072-誇りの巨人
決闘場の中央で、メルティアとディランの魔弾の魔法が衝突した。
閃光と爆発音を起こし、互いの魔弾が相殺される。
だが、メルティアの魔弾は一つではなかった。
遅れて飛んできたもう一つの魔弾は、相殺される事なく真っ直ぐディランへと飛んでいく。
しかし、その魔弾はディランには到達しない。
魔弾がディランに迫ったタイミングで蒼炎の壁が現れ、魔弾を消し去ってしまった。
「無駄な小細工はよせ。貴様如きが策を弄したところで俺の守りを突破する事はできない」
「確認したかっただけです。兄様の防壁がどれほどのものか。私は兄様と決闘するの、初めてなので」
二人は互いに杖を握ったまま言葉を交わす。
メルティアは格上のディランを相手にするにあたって、弱点を見つける事に注力していた。
自分がディランと決闘するのは初めてでも、ディランの決闘を見た事はあり、その特徴は知っている。
鉄壁の防御、それがディランの最大の武器だ。
無詠唱の蒼炎の魔法により築かれる防壁を突破する手段を持たなければ、勝負の土俵に上がる事すら出来ない。
メルティアの知っている範囲では、その防壁を破る方法は二つある。
一つは、蒼炎で防ぎきれない方法で攻撃する。
ディランの蒼炎を上回る魔力の塊や、蒼炎に焼き尽くされない巨岩をぶつければ、壁を貫通して攻撃する事ができる。
もう一つは、ディランに認識されずに攻撃する。
ディランの防壁はディランが発生させようと思った場所にしか発生しない。
完全にディランの虚を突けば、防壁に阻まれず攻撃を通す事が出来る。
家出の日、メルティアがディランに雷の魔法を命中させたように。
ただし、今のメルティアにはそのいずれの方法も簡単には取れない。
防壁を貫くほどの魔法は消費が大きく、攻撃を外した後の防御に支障が出る。
そして不意を突く方法は、真正面からの決闘ではほとんど無理だ。
だが、今のメルティアには、防壁を無効化出来る第三の選択肢があった。
「出し惜しみなんかしませんよ。私はこの決闘で、姉さんも、兄様も、認めさせてみせる……!! ――プロメテウス!!」
メルティアが半身との合言葉を口にすると、頭の中に声が響いた。
「ええ、私に任せてください。貴方が見せてくれる景色、楽しみにしていますよ?」
その声と共に、メルティアの背後に魔力の集合体が現れる。
丸い熊のような姿をした、メルティアの『プロメテウス』だ。
メルティアがプロメテウスを発動した瞬間、ディランは異変に気付いた。
自分の周りに準備していた蒼炎の防壁の手応えが無くなったのだ。
試しに一瞬防壁を発動させようとしても、反応がない。
「なるほどな。やはり貴様のプロメテウスは、炎を消し去るのか」
昨日、トーチの蒼炎の魔法が阻まれた一件から、ディランはメルティアのプロメテウスの性質に見当を付けていた。
プロメテウスの性質は使い手によって様々だ。
現当主やディランのように炎を纏った巨人を召喚し操るものもあれば、ポリネーのように炎を自分自身に纏い能力を向上させるものもある。
そしてメルティアの召喚した、炎を纏っていないプロメテウスは周囲の炎を消し去る力がある。
蒼炎の魔法を主力とするハイスバルツ家の魔法使いにとって、炎を消し去るメルティアのプロメテウスは、天敵と言って差し支えない。
「――防壁を使わない決闘は久しぶりになるな。面白い。それでメルティア。プロメテウスを使ってやる事は、それだけか?」
メルティアは何も答えなかった。
それはメルティアがこの状況に余裕を感じていない事を意味した。
プロメテウスを召喚しディランの蒼炎を無力化したものの、ディランの魔法は蒼炎だけではない。
蒼炎を封じただけでは勝利できないのだ。
「炎を封じるプロメテウスか。せっかくだ。これを一度試してみるか。――プロメテウス」
「なっ!?」
ディランがそっと、ハイスバルツの秘技を発動させる。
メルティアのプロメテウス発動下では、蒼炎は生じないはずだ。
それではディランのプロメテウスは発動しないのか?
答えは否だった。
ディランの背後から、魔力塊の巨人が現れる。
それは炎こそ纏っていなかったものの、絶大な破壊力を感じさせるだけの圧力があった。
「何を驚いている? 貴様自身のプロメテウスもそうだろう。プロメテウスとは蒼炎そのものではなく、魔力の塊だ。貴様がいくら蒼炎を封じたとて、プロメテウス自体を封じられる訳ではない」
炎を封じたところでプロメテウスを完全には無力化出来ない。
メルティアもその可能性は想定していた。
というより、彼女自身の『プロメテウス』からそうなると教えられていた。
ディランが早とちりしてプロメテウスを使わないでいてくれれば楽だったのだが、ディランは冷静だった。
「くっ……導きの木よ!! 『雷を』『束ね』『矢となし』『解き放て』!!」
メルティアの杖先から雷の矢が放たれる。
それはディランに向かって真っ直ぐ飛んでいったが、今度はディランの巨人のプロメテウスがその巨大な手を防壁とし、矢を防いだ。
巨人は指と指の隙間を開き、そこからディランの顔が覗く。
「雷の矢か。あの夜、貴様は俺の不意を突き、その魔法で邪魔をした。忌々しい……。貴様如き、正面からでは俺に敵わんのだ」
「導きの木よ!! 『雷を』『束ね』『無数の矢となし』『解き放て』!!」
メルティアはディランの言葉には応じず、さらに大量の雷の矢を放つ。
だが、巨人の両手によって隙間のない防壁が築かれ、やはりこれらの矢も阻まれてしまった。
「数を撃てば一発くらい当たると思ったか? こんな速さも力強さも足りない魔法、俺のプロメテウスを貫けるわけがないだろう!」
巨人が両手をどかした瞬間、ディランの魔弾の魔法が無詠唱で放たれる。
その魔弾は人間大ほどの大きさがありながらメルティアの矢よりも高速な、防御も回避も困難な一撃だった。
だが、その魔弾の向かう先にいたのは、メルティアのプロメテウスだけで、メルティアはそこにいなかった。
魔弾が命中し、メルティアのプロメテウスの腹の部分が霧散する。
しかし霧散した身体はすぐにまた再構成された。
その現象にディランは違和感を覚えた。
プロメテウスの精霊は、プロメテウスの魔法により物理的な身体を求めるはずだ。
あんな、まるで実体がないかのようなプロメテウスはおかしい。
いや、それよりも。
メルティアはどこへ行った?
ディランの視界の前方百八十度に人影は見えない。
それを確認したディランは、咄嗟に巨人を操作し、自分に覆い被さるように守らせた。
その直後、ディランの直上、巨人の背中に衝撃が発生した。
拡散していく魔力の感覚から、巨人に当たった魔法は蒼炎の魔法である事をディランは感じ取った。
「なるほど。どうやら貴様も少しは工夫しているようだな」
巨人に遮られたためディランには見えていなかったが、目の前の事象でディランは状況を推測した。
無数の雷の矢が放たれ、巨人の防壁によりディランの視界が遮られた隙に、メルティアは何らかの手段で上空へ飛んだのだ。
メルティアはディランから姿をくらまし、上空というディランの死角から、彼女にとって最も自信のある魔法であろう蒼炎の魔法で、防壁を突破しようとした。
だがディランが巨人に自身を守らせた事で、メルティアの作戦は失敗に終わった。
そしてこの作戦の失敗は、メルティアにとって絶望的なある事実を浮き彫りにしてしまった。
たとえ蒼炎の魔法であっても、ディランのプロメテウスを強行突破する事は出来ないのだ。
◆
「ポリ姉、今の見た?」
「ええ。メルティアさん、あんな無茶をする子でしたっけ」
客席に座るアリアとポリネーは、メルティアの大胆な行動に驚きを隠せなかった。
ディランの鉄壁の防御は、不意を突いてそもそも防御させないのが攻略法の一つだ。
メルティアはディランが防御により視界が狭くなるのを利用して、ディランの死角となる上空へと飛んだ。
その飛び方が問題だった。
メルティアは自身のプロメテウスの手に乗り、プロメテウスに自分を投げさせたのだ。
その後空中でディランに向かって蒼炎の魔法を放った後、一度プロメテウスを引っ込めてから着地点に再召喚し、結界石の消耗を抑えた。
「家出の時に大岩で飛んで落下した時、ああいうスリルにハマっちゃったのかしら。前飛んだ時も怖そうにはしてなかったし」
「実体のある身体を持つ、プロメテウスが使えるからこその手段ですね」
ポリネーのその言葉に、アリアは引っかかりを覚えた。
プロメテウスは実体を持つもの。
確かにそのはずだ。
アリアがそれまで見てきたプロメテウスは、みな実体を持っていた。
だからこそ、ディランは蒼炎の防壁が使えなくてもプロメテウスによって身を守る事が出来ている。
しかし、一方でメルティアのプロメテウスが魔弾の魔法を被弾した時の霧散するかのような現象は、まるで実体を持たないかのようだった。
「……一体何を隠してるのかしら? メル」
◆
ディランの後方に着地したメルティアは、ディランに覆い被さるように屈んでいる巨人を見つめていた。
そしてディランの守りの堅牢さに辟易すると共に、ある種の敬意を抱いていた。
ディランの守りの堅牢さは当然知っていた。
アルティア以外と決闘する時のディランは、あの守りの堅さを持ってして相手の手の内を潰していき、手札が無くなりやぶれかぶれになった相手を制圧して勝利してきた。
だが、アルティアが相手の時は、ディランの守りは通用しなかった。
アルティアの魔法は無詠唱ゆえに発動が速く、それでいて非常に威力が高い。
その為、ディランも防壁を強力にする必要があるが、強力な防壁は発動に多少の時間がかかるらしく、アルティアがスピードに物を言わせて攻めていくと、どこかで綻びが生じて守りが突破される。
しかし、そんな事が出来るのはアルティアだけだ。
ほとんどの場合、ディランは相手の攻撃を正面から受け止めた上で、全てを封じ、勝利する。
戦法にも表れているディランのその真っ直ぐさに、メルティアはかねてより尊敬の念を抱いていた。
ディランはハイスバルツの人間の中で、最もハイスバルツの名に誇りを持っている人物であるとメルティアは認識している。
バルツの街の統治、防衛、そして周辺地域への鉱石資源の流通。
それらのハイスバルツの功績を誇りに思い、そして自身もハイスバルツの一員として、ハイスバルツに貢献する事に人生を捧げている。
姉とは何もかもが正反対だが、だからこそ、当主を目指すメルティアにとって、ディランのハイスバルツ家への誠実さと誇り高さは、尊敬できる点であった。
そんなディランにとってプロメテウスは、ハイスバルツを守る堅牢な盾であり、ハイスバルツの人間である証明でもある、彼の誇りそのものなのだろうとメルティアは考えている。
そしてふと、メルティアの脳裏に疑問が湧いた。
――それじゃあ、私のプロメテウスは、私にとって何?