルティアの願望をどう思っているんだい?」
姉妹の父親は淡々と話を続ける。
相変わらず、感情の起伏がほとんど表に出てこない。
「あたしはまだ、メルを認めていません。当主という役割がいかに困難で重責か、曲がりなりにも次期当主をやってきたあたしは多少理解しているつもりです。あたしはそんな役割をメルに任せていいと思えていません。……でも、もしもメルが当主という役割を引き受けてくれるなら、それはあたしにとってとても都合の良い事でもあります。だから、メルがあたしを認めさせる事が出来たなら、あたしはメルを応援します」
「そうか。君は、どうすればメルティアを認めるんだい?」
「単純です。一族の人間たちの前であたしと決闘し、あたしに勝利する。そうすればあたしはメルを認めます。あたし以外の一族の人間も、メルの実力を認めるはずです」
「なるほど。メルティア、君もアルティアと同じように、一族の者たちの前で決闘すれば良いと、そう考えているのかい?」
「え? えっと……はい。そのつもりです」
「私としては、いきなり君をアルティアと決闘させたくはない。君は決闘の実績がない。そんな状態で、次期当主の座に実力で登りつめたアルティアと君を戦わせたくないんだ」
「危険だから、ですか?」
「それは理由の一つに過ぎない。例えば、君がいきなりアルティアと決闘して、そして勝利できたと仮定しよう。それで本当に一族の人間は君を認めるかな? 君はアルティアの妹だ。実力の伴わない八百長による次期当主の座の譲渡だと、難癖をつけられるだろう。少なくともザイム殿はそうする」
「つまり、一族の人間を認めさせたければ、姉さんと決闘する前に実績を作れという事ですか?」
「そうだ。私も、実力を把握できないまま娘同士を決闘させたくない」
「それならご安心ください、お父様。メルは今朝、ディランに決闘で勝利しました」
アルティアの言葉に、フラムは目を若干見開いた。
横にいるメアリは驚き「えっ!?」と声を出してしまっていた。
「それは本当なのですか、メルティア!?」
「は、はい。私が勝利し、ディラン兄様は、私を次期当主として支持してくれると、約束してくれました」
メルティアからそう聞いたメアリは、口を閉じ平静を装おうとしていたが、目がますます潤んでいた。
これは自分たちが何かを成し遂げた時、母が見せてくれる表情だということを、姉妹は知っていた。
「そうだったか。……メルティア。私は君を侮っていたらしい。驚いたよ」
フラムはほとんど表情を変えずそう言い放つ。
実の娘たちであっても、フラムの感情を窺い知るのは困難だった。
「お父様。お母様。私も家出に加担した身です。然るべき処罰は受けます。ですが、この家のしきたりに従って、次期当主の座に挑戦させてください」
そう言ってメルティアは頭を下げた。
一族の人間すべてに認められたうえで、次期当主の座を掴むというメルティアの夢。
それは当然、父親と母親も認めさせる対象に含まれる。
まずはこの二人に認めてもらわないことには、何も始まらないのだ。
「メルティア。頭を上げなさい」
父親に言われ、メルティアは頭を上げる。
父親は相変わらずの無表情だ。
「君の望みはよく分かった。……あの家出の日の後、ディランから話を聞いた。君は最初、家出を阻止するようにディランに頼んだらしいね。なのに君は、土壇場でディランを攻撃し、アルティアの家出を手助けした。この不思議な行為の理由が分からなかった。だが、もしかして君は、アルティアに直接勝ちたい、それも出来れば一族の決闘という形式の中で勝ちたいから、そんな不可解な事をしてアルティアから離れまいとしたのかな」
「……はい」
「そうか。話してくれてありがとう。君の処遇は後ほどまた一族の人間で話し合う予定だ。さて、次は君の話を聞かせてくれるかな、アルティア」
フラムはメルティアに軽く礼を言うと、あっさり話の中心をアルティアに移してしまった。
何かもっと言われるのかと思っていたメルティアにとってこれは肩透かしだったが、彼女の父はいつもこんな感じで言葉は淡白だった。
話を振られたアルティアは父親を真っすぐ見つめ、口を開いた。
「あたしを勘当してくれませんか?」
その瞬間、場の空気が凍り付いた。
もしかしたらそんな事を言うのかもしれないと予想していたメルティアでさえ、あまりに直球過ぎる姉の要求に言葉を失った。
メアリが立ち上がり、アルティアを怒鳴りつける。
「アルティアっ!!! あ、貴方……!!! 自分が何を言っているか分かっているのですか!!??」
「あたしをハイスバルツから追放して欲しい。あたしにこの家との縁を切らせてほしいと言っています」
わなわなと震える母親とは対照的に、アルティアは落ち着き払った様子で返答する。
「どうして……どうして貴方は……、っ!!」
メアリの言葉を遮り抑えるように、フラムは腕を横に伸ばし彼女を制した。
アルティア同様冷静な声で、フラムはアルティアに問いかける。
「理由を聞かせてもらってもいいかな? 家出の時はこうやって話を聞くことも出来なかったからね」
「ええ。いくらでもお話します」
そうしてアルティアは、家出ならびにハイスバルツとの縁を切りたい理由を話し始めた。
ハイスバルツという一族をどうしても受け入れられないこと。
当主になんてなりたくないこと。
かつての家庭教師、ジェーンに会い謝りたいこと。
家に縛られず、自由に世界を旅してみたいこと。
「なんて自分勝手な……」
一通りアルティアが話し終えると、メアリがそう言葉をこぼした。
「アルティア。貴方はこの家に育ててもらった恩義は感じないのですか? 貴方が家出に至るまでのおよそ十六年、貴方に衣食住と教育を与え、その才能を育んだのはハイスバルツ家なのですよ?」
「だからって、ハイスバルツの言いなりになる理由はありません。あたしは、この家が許せないんです。……この家で育ったことが、恥ずかしいくらいに……!」
返事をするアルティアの声には、少しずつ怒りの感情が混じり始めていた。
それは、今の自分があるのは確かにハイスバルツ家のおかげであるという事実が、彼女を苛つかせているからだった。
「あたしはこんな家に生まれたくありませんでした」
アルティアの声は震えていた。
「だって……だって、この一族の人はあたしの事を受け入れない。しきたりの通り、決闘で次期当主の座についたのに、あたしを認めようとしない。……あたしが蒼炎の魔法を使えないから」
「っ……!」
蒼炎の魔法が使えない。
それを言われた瞬間、メアリの顔がこわばった。
「蒼炎の魔法が使えないから、どんなに力を示しても拒絶される。ねえ、お母様、お父様。どうしてあたしは、蒼炎の魔法が使えないんですか?」
アルティアの声にもう余裕はなかった。
それを聞くメアリの表情も、憔悴がはっきり表れていた。
フラムもまた、目を閉じ眉間に少し皺を寄せていた。
その二人の反応を見て、アルティアの心の中の不安が増大した。
そして、恐ろしい可能性ながら確かめずにはいられない疑問が、口からこぼれた。
「ねえ。あたしは……本当に、貴方たちの子供なんですか?」
アルティアのその言葉に、両親はすぐには返答できなかった。
アルティアはそのまま、思いの丈を吐き出してしまう。
「あたしが、ハイスバルツの血を持っていないなら……辻褄が合う。それならあたしが蒼炎の魔法が使えないのは自然だもの。……お母様がハイスバルツに嫁いでからあたしが生まれるまで、ずいぶん時間がかかったと聞いています。後から結婚された叔父様夫婦の間に、先にディランが生まれても、一向にお母様は懐妊されなかったと。でも、当主の妻として、世継ぎの子が生まれないなんてのは……ザイムやトーチみたいな連中が嫌味を言ってくる。あいつらは外様の人に容赦しない。お母様は追い詰められたのではありませんか? だから、お母様は、……どうしても子供が欲しかった。そのために、お母様は、……っ!!」
単なる可能性でしかないと自分でも分かっているのに、アルティアは最悪の想像を吐き出さずにはいられなかった。
話しているうちに、アルティアはついに涙を流し始めた。
「そこまでだ、アルティア」
父に制止され、アルティアは言葉を止める。
そこで初めて、母親もまた自分と同じように泣いていることにアルティアは気付いた。
「一度、中断しよう。また明日、話し合わせてほしい」
フラムは一方的に娘たちにそう告げ、自身の妻を支えながら、部屋を去ろうとする。
そして扉の前で立ち止まり、娘たちの方を向いた。
「アルティア。メルティア。君たちは私たちの大切な子供だ。……それだけは、今この場で言わせてくれ」