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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
モラトリアムの終わり
68/99

066-目覚め

「……お見事です、メルティア。貴方の勝ちですよ。それなのになぜ、そんな不満げな顔をしているんですか?」


 メルティアの夢の中。

 もう何時間経ってしまったか分からないほどの長い戦いの果て、メルティアは『プロメテウス』の喉元に杖を突きつけていた。

 しかし、メルティアの表情に喜びの色はなかった。


「ああ、流石に気付いてましたか? 私、この試練を始めてから貴方の心は読まないようにしていたんですよ。得意の蒼炎の魔法を封じたうえで、心まで読んでしまったら、完全に詰んでしまいますから」

「……それだけじゃないでしょ」

「え?」

「貴方は結局、最後まで手加減をしていた。『プロメテウス』そのものである貴方が、あの程度の蒼炎しか操れないわけがない」

「ええ、その通りです。でも、勝ちは勝ちですよ?」

「二重に手加減された相手に勝っても嬉しくない!!!」


 メルティアは大きな声で『プロメテウス』を怒鳴りつけた。

 『プロメテウス』は、その言葉を聞いて口角を上げた。


「これだけ時間をかけて、ギリギリのところでようやく手加減してる私に勝てる程度のクセに、手加減してる事に怒るなんて。それでこそ貴方ですよ、メルティア。負けず嫌いな上、相手が全力を出せたと自分で納得しないと勝っても満足しない。レインと初めて決闘した時もそうでしたね。そんな貴方だからこそ、アルティアを一人で家出させたくなかった。だって……」


 そこまで言って『プロメテウス』は言葉を止めて、メルティアに目配せした。

 続きを言うようメルティアに促しているのだ。


「姉さんが一人で家出して去ってしまえば、私は姉さんを超えるチャンスを永遠に失ってしまう。私は全力の姉さんに勝って、姉さんに認めてもらいたい。……私は、姉さん以上にハイスバルツの当主に相応しい人間だって」

「はい、良く言えました♪」


 『プロメテウス』がメルティアの頭をなでる。

 気付けば、プロメテウスの姿はアルティアの模倣ではなく、また像がはっきりしない不思議な姿に戻っていた。


「貴方はその想いを胸に秘め、半分諦めかけながらも、半分は諦めずに努力を続けてきた。だからこそ私に勝てたのです。貴方には、望みを叶えられるだけの意志と意地があります。そして私は、貴方の望みを叶える力となりましょう」

「……ねえ、『プロメテウス』。貴方は何が目的なの?」

「目的ですか?」

「精霊である貴方が存在し続けるために私から魔力を奪うことと、プロメテウスの魔法で体を得ることだけが目的なら、そもそもこんな試練を課したり、力を貸すだなんて言わないでしょ。どうして私を助けてくれるの?」

「簡単なことですよ。私は貴方が好きなんです」

「えっ?」


 想像だにしていなかった答えにメルティアは目を丸くした。


「貴方の事を十五年間、生まれた時から二心同体で過ごしてきたんです。愛着、という言葉では表現しきれない、特別な感情がもう芽生えているんですよ。そんな相手の幸せを願うのは、自然なことでしょう?」


 そう言われると、メルティアは何も言い返せなかった。


「ふふっ、顔を赤くして可愛らしいですね。貴方のそういう感情が全部表に出てしまうところも好きですよ」

「も、もう! からかわないで! ……私、試練を乗り越えたんだよね?」

「ええ。貴方はもう、『私』の力を自由に扱う事ができます。これで貴方は、ハイスバルツの当主となる条件を一つ満たしましたね」

「別にプロメテウスが使えなくても、姉さんは当主になりそうだったけど」

「ああ、そうでした。それにしても、どうして現当主はあそこまでして、アルティアを次期当主に据えようとしていたのでしょうね?」

「それは、最も強い者が後を継ぐっていうしきたりがあるからで……」

「でも、アルティアは炎の魔法を使えませんし、何より本人がハイスバルツの家に強く反発しています」

「……ねえ、これって何の問いかけ? 私に何かを気付かせようとしてる?」

「純粋な疑問ですよ。言うなればただの雑談です。でも、当主という立場とアルティアの話は、貴方の夢に直接関わる話ですから、何より大事な話です。娘の貴方なら、当主のフラムがアルティアをあそこまで当主にしたがってる理由が思い当たるのでは?」


 アルティアがなぜ、次期当主という立場に据えられ続けていたのか。

 メルティアは今まで一度もそこに疑問を持たなかったのに気がついた。

 現当主の長子であり、炎の魔法が使えないものの戦えば一族で当主の次に強い。

 それだけで、次期当主である理由としては十分だと思っていたのだ。

 だが、姉は素行不良で、一族の中には姉の陰口を叩くものも存在する。

 本人も、それこそ立場を放り出して家出してしまうくらいには、ハイスバルツという一族に反発していた。

 その時、メルティアの脳裏に、ふと過去の出来事がよぎった。


「……そういえば。姉さんがディラン兄様との初めての決闘に勝利した時、お父様はすぐに次期当主を姉さんにするって宣言した。炎を扱えない人間がハイスバルツの当主になるなどあり得ないって、ディラン兄様に近しい人たちは口を揃えて反対したけど、お父様はしきたりを根拠に反対意見を封殺してた。基本的には相手の意見に耳を傾けるお父様が、あの時だけは周りに構わず自分の意見を押し通してた」

「私はその時のフラムが印象的で、だからこそアルティアを次期当主に据えようとする理由が気になったのです。私から見て、フラムは決して権力欲が強いわけではないし、とにかく争いを生じさせないような政治をする人間でしたから。それが自分の娘を次期当主にすると断言して、周りの話も聞こうとしないなんて。おかしな話だと思いませんか?」

「……ねえ、貴方って私の見てきたものを全て知ってるのよね? だったら、私の意見も全て貴方の知っているものなんじゃないの?」

「いいえ、そんな事はありません。同じものを見聞きしていても、貴方と私では感じ方が違いますから」

「そうなんだ……」


 父はどうして、あれほど姉を当主にしたがっていたのだろう?

 一族の他の者の意見も、あまつさえ姉本人の意思さえも無視して。


「ハイスバルツの当主になる事に、何か特別な意味があるのかな」

「先に言っておきますけど、ハイスバルツの当主っていうのはあくまで肩書き以外の何でもないですよ。当主にだけ受け継がれる魔法とか、特殊な力とか、そういうのはありません」

「そうなの?」

「ええ。バルツの街を治めるハイスバルツ家の長となる、それだけです」


 その『それだけ』には十分大きな価値があるようにメルティアは思えたが、それが父が姉を当主にしたがる理由とは結びつかなかった。

 そもそも父自身が当主、ハイスバルツの頂点なのだから、当主になって何か得られるものがあるのなら、父はそれを既に持っているはずだ。

 いくら考えても、その謎の答えは見つからなかった。


「……さて、そろそろ頃合いですかね」

「え?」

「目覚める時間ですよ、メルティア。実は今、とても面白い事が起こっているんです」

「えっ、えっ!? 何かあったの!?」


 不穏な一言に焦りを感じたメルティアだが、『プロメテウス』はニヤニヤするばかりで詳細を話すつもりはないようだ。

 

「貴方とアルティアにとって過去最大のピンチであり、貴方が夢を叶えるための千載一遇のチャンスですよ。大丈夫、私もついていますから――」


 メルティアの視界は急速に白くなっていき、やがて何も見えなくなった。


     ◆


 彼女が目を覚ますと、もうすっかり見慣れてしまった木の板の天井が目に入った。

 すぐそばからは聞き慣れた姉の声と、それからロベルトの声も聞こえる。


「これだけ縛ってやれば下手なことはできねえだろ。猿轡もして喋れなくしておくか?」

「それはいいわ。道案内させるのに、言葉が使えないのは流石に不便だもの」


 人の部屋でどうしてそんな会話をしているんだと気になり、上体を起こして横を見ると、そこではロベルトが縄で男をぐるぐる巻きに縛っていて、姉は杖を手に持ちその様子を眺めていた。


「……どういう状況?」


 彼女がそうつぶやくと、声に反応して姉とロベルトがベッドの方を向いた。


「あらメル、起きたのね」

「おう、なんだか久しぶりだな、メリア」

「メリア……?」


 寝起きでまだ十分に頭が動いてないところに、久しく呼ばれていない名前で呼ばれて反応が遅れる。

 ここ数日、寝込んでいる時は姉にメルと呼ばれるか、子供たちにご主人様と呼ばれるか、もしくは夢の中でメルティアと呼ばれるかのいずれかで、メリアと呼ばれる事はなかった。

 そこで、彼女は夢の出来事を忘れていない事に気付いた。『プロメテウス』の試練を乗り越えた事を、はっきり覚えている。


「おはよう、姉さん。おはようございます、ロベルトさん」


 とりあえず二人に挨拶を返す。

 少しずつ頭が冴えてきたところで、ぐるぐる巻きにされてる男を見ると、彼女はその男が見知った顔である事に気付いた。


「えっ……トーチおじ様……? ……えっ!?」


 それは自身の親戚でありハイスバルツの拷問官でもある、トーチ・ハイスバルツだった。

 ハイスバルツの人間が、何故かこのフランブルク商会の宿舎にいる。

 夢の中で言われた、面白い事が起こっているという言葉。


「……そういう事、か」


 彼女は『プロメテウス』の言葉に納得した。

 過去最大のピンチであり、夢を叶えるための千載一遇のチャンス。


「えっと、メル。ちょっと説明が長くなるんだけどね……」

「姉さん。私、もう大丈夫。お腹は空いてるけど、すっかり元気になったよ。……何となく状況は分かった。詳細は歩きながらとかで教えて」

「あ、あら、そう? それより元気になったのね! 本当に良かったわ」


 姉が彼女にニッコリと笑顔を向ける。

 それは心の底からの笑顔と思わせるもので、彼女は胸が暖かくなるのを感じた。

 しかし、その胸の温もりにくつろぐ気はなかった。

 ――今が、夢を掴むためのチャンス。

 彼女は決意した。

 ――もう逃げない。そして隠さない。意志と意地こそが、私の武器だ。


「ロベルトさん。お願いがあります」

「ん、なんだ?」

「私のこと、これからはメルティアって呼んでください」

 

 

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