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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
モラトリアムの終わり
71/99

069-トラウマ

 扉から夕陽の差し込む薄暗い倉庫の中、アリア、メルティア、ロベルトとディラン、ポリネーはそれぞれの人質を連れて対峙していた。


「ディラン、まずは人質の交換といかない? ランをとっとと解放なさい。そしたらトーチを返してあげる」

「ああ、構わん。ポリネー、縄を解け」

「えっ?」


 あまりにあっさりディランが要求を飲んだため、アリアは拍子抜けしてしまった。


「ずいぶんあっさり要求を飲んでくれるのね?」

「拒む必要がないからな。貴様をこの場に呼び出せた時点で、ランビケ・フレーは役割を終えている。我々はいくらでも貴様の知人を人質にする事が出来ると証明した時点で、貴様はもう我々に逆らえん」


 アリアは何も答えなかった。

 ディランの言葉は正しい。

 アリアにとって、自分の都合のために親しい誰かの未来を奪うなんて選択肢は絶対にありえないものだ。

 ハイスバルツにこのセルリの街での交友関係を掴まれてしまった時点で、実質その全員を人質に取られているようなものであり、例えこの場を切り抜けたとしてもまた誰かに危険が及ぶ。


 ランビケは縄を解かれ、その瞬間アリアの方へと駆け出した。

 それを見てロベルトもトーチの縄を解き始める。


「……っ、ラン!!」

「アリアさん!!」


 アリアが声を詰まらせながら、解放されたランビケとハグする。


「ごめんなさい、ランっ……! あたしの実家のせいで、怖い想いをさせて……!!」

「……アリアさんとメリアさんの事、あたし、信頼してましたから……!」

「……っ、ほんと、ごめんね、ラン……」


 アリアはしばらくしてランビケから離れた後、目元を拭って改めてディランと対峙した。


「ディラン、改めて貴方の要求を聞こうかしら」

「バルツの街に戻り、然るべき罰を受けろ。そして次期当主としての責を果たせ」


 ディランの言葉は簡潔だった。


「貴方、今日はずいぶんあっさりしてるのね? あたしはもっと恨み言を聞かされるものだと思ってたわよ。それこそ、家出の日の続きとばかりにね」

「あれから何ヶ月経ったと思ってる。怒りの感情などとうに冷めた」

「そう。あたしの返事を聞いてもそのままでいてくれるとありがたいわ」

「……何?」

「バルツの街には一度戻るわ。どのみち話をつけないといけないみたいだし。でも、次期当主はもしかしたらあたしじゃなくなるかもしれないわ」

「どういうことだ」


 ディランが問うと、それまで一行の後ろにいたメルティアが前へと出てきた。


「私が当主になります」


 毅然とした態度でメルティアはそう主張した。

 それを聞いたディランの眉がピクリと動いた。


「私が姉さんから次期当主の座を奪います。そして姉さんを罰としてハイスバルツ家から追放する」

「……メルティア。貴様、この街で冗談でも学んだのか? 貴様にしては自然体で嘘を言えるようになったな」

「私は今でも嘘をつくのは下手ですよ。嘘なんか言ってません」


 ディランは何も言葉を返さなかった。

 だが、その手にはいつの間にか杖が握られていた。

 そしてその場にいた全員が、建物の中が急に暑くなったのを感じた。


「罪人のクレームなど聞き入れる必要はないよ、ディラン」

「ひっ!」


 一同が声のする方へ振り向くと、トーチがランビケに杖を向けていた。


「なっ、あのおっさんの杖はへし折ったはずだぞ!」

「詰めが甘いね。スペアを持って紛失等のリスクをケアするのは当然の事さ」

「ちょっと、ふざけんじゃないわよトーチ!!」

「ふざけてるのはどちらだい? 罪人の分際でリクエストをしようなんていう君たちの方がふざけてるだろう。まったく、君のような愚か者を次期当主に据えて譲らないなんて、フラム様の子煩悩には困らされる」


 アリアもメルティアも杖を持ったが、それをトーチに向ける事はできない。

 

「流石にこの状況で僕に杖を向けるほど愚かではないようだね。これでようやく君たちのシチュエーションが理解できただろう? それにしてもアルティア、人質候補のデータを眺めている時、僕は君のあまりの愚かさに笑いが込み上げてきたのを思い出したよ」

「……は? どういうことよ」

「だってこのランビケ・フレーは、いつかの愚かな家庭教師の姪だっていうじゃないか。確か、トレアとか言ったかな?」

「……え」


 想像だにしていなかった情報の衝撃で、アリアは硬直する。

 そしてメルティアは、最悪の状況で最悪の情報が開示された事に血の気が引いた。


「ハイスバルツに反するような事を教えたあの愚かな家庭教師も、きっと君が余計な話をしなければ罰される事もなかっただろうに。君が再び愚行を働いたがために、今度はその姪が罰されるのさ。愚かすぎて笑えてくるだろう?」

「ランが……ジェーン先生の、姪……?」


 アリアが杖を落とし、膝から崩れ落ちる。

 呼吸が小刻みになり、汗がダラダラと流れ落ちる。

 メルティアはなんとか姉を落ち着かせたかったが、言葉が出てこなかった。

 ランビケとジェーンの関係は、トーチが言う通り事実なのだから。

 アリアの反応を見て、トーチはほくそ笑む。


「ああ、いい顔だよアルティア。この女を人質に選んで正解だった。どれ、彼女も伯母と同じ目に遭わせてみようか」


 そう言ってトーチはランビケの足に杖を向ける。


「あっ……! やめっ……!」

「これは全て君のせいだ、アルティア!!」


 今にもトーチの杖から蒼炎が放たれようという瞬間、メルティアがひとつの呪文を唱えた。


「プロメテウスっ!!」


 その呪文に周囲のすべてのハイスバルツの人間が振り向いた。

 メルティアの背後には、人の三倍ほどの大きさをした魔力の塊が現れていた。それはまるで、丸く巨大な熊のような姿をしていた。

 そしてメルティアのプロメテウスに目を奪われていたトーチは、少し遅れて異変に気付いた。


「っ、バカな……。蒼炎が出ない!?」


 トーチがその場で何度か杖を振ったが、その杖から炎が放たれる事はなかった。

 

「……トーチおじ様。ランさんに手を出すのはやめてください」

「メルティア、一体何をした!? ま、まさ、まさか、プロメテウスか!? お、お、お前が……!」

「そうですよ。おじ様は使えないですものね」

「ふ、ふざ、ふざけるなぁぁぁああ!!! 『導きの木よ、――』」


 トーチが今度は詠唱呪文でランビケを傷つけようとした瞬間、今度は青い影がトーチに向かって突進し、トーチはそのまま吹っ飛ばされた。


「おじ様。度の過ぎた独断専行は、いくら私でも見逃せませんよ?」


 その影はポリネーだった。

 彼女はその身に蒼炎の魔力を纏い、宙に浮いていた。

 魔力は翼と尾羽のような形を成しており、その姿を見たロベルトはおとぎ話で聞いた不死鳥を連想した。


 倒れこんだトーチの元に、ゆっくりとディランが歩み寄った。


「ディ、ディラン!! なぜ、僕を攻撃する!!」

「おじ上。貴方が独断専行するからです。……人質の意味を理解していないのか? 人質への責め苦はあくまで要求を飲まなかった時の罰であるべきだ。交渉の段階で人質を傷つけてどうする? 交渉が通じないと判断したアルティアが暴走する可能性を考えられないのか?」


 ディランは起き上がろうとしているトーチの手を、その手に握られた杖ごと踏み潰した。

 何かが折れる音が鳴ったが、すぐにトーチの悲鳴にかき消された。

 悲鳴をよそに、ディランはアリアの方へと視線を向けた。

 茫然自失の様子のアリアに、ディランはため息をつき、ボソッとひとり愚痴をこぼした。


「まったく。どうやら貴様に関わるこの世のすべてが、俺にとって面倒な方へと転がっていくらしい」


     ◆


 ランビケはジェーンの姪である。

 メルティアはランビケ本人から伝えられ、その事実を知っていた。

 しかし、アリアにはいまだ伝えられていなかった。

 ジェーンの事はアリアにとって最も深い心の傷であるとメルティアから聞いていて、その事実を伝えることで自分とアリアの関係が壊れてしまうのではないかと、ランビケは危惧していたのだ。

 だからずっと、話をするのを先延ばしにしてしまっていた。

 だがその秘密は、こうして期せずして暴かれてしまった。


「……その、アリアさん」

「っ、ラン……」

 

 ランビケがアリアに話しかけるも、すぐには言葉が続いてくれなかった。

 普段の様子からは考えられないほど弱ったアリアには、何を言っても傷つけてしまいそうで怖かったのだ。

 ランビケが何も言えずにいると、アリアの方から話しかけてきた。


「……貴方がジェーン先生の姪だって、本当なの……?」

「……はい。ジェーン・トレアは、あたしの伯母です」

「そんな……じゃあ貴方は、あたしの家の事に気付いたうえで……」

「……黙っていてごめんなさい。実はあたし、アリアさんがハイスバルツの人だって気付いて、伯母さんにあった事を思い出して――」

「あたし、最悪ね」

「え、アリアさん――」


 アリアは大粒の涙をこぼしていた。

 普段、元気で自信に溢れる姿しか見せないアリアのこんな姿をランビケは初めて見た。

 

「ジェーン先生の時も、あたしが悪いのよ。あたしのせいで、先生は……!! 今回だって、また、あたしのせいで無関係のクローが傷ついて、貴方も人質にされて……!! あたしは、結局何も変わってなかった……!! あたしのせいで、周りの人が傷ついていく……!! あたしなんて――」

「アリアさん!!!」


 ランビケは大声でアリアの言葉を遮った。

 その声に驚き、アリアは言葉を止めた。

 先ほどまでとは違い、言いたい言葉を見つけたランビケは、意を決して自分の気持ちを伝えた。


「アリアさん。あたしは、貴方を恨んでなんかいません」

「……えっ?」

「実は、前にメリアさんに聞いたんです。アリアさんの家の事を。何が起こったのかを。その上であたしは決めたんです。貴方との関係を大切にしたいって。だって、貴方は変わり者のあたしの研究に興味を持ってくれて、ほめてくれて、手伝ってくれて……本当に嬉しかったんです。その人が、伯母さんをあんな目に遭わせた一族の人間って聞いて、戸惑いましたけど――アリアさんは悪くない。あたしはそう判断しました。メリアさんから聞いた話も、ジェーン伯母さんが少しだけしてくれた昔の話も、どっちも聞いたうえでです。だからあたし、貴方に隠し事なんてするべきじゃなかったのに……事実を知った貴方が、あたしとの距離感を変えてしまうかもしれないのが嫌で、話せなかったんです。だから、その。何が言いたいかと言うと。アリアさん――貴方は悪くないです。それと、あたしは、貴方が大好きです。だから、あたしの好きな貴方を、否定しないでください……!!」


 そこまで言い切ると、ランビケは泣き続けているアリアの顔を抱き寄せそっと胸にうずめた。

 アリアはランビケの言うようには、すぐに自分を許すことはできなかった。

 それでも、こんな自分を肯定してくれるランビケの温かみにより、流れる涙は悲しみと罪悪感の涙から、感謝と安堵の涙へと変わっていった。

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