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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
モラトリアムの終わり
73/99

071-再会の約束

 アリアとメルティアがセルリの街を離れる朝。

 家出をした晩以来に貴族の服を着た二人は、可能な範囲でフランブルク商会の関係者に挨拶回りをしていた。

 ディランによる決闘の待ち合わせ時間がかなり早いため、挨拶が出来たのは住み込みの従業員と支部長だけだった。


「……というわけでね、私と姉さんはしばらくこの街を離れるの。急な話でごめんね」

「……また、帰ってくるんですよね? ご主人様」


 カナリア、ピジョ、クローの三人は、メルティアとの別れに今にも泣きそうな顔をしていた。

 三人はフランブルク商会にやってきてからはアリアと同等かそれ以上にメルティアと一緒に過ごした時間が長い。

 メルティアとしても、自分が商会に引き入れたのに三人を置いていってしまうのは心苦しかった。


「ええ、もちろん。私はこの街に戻ってくる。貴方たちとも、魔法大学の人たちともまだまだ一緒にいたいからね」


 そう言ったメルティアだが、本当にセルリの街に帰って来れるかは自信がなかった。

 なにしろ、全てが望むままに進むと、メルティアはハイスバルツの次期当主となる。

 その立場で好き勝手にバルツの街を離れられるわけが無い。

 メルティアは、嘘をつくのが下手な自分の事だから、もしかしたら三人にも見抜かれてるかもしれないと思いながら、それでも願望も込めてこの街にまた戻ると伝えた。

 

 支部長は今日の朝早くに出勤して、すぐロベルトから事情を聞き、絶句していた。

 しかし、ヘイル会長の無茶苦茶に付き合わされてきた海千山千の支部長は、この程度なんとでもしてやると頼もしい啖呵を切ってくれた。

 

「全く。話が急にも程があるな。お前たちがやっていた仕事は誰が引き継ぐと思ってるんだ?」

「ごめんなさい、支部長。あたし達が戻るまではなんとかロベルトとやりくりして。戻ったら、溜まった仕事を手伝うから」

「……まあ、お前たちが商会にいるのは一時的なものだと初めから分かっていた。どうにか余裕を見つけて、あの三人に仕事を教えるか。メリア、あの三人は今どれくらい読み書き算術が出来る?」

「文字は覚えました。単語ごとの綴りはちょっとまだ怪しいです。算術は二桁の加算減算までは教えてますけど、乗算除算はまだです」

「やれやれ、使い物になるまでは遠そうだ。つくづくお前たちの優秀さには助けられてきたよ。……達者でな。またこの街に来たら、仕事はいくらでも与えてやれる」


 姉妹がフランブルク商会をもうすぐ発とうというタイミングで、ロベルトは何故か商会の外から現れた。


「あら、ロベルト。どこ行ってたのよ? 改めて挨拶したかったのに」

「悪い、どうしても今取りに行かないといけねえものがあったんだ」


 そう言ってロベルトは懐から細長い箱を取り出し、メルティアに手渡した。


「ロベルトさん、これは……?」

「開けてみろ」


 促されるままメルティアが箱を開けると、中に入っていたのは一本の杖だった。


「わっ……これって……!!」

 

 それは、メルティアが長年使っていた杖にそっくりの新しい杖だった。


「誕生日、今日だろ。おめでとう、メルティア。……一週間前の親父の事件でお前の杖が折れちまっただろう。だから、街の職人に注文していたんだ」

「っ、ロベルトさん……!! ありがとうございます!!」

「やるじゃない、ロベルト。メルの姉として褒めてあげる」


 メルティアは箱から杖を取り出し、色んな角度から杖を眺める。

 元々メルティアが使っていた杖にそっくりな上で、随所に最新の技術と工夫が見てとれた。

 決して安い買い物ではなかったはずだ。


「ロベルトさん、これ、いくらしたんですか……?」

「誕生日プレゼントだぜ? そういう詮索はなしだ。……あの事件の時、お前には迷惑をかけたしその上で俺も親父も命を救われたからな。これくらいの礼はさせてくれ」

「お礼だなんて……っ! 私たちはロベルトさんに出会ってからお世話になりっぱなしなのに!!」

「ま、とにかく俺がその杖を送りたかったんだよ。それでだな、メルティア。今お前が使ってる杖、返してもらっても良いか?」

「あっ、そういえば……」


 ここ最近メルティアが使用していた杖は、ヘイル会長から渡された杖だった。

 魔法使いでもないヘイル会長が何故魔法の杖を持っているのか、不思議に思いその場で尋ねたのだが、はぐらかされて結局理由は分からずじまいだった。

 メルティアは貰った杖をしまい、入れ替わりにヘイル会長の杖を取り出した。


「もしかして、この杖ってロベルトさんのご家族に関する物なんですか?」

「お前、たまに勘がいいよな。そうだよ、その杖は俺の母親の形見だ」

「そんな大切な物だったんですか!? す、すいません、そんな大切な物を……」

「ああ、謝る事はねえよ。あの時はお前がその杖を持っていたから何とかなったわけだし、昨日だってお前がなんかやってなきゃランビケさんが危なかったんだろ。それに、お前は物を大事にするからな。心配はしてなかったよ」


 メルティアはその手にある杖の重さを理解し、急に杖を持っているのが怖くなった。

 万に一つも間違いがないように、恐る恐るロベルトに杖を返却する。


「ど、どうぞ……」

「ははっ、そんなにビビる事はねえよ。……ん、ちょっと焦げてるか?」

「そ、そんな!?」

「冗談だよ。大丈夫、問題ねえさ」

「よ、よかったぁ……」


 メルティアは胸を撫で下ろす。

 そんな様子を見て、アリアとロベルトからは笑いが漏れた。


「……ま、俺はこの街にいるからよ。馬鹿話のネタは集めといてやるから、この前の酒場でまた飲もうぜ」

「ええ、約束するわ」


 メルティアもアリアに続いて何か言うと他の二人は思っていたのだが、メルティアは何も言わなかった。

 少しの間を置いてから、メルティアは口を開いた。


「私、ロベルトさんにお礼を言わなきゃいけません」

「それはもう言われ過ぎて腹一杯なんだが」

「そ、それはそうなんですけど。今まではっきり伝えてない事が一つあって。私、ロベルトさんの在り方に勇気をもらってたんです」

「在り方に? どういうことだよ」

「商会の会長を志すロベルトさんの在り方に、私、憧れを感じていたんです。支部長や会長に意地悪されても、真っ当に成果を上げて周りを認めさせようとする姿は、私が本来目指さなくてはいけない在り方でした。……私が決意出来たのは、ロベルトさんに憧れて、私もそう在りたいって思ったのも要因の一つなんです。本当に、ありがとうございます」


 思いもしていなかった方向から伝えられた感謝に、ロベルトは照れ臭くなり顔を赤らめた。

 姉妹のために起こした行動ならまだしも、まさか普段の自分の振る舞いを感謝される事があるとは思ってなかったのだ。


「あら〜? ロベルト、照れてるの?」

「うっせえ。……メルティア。次期当主の座、掴んでこいよ。そんでバルツまでの交易路を作る俺の野望、手伝ってくれ」

「ロベルトさんこそ。そんな大きな事業を動かせるくらい、成り上がってくださいね」


 ロベルトがメルティアに右手を差し出す。

 メルティアはそれに応え、ロベルトと握手をした。

 その次に、アリアにも右手を差し出し、アリアもまた握手に応えた。


「それじゃあ、行ってきます」


     ◆


 魔法大学の決闘場。

 その中でも一番の広さを誇る円形決闘場を、元主席の立場を利用してディランは借りていた。

 アリアとポリネーは、その決闘場を囲むように作られた客席に、隣り合って座っていた。


「家出の時は狸寝入りしてたくせに、どうして今回ははるばるセルリの街まで来たのよ? ポリ姉」

「狸寝入り? いえいえ、私はあの晩ぐっすり眠ってて、本当に貴方たちの家出には気付かなかったんですよ」

「火事から逃げ遅れる人間がいないように、メルが必要以上に音響の魔法を使ってたんだから、寝てるわけないじゃない。どうせ面倒ごとに巻き込まれるのが嫌だったんでしょ」

「本当に、貴方たちが起こした面倒ごとには困らされますよ。あれのせいでハイスバルツのお偉方はカンカン。私は無関係だって言ってるのに、こうやって遠くまで派遣される羽目になったんですよ?」

「どうせならその上の連中の命令も知らんぷりしてくれれば良かったのに。あたし、単純な戦闘ならともかく、追いかけっこじゃ貴方に勝てる気がしないもの」

「ハイスバルツ最速の貴方がご謙遜を〜」

「最速って魔法を使う速度の話じゃない。空飛ぶ相手に追いかけらたら敵わないわよ。まったく、貴方のプロメテウスは訳わからないわ」

「ふふ。そのお褒めの言葉、ハイスバルツのお偉方の前でも言ってくださいね。私の評価が上がりますから。ところで良かったんですか? この決闘、やらせちゃって」

「あたしは別に次期当主の座なんてどうでも良いからね」

「それもそうですけど、ディランの方ですよ。彼、貴方たちが家出した頃からずっと怒り続けてたんですよ? 貴方にも、家出を邪魔したいのか助けたいのかはっきりしないメルティアさんにも。ディランはきっと、この決闘でメルティアさんに私怨をぶつけるつもりですよ」

「そうかしら? まあそれでも良いのよ。……メルが本当に当主になるなら、ディランの悪意くらいいなしてくれないと話にならないわ」


     ◆


 円形決闘場の中央で、メルティアとディランは向き合っていた。

 決闘前に、ルールの示し合わせを行なっていたのだ。


「結界石、使ってもいいんですね。それもこんな上質なのを」

「決闘は殺し合いではない。勝敗を決する為のものだ。だが貴様、ハイスバルツの決闘のルールは忘れていまいな?」

「ええ。相手の降参宣言、あるいは十秒以上の行動不能が勝利条件。結界石が割れたら終わりの魔法大学のルールより、ずいぶん徹底的にやりますよね」

「学生の模擬戦ではない、ハイスバルツ家の儀礼だからな。誰が見ても納得する形で決着する必要がある」

「……ええ。この決闘での勝敗に、異論を挟む余地はない。私も望むところです」

「しばらく会わないうちに、大口を叩くようになったものだ。身の程を分からせてやる」


 ディランの刺すような視線がメルティアを貫く。

 それまでその視線が姉に向けられる事はあっても、自分に向けられるのにはまだ慣れなかった。

 だが次期当主ともなれば、今まで姉に向けられていたそのような視線を全て引き受ける事になる。

 決意を固めたメルティアは、たとえ相手がハイスバルツのナンバースリーであっても、立ち向かうのにもう躊躇はなかった。


 向かい合った二人が互いに杖を持ち、相手へと杖先を向けた。

 そして二人同時に、決闘開始の合図となる呪文を唱えた。


「「導きの木よ。『力を』『束ね』『解き放て』!!」」

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